其の五十六 やっぱりここでも犯罪者
───暗い。
───熱い。
───感じるのは、浮遊感。
街から離れた海底にある巨大な大穴。俗に、『フォールシグニ』と呼ばれる【怠惰】の迷宮。
本来、海水が流れ込み水に満たされているはずのそこを今、僕は。
───落ちていた。
「「うわぁぁっぁぁあぁあああああああああ!!!!」」
隣でともに落ちていくのは一人の冒険者。ジラルド。僕がこうなる原因であり、僕と共に地獄を見ている男。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!! 玉ひゅんはもう嫌ァあぁぁああぁ!!」
ふざけんな!!なんで海中なのに海水が入ってこないんだよぉおおお!?
「物理法則っ!!」
ああ本当にこの世界が恨めしい!
「どこいったぁぁあああああ!!!!」
「うるせぇぇぇええ!!!そろそろ来るぞぉおぉおおお!!!!」
仕方がない。仕方がない。仕方がないから、思考を切り替え、道ずれの言葉に従って準備を整える。
魔力は使えない。だけど、今の私はあの頃よりかなり強化されている!
両足をそろえ、へその前まで抱え込む。
「オイどうしたぁぁあ!?」
突然の行動に戸惑い叫ぶ盟友にわずかに微笑み、
「頑張れ?」
全力で足を伸ばし、減速。
「はっ、ぁああああ!?」
声がどんどん遠くなり、小さく、より複雑に響き渡る。
「模倣、形態変化、龍人」
緑に輝く光が翼を模り、龍人を示す。
「よしっ!成功!」
いやぁ、ぶっつけ本番だとやっぱり怖いね。一応、減速して難易度は下がりはしたけど、それでも失敗するかと思ったし。
なんてことを考えながらも、翼をはためかせて安全に地面に着地。
「っと、ふぅ」
横を見れば全力で抗ったのか両足を砕き、地面に体をめり込ませながらも直立する犯罪者の姿。
「生きてたんだ」
「ッ死ぬかと思ったわッ!?」
ちょっと小突いてやれば地面を割りながら立ち上がる戦士の姿。
「回復の術使えんの!?」
「あぁ?当たり前だろ」
なんてことない当然の事実であるかのように言うが、それは僕にはできないこと。
「きぃ!許せない!許せないッ!」
人が今最も欲してやまないモノを何でもないように扱うのだから頭にくる!
「どうやるのぉ!」
子供が駄々をこねるように腕を振り回しながら尋ねる。
「おい!?あぶねぇ、だろうが!?」
「教えろォ。教えろォ!」
尻尾も動かし、周囲を薙ぎ払いながら近寄る。
「わかった!わかったから!いいから敵を視ろ!」
「敵?」
周囲を見てみればそこにあるのは溶岩地帯。
洞窟のあちこちから溶岩が噴き出し、溶岩の海が出来上がっている。今私たちがいるのは溶岩から顔を出した岩山の上らしい。
前から弾丸のような何かが飛んできたので払いのければ肉片になって地面に血だまりを作る何か。
もう一匹来たのでよく見てみれば、それはトビウオだった。
「溶岩泳ぐ魚!」
なるほど、確かに聞いてた話通りだ。
「この国来てからファンタジーの連続だぁ!テンション上がってきたぁ!」
感情のままに迫りくる魚の群れを迎撃し、ヒャッハーする僕であった。
☆☆☆☆☆
海の国の冒険者ギルド本署。面前にいる男のせいで損傷した酒場で飲み食いしながら、言い渡された沙汰に関して話し合う。片腕だと食べにくいな。
「で、ジルコンって何?」
この事件を起こした犯人に不機嫌なのを隠すことなく尋ねる。
「おかしくね?なんで俺が悪いみたいになってんの?」
「ジルコンは地名ですね。正式名称はジルコンの極楽溶岩洞穴、ダンジョン『フォールシグニ』の深層に存在します」
反省の色が見えないのはこれでも金級冒険者のジラルド。そしてまじめに答えてくれたのはギルド副署長のアリアさん。前後で長さをそろえられた橙色の髪を胸元まで流し、前髪で片目が隠れた女性。見えている眼は糸目で、茶色。推定ギルドの制服をばっちり着こなす仕事のできる方だ。
「なるほど。溶岩洞穴ということはそのまんま溶岩に満たされた洞窟ってことですか?」
「はい、正確には洞窟があり、一部は溶岩に満たされているといった形です」
なるほど。メインは洞窟、但しあちらこちらに溶岩があると。
「なあ、無視はひどくね?」
正式名称はジルコンの極楽溶岩洞穴。ジルコンは名前だとして、極楽要素は何だ?
