其の四十八 栄光の騎士 ━3━
冒険者ギルドに入る。中は何やら騒がしい。
何かあったのかと尋ねれば、ちょうどよかったとばかりに連れられる。
そこで聞かされた情報に、俺は穏やかでは居られなかった。
「ゴブリンキングが出た」
既に付近の村が滅ぼされているらしい。そして奴らは現在この街に向けて進軍中とのこと。
また、騎士にも応援を要請しているが奴らのほうが先に到着する見込みとのことだ。
非常に不甲斐ない話だが、低級冒険者にも緊急依頼を出している。力不足なのは分かってる。彼らが戦ってもいたずらに犠牲を増やすだけだということも。
だが、それでもそうするしかないのだと。力のない一般市民を守るため、一分一秒でも長く耐えるためにはそうするしかなかったのだと。
そう告げる彼の顔は悲痛に染まっている。
だからこそ、次に言うであろう言葉が分かってしまう。
だから、君にも手伝ってほしい。この街で唯一の銀級冒険者である君に。
そうだろうな。そんな感情が真っ先に浮かんだ。
銀級。冒険者としては上位にあたり、冒険者にとっての終着点。
一応上には金級がいるが、彼らはまさしく化け物だから例外だ。
なにせ彼らの本気の一撃は、地形を変えるのだ。勇者や魔王には及ばないが人ではない。そんな怪物が金級という括りに収まるのだ。
つまるところ、銀級とは人としての限界点。人としての最高峰の証なのだ。
冒険者になり立ての新人ですら動員されるのに、俺を遊ばせておく余裕などない。
たとえ俺が、冒険者として引退寸前であっても。
彼だって俺が奴にどんな感情を抱いているか分かっている。あの事件は広く広まっているから。
その上で、どうしようもないから頼んでいるのだ。コレを聞いた俺がどうするかも知った上で。
☆☆☆☆☆
いつぶりだろうか。この剣を手にするのは。
あれ以来、剣を持つだけで己の力不足を痛感し、まともに戦闘することはできなくなっていた。
しかし今はどうだろう。
今までにないほど手に馴染む。
ずっと使われず、立てかけられ続けていたというのに。
剣を抜き、刃を見る。
不細工な顔が映る。
ただでさえ顔つきが恐ろしいと言うのに、これでは子供たちに怖がられてしまう。
眼を瞑り、深呼吸を一つ。
地面に座り込み、剣を抱えて自問自答。
勝てるのか?
勝つんだよ。
もう二度と、あんな悲劇を起こさないために。
もう二度と、後悔しないために。
もう二度と、失いたくないから。
注文するだけしてきていなかった鎧を身に着け、二本の剣を背に背負う。
ポーションを忍ばせ、固く靴紐を結ぶ。
行こう。
振り返ることなく家を出て、町の門をくぐる。
歩くこと小一時間情報通りなら、この先にゴブリン共の拠点がある。
だが、何か起こったらしい。
拠点はある。あるのだが、中にゴブリンはいない。
ゴブリンの死体こそあるものの、生きているものはいないのだ。
警戒を強めながら探索する。
死体の山から生きているものが飛び出てきてもいいように耳を澄ませる。
すると少し離れたところで戦闘する音が聞こえた。
足場に注意して駆け出す。
数秒の後、息を呑んだ。
一人の少女が、複数のゴブリンを相手に戦っていた。
目を引くのは、特徴的な桃色の長い髪。泥や砂で汚れ、傷んではいるが思わずため息を漏らす。
綺麗だ。
かつて、俺が恋した少女は今、可愛らしいだけではなかった。強く、綺麗だ。
思わず見惚れていると、疲労からだろうか、足を絡ませ尻もちをついた。
気づけば目の前に立ちゴブリンを切り捨てていた。
視界をにじませながら後ろを振り返り、思わず抱きしめる。
「好きだ」
間違えた。
生きてて良かった。そう言いたかったのに。
間違えて言ってしまった。
これは死ぬまで秘密にしておくつもりだったのに。
胸の中で彼女は身動ぎし、声を震わせながら言った。
「誰、ですか?」
体が凍った。
息が止まり、心臓の音がやけに煩い。
「フィリス、だよな?」
もしかして、俺は何か大きな勘違いをしているのではないか。
彼女はフィリスではなくて、よく似た他人なのではないか。
そんな不安が浮かび、鼓動が激しくなる。
しかし、
「なんで、私の名前を…」
警戒からだろうか、緩んだ腕を無理やり抜け出し距離を取られる。
だが、俺はそんなことが気にならないほど動揺していた。
なん、で?
