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転生魔王の私はいずれ勇者に殺される  作者: 海月
第0章:幼龍転生(改稿済)
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其の五 ファーストブラッド

 

 ───一歩、足を踏み入れ、即座に戻す。


「見えた」


 見えた。見えた見えた。見えた。


 あの日私の足を刈り取り、今まさに刈り取らんとしたもの、それは。


「鞭、かぁ…」


 飛ぶ斬撃とか、風魔法とか、そういうんじゃなくてただの超長い鞭、かぁ…。


(ちょっとだけ、残念)


 でも鞭は地球でも使い手によっては音速を超えることができるほどの武器。巣の身体能力が高く、かつ魔力があるこの世界なら私が見えないような速度で振るうことも可能となるのも頷ける。


「やろう」


 今度は退かない。次に落ち着くのは殺した後だ。


 気合は十分。全身に魔力を流していざ踏み込む。


「もう、止まれない!」


 初手の足元への薙ぎ払いをタイミングをずらして回避。もう一歩足を踏み出す。


 これで、全身が射程範囲に入った。


 早く駆け抜けろ。力強く踏み込んで、細かく姿勢を制御する。迫る鞭を跳んで避けて屈んで避けて、勢いをずらして避ける。


(一発でも当たったら…死ぬ!)


 防御はできない。たぶんあの威力は相殺できない。だから避ける。全部、躱す。


「ハ、ハハ!ヘハハハハ!!」


 テンション、上がってきた!


 いつも以上に身体が動く!いつも以上に世界が見える!いつも以上に!


(楽しいなぁ!)


 髪の毛が風圧で千切れ飛ぶ。上手く躱せていない。でも問題ない!


 肉が削げたわけじゃない。骨が砕けたわけでもない。足がなくなったわけでも頸が落とされたわけでもない。


「ハハッ?」


 この、高揚感。この、息苦しさ。全身に伝う死の恐怖と、魂が叫ぶこの生の鼓動!


 これが、リアルだ。これが異世界だ!


「私は、この世界で生きている!」


 視界に仄かな輝きが映る。それは人型をしていて、手に持つ鞭を高速で振り回している。


(イケる!この距離なら!この調子で!)


 自分の中でさらにギアが上がった。


 迫りくる鞭を紙一重で、舞うように避ける。できる限り速度を落とすな。かつて夢見た曲芸を、今ここで!


(何ッ!?)


 避けたはずの鞭が連続して迫る。明らかに、速度が上がっている!


 屈んだままの姿勢で、前に飛び出そうとしていたのを無理やり上に飛び上がる。


(ミスッ!?)


 目の前を通り過ぎた鞭が即座に反転して迫る。今の私は空中、避けられない!?


 しまった、あれはもっと斜め前に飛ぶべきだった。なんて反省してももう遅い。このまま、私の首は…!!!


「舐め、るなぁ!!」


 思考が加速する。世界が遅くなる。あらゆる記憶が脳裏を巡って。思い出すのは、あの日のこと。


 鞭が迫る、迫る。私の首に食らいつくまであと数十センチのところまで近づいて。


「〜〜〜!!」


 上体を逸らす。斜めに、僅かに鞭の軌道から頭が逸れる。

 この距離ならアイツは対応はできない。


 だから、迫りくる鞭を下から、カチ上げる!


「ッラァ!?」


 鞭の軌道が変わる。さらに、上へ。


「ッシャァ!!」


 早く、早く着地しろ!

 急いで駆け出せ!

 今ので右腕はぶっ壊れた!


 次は、ない!


(あぁ、痛い!痛いけど!)


「ハハハハハ!!」


 骨も肉もグチャグチャ。全身嫌な汗かいたし、間違いなく死ぬと思ったし。辛くて苦しくてたまらないはずなのに。


 笑いが、止まらない!


(止まるな。止まるな!一秒でも早く、あの場所へ!)


 肉が削げようが、骨が砕けようが、まだ走れる。まだ動ける。

 だから、問題ない。

 動きを止めるな、隙を作るな。


 踊れ踊れ、舞い踊れ!


「アァ〜!ハハハッ!」


 超!集中してる!


 もう後少し、あと三分の一の距離まで来ている。

 だからこのままっ!?


(攻撃の密度が、上がった?)


 鞭の速度が上がってる?いや、違う!


(取り回しが良くなってる!ここが鞭本来の有効射程!?)


「ぁ…!?」


 鞭が迫る。


(あれ、何処に避ければいい?穴なんて何処にも…!?)


 ──死ぬ。


「ッゥ!」


 舌を噛む。

 めっちゃ痛い。

 けど、それでいい。


(私はまだ、生きている!)


 今夜勝つと、そう決めたのだから、諦めるな。


「絶望するには、まだ早い」


 世界が、さらに遅くなる。鼓動が速く、煩い。


 なぁ、私よ。全力で足らないならどうするか、お前はもう知ってるだろ?


 その命、燃やし尽くせよ。


 足りない分は、気合で埋めろ。限界なら、超えてみせろ。


「それが主人公だろうが!」


 笑え、笑えよ!痛みとともに、生を渇望しろ!

 死にかければ死にかけるほど、その先の褒美の価値は重くなる!