「じゃあ、極楽要素は何ですか?」
「それは、おそらくになりますがその地形が温泉に近いからかと」
「温泉っ!?」
温泉。それは地下熱で温められた水が地表に流れ出て泉を作ったもの。その水分中には多種多様な鉱物が含まれており、肩こり腰痛の改善や代謝促進といった効能を持つこともある。それが発生するのは火山近辺に多く、前世暮らした日本では数多くの名湯が存在した。
この世界に来てからまともな風呂に入ったことのない私からすればその存在は心躍る者であり、もしも私の温泉を邪魔するのなら血祭りにあげ肉片にしてやる。
「え、ええ。とはいえ、地形が似ているというだけで温泉があるとは聞いたことはないですが」
「嘘、でしょ」
また、これか。期待させるだけさせといていつもそうだ。あげてから落としすぎなんだよこの世界。
「ん?いや、あるにはあるぞ?」
「あるの!?」
「え?」
マジで!? 今回は上げて下げてあげるパターン!?
「・・・? ああ。あそこは入り組んでるせいでわかりにくいがあるにはある。ただ温度はだいぶ高ぇからまともなら入らねぇ方がいいがな」
家の連中は毎度はいるが。そういうジラルドはどこか遠い目をしていたがそんなのはどうでもいい。
「よっし行くぞお前ら!いざ温泉!」
「お、おう、行くか」
「ちょ、ちょっと待ってください!私そんな話聞いたことありませんよ!?」
慌てて立ち上がるアリアさん。一体どうしたのだろうか?
「もしかしてアリアさんも行きたいの?一緒に行く?」
「行きませんよ!? ただ、そんな話聞いたことないんですよ!」
・・・???
「「それで?」」
顔を見合わせ、口をそろえる私達。
「報告義務はどうしたんですか!?」
「そん───」
「あ」
───なのある、の・・・あれ。これもしかして。
「やっべ、これ言っちゃダメな奴だった」
だんだんと顔を青ざめていくジラルド。そんな彼の手を握り、一言。
「逃げよう」
「りょ」
全力で床を踏み抜き駆け出す私たち。後ろから声が響くが無視だ無視。
「まちなさ~~~い!!!」
「ごめ~~ん、また今度!!」
「すまん!!」
一度振り返り挨拶してから前を向き、空に飛ぶ。
「それで、どこ行く!?」
「ダンジョン!あそこならそう簡単には追ってはこれねぇ!!」
了解。んじゃ、いきま・・・!?
「なん、だと」
「うっそだろ」
下を見ればそこら中にいる騎士共。
「いたぞ!捕らえろ!」
その数、優に百を超える。
「なんでぇ!?」
「二手に分かれるぞ!」
「りょ!」
騎士のいない建物の屋上に着地。左右に分かれて駆けだす。のだが。
「うっそだろ?」
「全員あの子供を追え!!追えぇえええええ!!!」
「な~~~んでぇえええ!!!??」
大量の騎士がなぜか私だけを狙って迫りくる。屋根を跳び、路地を通り、街を全力で走り抜ける。
私は確かに全力だ。だというのになぜまだ追ってこれる!?
なんで一兵卒が私を追えるんだ!?
音速だぞ!?
「てかなんで追われてんの私!?・・・私!?」
そういや私じゃねぇ。今の私は僕だった。
「なんで僕が追われてるんだよぉ!?」
って、あ。
「そういや私脱走したんだったぁぁあああ!!!」
やばいやばいやばいばい。なんでだよう!?