なんでって、なんだよ?
だって、俺たちは幼馴染で、お前は俺の!
彼女の目を見て、気づく。
その目には怯えが浮かんでいた。
・・・そう、だよな。
俺が悪かったんだ。
俺が、関わるな。なんて言ったから。
真面目なお前は負けを認めて、律儀に守った。
その結果、俺のことを忘れた。
ただ、それだけのこと。
全部、俺が悪い。自業自得だ。
あ〜あ。まっ、これはこれでよかったのかもな。
気がかりが全部消えた。
アルマにはケーラがいるし、俺の初恋は消え去った。
これで覚悟も決まるってもんだ。
はっ。やってやらぁ。
たとえ死んでも、殺してやる。
犬死だけはしねぇ。せめて、騎士が来るまでは持ちこたえてやらぁ。
「すまなかった、人違いだったようだ。本当に済まない。あっちに行けば町がある。これを渡すから、必ず生き延びてくれ」
ポーションを取り出し、小さくも傷だらけな手に乗せて町へ送り出す。
そのまま強い気配のある方へ走り出したその時。
「あの!こっちこそ、ごめんなさい。助けてもらったのに。その、貴方の名前は?」
何か言われる前に立ち去るつもりだった。これ以上話したくなかったから。
彼女の声はあの頃を思い出させるから。
俺がまだ、夢に生きていた頃。
勇者を目指していた頃。
すべてを手に入れるつもりで、何もかも失うなんて思ってなかった頃を。
なのに。止まってしまう自分が恨めしい。
彼女とまだ話していたいと思う自分が、彼女に思い出してほしいと思う自分が、なにより、彼女にだけは覚えていてほしいと思う自分が。
「レックス。勇者を目指して、全てを失った愚者」
言わなければいいのに、言ってしまった。
彼女にだけは、同じ思いをしてほしくないから。
勇者なんてものは、目指すものではないのだから。
「レッ、クス…!? 貴方が、レッㇰ!?」
胸が痛い。彼女は今尚、約束を守ろうとしているのだ。
「サヨナラ」
「まっ!」
あぁ。揺らぐなぁ。彼女に心配されるなら、生き延びたいと思ってしまう。
今はもうアルマもいるのに。
ほんと、クズ野郎だ。
だからこそ、死ぬのは俺一人でいい。
クズで最低な、未来のない俺が、やるんだ。
☆☆☆☆☆
数分走って、目的の場所にたどり着いた。
やはり、先客がいたらしい。その用も、今終わったようだが。
目の前で最後の一人が頭を食われた。
首から大量の血が吹き出し、死体が投げ捨てられる。
その拍子に、一枚のカードが落ちた。銀色に光るそれは銀級冒険者の証。
それは俺もそうなるのだという暗示にも思えた。
実際俺は一人。相手は銀級が四人揃っても敵わなかった相手だ。
体力こそ失われているだろうが、その体に目立った傷はない。しかし傷は少なくとも、銀級との戦闘経験は確か。成長し強くなっていると見ていい。
取り巻きは既にその殆どが絶命しているとは言え、本体が強くなっているのだから救いようはない。
彼らが犬死にならないよう、俺もせいぜい頑張るとしよう。
先手は俺。踏み込み一閃。双剣を重ねるようにして首を狙う。しかしそれを打ち消すように大斧が振るわれる。
おそらくは原形をとどめていない死体のどれかから奪ったものか。厄介だ。両手がじんじんする。
俺は一応スピードタイプ。パワータイプと真正面から挑むには力が足りない。
ならばと、細かな動きで狙いを絞らせずに迫る。
案の定苛立ちから大振りの横薙ぎ。それを飛んで回避し、大斧を踏みつけて加速。持ち手を斬りつけ、更に精度を下げる。