 魔力を込めろ。過剰量だろうと関係ない。今を生き残るために、この足をぶち壊せ!


「ハッ!ハハハァッ!!!」


 アドレナリン出しまくれ!

 この命が尽きるまでの全てを楽しめ!

 こんな刺激的なもん、二度と経験できねぇぞ!?


 鞭が迫る。どう避けるか。あぁ、いくら予測しても躱せる気がしない。


(だから、楽しい)


 ゲームのやり込み度と難易度なんてもんは高けりゃ高いほどいい。そうだろう?


(そんな私は狂ってる?なら、ありがとう)


「もっと、狂ってこうぜ!」


 感情のままに、本能のままに、騒げ。


 ───鞭の速度が、更に上がった。


「気張れや」


 この距離、この速度。ここが本来の鞭の適正距離。謎機能で伸びていない鞭の、一般的な適正距離。

 つまり、ここが正念場。ここが、最終関門。振るわれる一撃、これを躱せばあの男に、この亡霊に手が届く。


 近場でよく見える亡霊は蒼白い光で模られたイケオジだ。散々私を苦しめたこの男をようやく殴れると思うと、不思議と力が湧いてくる。


(イケる!)


 最後、真横から迫る鞭を最大限深く屈むことで回避する。その勢いのまま、タックルするようにその眼前に躍り出た。


 引き戻された鞭が迫る。だが、私のほうが早い。


「死、ねやぁあ!」


 壊れた右腕に代わり、残された左腕が突進の勢いそのままに亡霊の顔面へと突き進む。これが全力。これが私の渾身の一撃。この一撃で、決める!


「な、に…?」


 私の全てをかけた拳はしかし、その身体をすり抜け、空振った。


 目を疑う光景。確かにこの腕はその顔面貫いた。貫いたが、効果はない。空振った勢いそのままに私の体さえも亡霊の体をすり抜けた。それはまるで実体のない映像に拳を突き出しているようなもので、当然の大き過ぎる隙である。


「ぁ」


 背中で感じる死の気配。

 ようやく、ようやくたどり着いたこの一撃は無意味であって。刹那、私の心はついに絶望に落ちようとした。


(…バカが!)


 まだだ!まだ、終わってなど!いない!


 鞭が、背後に。このままであれば私の胴体は上下にお別れさせられることになってしまう。


 ──魔力を集める。


 今度は()()ではなく、()()に。血管の中を巡らせるのではなく、鎧を纏うように、背中と、左腕を覆うように集める。


 全身にかけられていた身体強化が解かれ、一気に身体がだるくなった。だが、問題ない。この距離なら、動かなくともコイツを殴れる。


 鞭が背中を叩く。圧倒的な破壊力を前に、パリンッと音が鳴る。


 一撃。それは確かに防いでみせた。


(殺す)


 振り向きながら魔力を纏わせた拳を構え、亡霊の顔面へと突き出す。その瞬間に見えた亡霊の顔は、僅かに引き攣っているようにも見えた。


 左腕が亡霊の頭を貫く。今度は、ちゃんと頭が消し飛んだ。


(殺れ、殺せ)


 即座に腕を引き抜き、頭の消し飛んだ亡霊の身体にさらに穴を開ける。気が済むまで、何度も、何度も。死の恐怖を払拭するように。確実に殺したとを実感するために。その原形がなくなるまで、何度でも。






 やがて、ため息一つ吐いてゆっくりと立ち上がる。徐に腕を頭の腕に上げて伸びをする。


「………ぅぅん………ぅぁあ…!」


 ゆっくりと、じっくりと、息を吐きながら身体をほぐす。緊張で強張った全身の筋肉が弛緩していくのがわかる。


「すぅ〜〜、はぁ〜〜〜」


 大きく、深い深呼吸を一つ。


 ゆっくりと目を閉じて、地面に大の字に寝転がる。


「勝った」


 勝利の言葉を一つ口にすれば、空に浮かぶ星々がそれを祝福するように煌めいているように感じられる。


「勝った、勝った、勝ったんだ」


 何度も、何度も。勝利を収めたことを自分に告げる。


「俺は勝った、あの殺し合いを生き残ったんだ」


 グチャグチャになった右腕が、無茶をした両足が思い出したかのように痛みだした。


 その痛みが、疲労が、私に生を伝えてくれる。


「ははっ、楽し…かったぁ」


 思い瞼、開くことを拒むように閉じられた瞼の内側につい先程までの光景が蘇る。


 死んだら終わりで、ミスしたら終わりのリアルなのに、まるで死にゲーかというくらいに辛く、苦しく、そしてハードな戦いだった。

 けれど、今感じているのは、十分過ぎるほどの満足感と、楽しさと、何処か燃え尽きたような、何か大きな物を失ったような虚無感がない混ぜになったこの感覚。


 いつまでも続けていたい試合(ゲーム)が終わってしまったあとのような感覚を覚えている。


「ほんと…楽しかった、なぁ…」


 心地のよい疲労感と充足感のまま、微睡みに落ちていく。亡霊が散り、今度こそ荒野に唯一人となった私を空に浮かぶ緑月が照らしていた。

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