なんでばれてるの!?
性別も変えたし、声も変えた。一人称も私から僕にした。なぜ、だ。
『いらっしゃい、嬢ちゃん』
「嬢、ちゃん」
寿司屋のおっちゃんはそう言った。そう、いえば。
「性別変えてもほぼ見た目変わんねぇんだったぁぁああ!?」
迫る刺又をかわしつつ後ろを振り返る。
「なんで増えてんの?」
騎士の数が増えていた。顔を戻せばそこにも騎士がいた。
「なんでいんの?」
地面を着地と同時に踏み砕き、煙幕を張る。姿勢を低くして瞬間爆発。嵐を纏って空を駆ける。
「あ~ばよぉ~!!」
後ろを向いて手を振りながら進めば視界に影が差す。無理やりベクトルを変えて真下に落ちると、先ほどまでいた場所に槍が振るわれていた。
「うっそぉ?」
見ればわかる。この存在感。騎士団長クラス!
「ひどい!僕が一体何をしたっていうんだ!?」
「シオン・クラルヴァイン。殺人未遂及び虚偽申告、勇者を騙った罪でお前を逮捕する」
うわぁ、正論。
「三十六計逃げるに如かず!!」
身体強化を施し、街を駆け回る。
「右右左右左右左っ!! どわぁっ!?」
一切のロスなく最高速度で路地を駆け抜けたのに前にいんのかよ!?
「早すぎんだろ!?」
「捕らえる」
伸ばされた手をスライディングで躱し股抜き、ノールックで振るわれた槍を左腕で弾く。
「あーばよ~!」
背中を地面に打ち付け、その衝撃で跳ね起き引っ張られるように移動。糸での移動は常識!!
「ッッッ!!??」
───背筋に悪寒!!
追い風をふかし、糸で体を引き寄せ、自身に移動を強制し慣性を打ち消す。感じる気配に向け、尻尾を振り上げ、無理やり軌道を捻じ曲げる。
「どいつもこいつも!槍投げ上手過ぎんだよぉ!!!」
尻尾が千切れ跳び、反動で体が宙を舞う。しかしぎりぎりで避けられた!
「転移!!」
先ほどよく見た存在感を座標に転移を起動。妖力を馬鹿食いされるがしょうがない!覚えててよかった、ありがとうソラ!
転移完了。見えるのは大穴。
「はぁ。何だったんだあいつら」
「あっ、べ」
「ん?」
「高さ入力し忘れた」
だからさっきまでいた空中から落ちてるのか。なんて納得しながらジラルドを下敷きに座る。
「ぐあっ!? お、ま!お前どっからきやがった!?」
「ちょっと街から」
「そういうことじゃねぇ!てかどけっ!?」
服を掴まれ、片手で雑に投げ捨てられる僕。体は宙を舞い、すぐ横にあった大穴へと綺麗な放物線を描いて落ちていく。
「あ」
投げ終えると同時に気づいたようだがもう遅い。
「・・・道連れな」
尻尾を伸ばし、体に巻き付け引き寄せる。
「あ、あああぁあああああああああ!!!???」
「一蓮托生、だからね?」
ポイっと、引き寄せたジラルドを真下に投げ捨てる。
「ふざけんなあああああああ!!」
「くははは。そっちが先にやったんだ、文句あるまい!」
さて、僕も落ちるか。
・・・・あれ、そういや今僕って…
「いぃいぃいやぁああああああ!!!??」
男の時は三次元移動したくないのぉぉぉぉおおおお!!!
☆☆☆☆☆
そうして話は冒頭に戻り、今僕は溶岩の上で魚とダンスしてるわけだ。
「ヒャッハー!そんなものかァ!?そんなんじゃ足もつれすらしねぇぞ!!もっとこォ~い!!」
今日の恨み、ここで晴らしてやる!
「あいつ怖」
「はいよ!カツオの一本釣り!」
「ばっかお前!こっちに寄せんな!?」
「知るかボケ!人の悪口言うなぁ!」
くはは。テンション上がるぅ! 目指せ、キルカウント千オーバー!!