そんなことを繰り返せば奴も慣れるもので、圧倒的なフィジカルにより宙で急制動、再度宙にいる俺に向けて振るい直す。
それに向けて双剣を打ち付け、空へと舞い上がる。
当然その隙を狙って振るわれる大斧。出来る限りの回避行動を取りながら、片手で一本剣を投げつける。
武器を捨てることが予想外だったのだろう。その一投はゴブリンキングの左目へと突き刺さり、視界を奪った。
それにより狙いがブレ、横腹を切り裂くにとどまった。
簡単な止血だけして、地面に着地と同時、姿勢を低くし、右側面から回り込むように駆ける。
咆哮と共に振るわれる大斧をさらに姿勢を低くすることで回避。左手首を斬りつけ、健を斬る。
大斧を取り落とした隙に背後に回り、首目掛けて刺突───空いた右手に体を掴まれた。
握る手に力が込められ、骨が軋み、血反吐を吐く。
キングの正面で逆さに吊られた状態。持ち上げられ、奴は大口を開けている。
あぁ。なるほど。同じだな。先ほど見た冒険者の死に様が重なる。俺はこのまま、喰われて、死ぬ。
片目を奪って、片手を奪った。俺にしちゃ上出来か?
惜しむらくは足を奪えなかったこと。これでは騎士到着まで持つか怪しい。
はぁ。失敗した。負けるとは分かっていた。だというのに、何かを残そうという気は微塵もなかったのだ。
負ける気で挑んでいなかった。
今こうして命を諦めているのに、だぞ?
バカだ。大馬鹿だ。最期、何者かになれるんじゃないか。
そう、思ってしまったのだ。
勘違いも甚だしい。
だから、死ぬのだ。犬死だ。
・・・なんて。ゴチャゴチャ言ってるけどさ。
だけどさ。多分。このバカは死んでも治らねぇんだ。
「犬死だけは、ゴメンだ」
喰われる寸前。右手を固く握りしめ、突き刺さっている剣を穿つ。
俺とて、銀級。弱くは、ねぇ。
剣がさらに深くまで突き刺さり、脳を傷つけた。手に持つ俺を投げ捨て、身悶え、両手で顔を覆う。
誰が見てもわかる、隙。
血を吐き出し、呼吸を一つ。
足に力を入れ、一直線。落ちている大斧を拾い、最上段から切りつける。
ザシュッ!
大斧の一撃はその背を深く切り裂いた。
しかし、二撃目を考えずに振るわれたそれは地に突き刺さり、腕を痛めつける。
だが、泣き言を言っている暇はない。近くに落ちていた。長剣と細剣を持ち、変則二刀流。
がむしゃらに振るわれる腕を潜り抜け、すれ違いざまに腕を斬りつけ、体に突き刺す。
そうして攻撃を避け続け、関節を、健を、眼を、少しづつ、身体を傷つける。
時間は、俺に味方する。
いつにない集中の中、思い出すのは過去の夢。勇者になる。いつもそう言っていたものだが、本当にそうだっただろうか?
深い集中の中、もはや思考も消え去り、反射で動く。空いた思考は全て想起に費やす。
そして、ゴブリンキングが膝をついた時、思い出した。
俺が見たのは勇者じゃない。俺はただ、何者になりたかった。誰もが知る人気者。誰かの記憶に残る有名人。
俺はただ、俺という存在を世界に刻みたかっただけなのだ。そして、その過程か、結果か。
「モテたかった。みんなに好かれたかった。みんなを愛して、みんなに愛されたかった。ただ、それだけ」
やっぱりバカだ。
人気者になりたい。そのための方法が目的になって、勝手に苦しんで、死のうとした。
帰ったら、アルマに土下座しよう。そんで、フィリスを連れ込もう。
そんな決意を胸に、眼球に突き刺さった剣を抜き、流れるように首を刎ねた。
そうして、俺は、レックスという男は、開花した。




