其の五十 精霊の秘儀
背後に転移した後、胸を貫いた。
「ゴフッ!」
何か行動を起こそうとしたのを、体内を魔力の棘が串刺しにすることで止める。
「はは、負けましたか」
一度内部に入ってしまえばあとは容易い。どれだけ宝具を持とうと、結局は一般人に過ぎない彼では魔力を感知することも、その侵食を止めることもできないのだ。
「強かった」
「そう、ですか? なら、よかった」
どこか安堵した様子を見せ、体を弛緩させるウィスケ。死んだ。そう思ったが、
「では、もう一踏ん張り、頑張ってくださいね?」
私を止めたのですから。言外にそう告げた彼は、挑戦的な笑みを浮かべて死んだ。
「言われなくとも私は約束は守るんだ。ソラは私が…?」
ウィスケの体内に張り巡らされた魔力が違和感を捉えた。
『これは…っ、止められない』
腕を引き抜き、距離を取る。
支えを失った死体はそのまま倒れ、空を向く。
その体から、巻物が浮かび上がった。
「まっじか? 置き土産にも限度ってもんがあんだろフツウ!」
広がった巻物が光を放つと、ウィスケの死体が浮かび上がり、描きかけの魔法陣の中心に連れ去られた。
そして、補完するように陣が描かれていき、遂に完成した。
パリンッ、と何処かで割れる音が聞こえたと思うと、空に映像が浮かび上がった。
[皆様、御機嫌よう。といっても、国家消滅の危機を前に絶望に満ちているのでしょうが。願わくば、その一端でも拝見できると嬉しいのですが…。それは過ぎた願いですね]
そう肩を竦めるのは既に死んだはずのウィスケ。
「あいつ、映像記録用のアイテムまで持ってたのかよ」
『……結構危なかったね』
「うん」
時間かけてたら負けてたかも。初見殺しできて良かった。
[さて、本題に入りましょう。私は代々受け継いできた使命をついに果たすことができました。我らが神の復活てす。喜んでください。我らは遂に、遥か昔から信仰してきた神、太陽神様を迎えることができるのですから]
「気持ち悪い」
笑顔のくせして目が笑ってない。狂気しか感じない。あと愉悦。
[では、皆様。時間もないので単刀直入に告げます。心臓を捧げよ。お前たちに忠誠はない、ならばその罪を、死を以て償え]
プツリと、映像が消えた。
直後僅かに残された街で鮮血が舞った。
「神の復活。それを叶える莫大な生命エネルギー。それを国一つ捧げることで確保する…か」
神一柱に対し、龍の一匹程度じゃ足らんもんなぁ?
『多分、さっき殺した騎士団長たちと大地精霊の分も含まれてるよ、あれ』
「バカだろ」
龍一匹プラス上位精霊一体プラスこの世界における上澄みの命複数プラス大国の全国民。
それら合わせてようやく届くってのはさ。
「神って、次元が違うわ」
何時になっても勝てる気しないもん。まぁ、戦う予定もないけれど。
私は魔王として生きて死ねればそれでいいし。
『ところでさ。このあとどうするの?』
「えっ?」
『シオンは何か急いでるみたいだけど、僕聞いてないし。ソラって人に会いたいんだろうけど、誰?』
・・・ふむ。そういえば言ってなかったか。
「カチコミ」
『誰に?』
「ソラ」
『だから誰?』
「そこで今にも爆発しそうな少女」
『・・・え___』
夜空を見上げれば、緑に輝く満月に照らされる一人の少女がいた。
よく見ると魔法陣や舞い上がった鮮血から力を受け取っているようにも見える。
『……すぅ〜、神じゃん!? シオンっていっつもそうだよね!? 毎回毎回突拍子もないことしすぎだよ!?』
「ハッハッハ。別に望んでるわけじゃない」
ホントに。ウードのいい反応見れたのはいいけども、私だってここまで連続して最難を更新したくないのよ?
「これも全部ナルシストのせいだ。あいつと出会ってからこんな忙しない日々になったんだ。それまではただの異世界観光だったのに!」
『いや、騎士団と敵対したのはシオンだし、龍に挑んだのもシオンだよ…』
「知らん。アイツのせいだ。だから後で殴る」
『死なない程度にね…』
むっ。
『痛ぁ〜い! この連戦状態で戦っても勝てないんだからしょうがないでしょ!?』
「それはそれとして端から諦めるのは違う」
『ごめんなさい』
ふふっ。さてっ、お腹もふさがったし、血も流れてる。
「そろそろ行こうか」
『えっ? まだ右腕治してないよ?』
「大丈夫大丈夫。戦いに行くわけじゃないから」
『一応治しといたほうがいいと思うんだけど…』
「それよりは魔力を残しといたほうがいいかな。何起こるかわかんないし」
魔力さえあれば治すのはすぐだし。
『まぁ、いっか』
「っし! 行くか」
厄介ファンから推しを取り戻すために。
私は、約束を守る女だから。
友達と朝日を拝むために、一肌脱ぎますか。
足を折り曲げ、溜め、勢いよく飛び上がる。汚れたローブがはためく中、宙に立ち、目線を合わせる。
「久しぶり! 元気してた?」
「っ! ごめん、なさい」
「あれ?なんで謝ってるのさ?」
「だって、私は!」
悲壮な面持ち、苦しみを吐き出すような叫び声。
「もしかしてさ、人を殺して生き返るから?」
「っ!そうだよ!私は、自分のために大量虐殺するような━━━!」
「だから?」
「━━━えっ?」
「大量虐殺したから何? アイツラが先に裏切ったんでしょ? ならいいじゃん」
ソラが思い詰めるようなことじゃない。裏切り者には裁きが下っただけ。あるいは
「過去がどうあれ、現在アイツラはソラの庇護下から抜け出した。精霊っつー新しい頭立てて独立してる。なら、いいじゃん。頭を替えて生存競争に負けた。それだけのこと」
言ってみれば宗教戦争に負けたってわけだ。
戦争である以上、どちらにも正義はあって、だからこそ勝ったほうが真の正義になる。
実際騎士団長アダルウィンは国民を守るという正義のもとに死んで、太陽神教徒ウィスケは神の復活という正義のために死んだ。
そんで最後に立っているのがソラである以上、正義はソラ側に下ったのだ。
それは否定できないし、否定してはいけない。
「貴女のために命を賭して死んだのです。だと言うのに、貴女がその様な顔をしていては、報われないではないですか」
そのとおりだ……?
「っいつ!?」
「いま来たのさ、見極めにね」
ぐぐぐ、まだ、勝てない!
この感じじゃ殴ったところで防がれて終わり。その時まで待つ、かぁ!?
「初めまして魔王シオン。貴女を見極めに来た」
眼の前が赤に染まる。炎に包まれている?
冷たい。真冬の海水のようだ。
光が消えた。あぁ、なるほど。
体内で魔力を動かし、腹に穴を空ける。
次の瞬間光が戻り、減圧により腹が壊れそうになるが開いた穴から抜けていく。
「ハッ!」
雷を掴み、槍に変化。投げ返す。
しかし槍は奴に当たる直前、忽然と消えた。
「そうか。強くなった。だけど、足りないね」
「はっ?」
体が痛い。熱い。苦しい。
力が、入らない?
『やられた! シオン! 耐えて!』
落ちていく。
地に落ちていく。
空に立っていられない。
視界が霞む。
あぁ。そうか。
魔力を封じられたのだ。
だから、腹の傷が痛む。
失敗した。
魔力頼りの戦い方をしすぎていた。
自分から腹に穴開けるなんて、致命的なミスだった。
体が支配から離れていく。
━━━死ぬ。
心にポッカリと穴が空いて、ただ空虚さだけがある。
前回はまだ何も成し遂げてなかった。
だから、意地でも生きたかった。
でも正直、今は違う。
満足してる自分もいるのだ。
死んだはずの命を取り留めて、ウードに出会い、破茶滅茶やって魔王を名乗った。
ボーナスステージのさらにその先で、こんなにも楽しんだのだ。
「それじゃあ話をしよう。あぁ、彼女かい? 別にいいだろう?どうせ君が殺してたんだし」
たから、もういいんじゃないかって。
これ以上は望み過ぎなんじゃないかって、そうも思う。
『シオン! 生きて! 約束は守って!』
ウードが呼んでる。
少しだけ、活力が戻る。
けど、それだけ。
あいつ、妖術も無効化してんのかよ。
ふざけやがって。
ホント、序盤に会う敵じゃないだろ。
『シオン! ……っ!』
背後に地面が迫るのを感じる。
このままグシャッと死ぬのだろうか。
なんて思うけど、多分まだ生き残る。
ぶつかったと思ったら、深く、沈んだ。
━━━まだだ。
ウードはまだ諦めない。例え私が諦めても。
だって、相棒だから。
『シオン!』
思考が混ざる。憑依の深度が上がったのだ。
ウードの心が、手に取るように分かる。
━━━諦めるな。
━━━約束はどうなる。
そんな引き留めるような言葉ばかり吐くけれど、その実一番は。
━━━死なないで!
私の身を案じているのだ。
なんでこんなに好かれてるのか、僕にはわからない。
けど、好きらしい。生きる意味だ。
━━━どうすれば生きられる?
私とて生きたい。生きられるならば。でも無理だ。だから、諦める。方法がないから。
━━━アレをすればいい。
目を逸らそうとする私に、嫌でも見せつけてくる。
━━━それでいい。
━━━命なんて惜しくない。
それをしては、死ぬのと同義だろうに。
今が一番、楽しい時じゃないか。
『シオンがいなきゃ、意味無いよ』
んなこと、わざわざ言葉にしなくてもわかるってのに。
『言葉にしないと、ダメなんだよ?』
━━━少しでも多く伝えたい。
━━━別れる前に。
イヤだ。別れたくない。一緒がいい。
━━━嬉しい。
『シオンだけでも生きてよ』
やだ。約束した。一緒に生き残る!
━━━えぇ?
『さっきは満足とか言ってたのに』
そんなの、嘘に決まってる。虚勢。
満足なんてしてない。ほんのちょっぴり、最初の目標が終わって安堵しただけ。
それくらいで足りるわけない。
━━━だよね。
『だから、生きてよ。僕の分も』
約束した。
『でも、彼らとも約束した』
ウードのが先。
『僕のは一応叶ったし』
あれで満足したの?
━━━してない
『十分だよ』
嘘つき。
━━━困った。
『前から言ってるけど、元々消えるつもりだったからいいの。十分楽しんだから』
━━━もっとデートしたかった
それは私も一緒。
『デートも?』
それは微妙。
━━━そんな…
『なんでさ!?』
何でも。
━━━素直じゃないなぁ
『ともかく、シオンには生きててほしいの。僕が死んでも、一生忘れないならそれでいい』
生きてても、明日には忘れる。
━━━嘘だ
『それは嫌だなぁ。でも、シオンが生きてるなら無しではないなぁ』
はぁ。じゃあさ。
一緒に死のう?
━━━え?
『なんで?』
それもありじゃない?
いわゆる一家心中ってやつ。
━━━それは…あり。
『でもダメだよ』
なんで?
『あの子たちはどうするのさ』
頑張ったけど、私の力が及ばなかったってことで。どうせわかりゃしないじゃん?
━━━ダメ。
『それはダメ。シオンが納得できてない』
……そんなこと。
『シオンの望む魔王はそんな事しないから』
っ! でもっ!
『僕の全てをあげるから、生きてよ』
━━━お願い!
・・・・・・。
・・・・・・。
・・わ…かっ、
……た。
━━━ありがとう
『うん。大好きでした』
私…、も。結構…
チョロいと言われるかもしれないけど、直球で好き好き言われると、私もそんな気がしてきたから。
だから!
そこそこ!
そこそこ好きだった!
━━━ぁぁぁぁぁぁ!?
『愛してる!!!』
くぅっ!
さっさとやれ!
『ひどい!?』
デレはもう終わり!
さっさとしなさい!
『あはは。は〜い!』
・・・どうせ。死んだらまた会うでしょ。
━━━えっ?
『それってどういう?』
知らないっ!
『なんで!? 最期くらい教えてよ!?』
言わない!
さっさとしろ!
『えぇ〜? 仕方ないなぁ。』
………。
『じゃあ、またね?』
……うん。黙って見とけ。
『もちろんシオンの生き様、しっかり見るよ』
……それでいい。
『「存在同化 ウード・クラルヴァインθ」』
☆☆☆☆☆
幾億年前。とうに滅びた文明の最後の遺産。戦争用に開発された人工精霊、そのθ型。唯一何も与えられずに造られた彼は最期。《精霊》として愛に死んだのだ。




