其の四十七 栄光の騎士 ━2━
俺たちは特に何事もなくゴブリンの巣についた。見張りもいたが、気づかれないように暗殺し、調子は上場。巣穴の中にいるゴブリン共はまだ俺たちの存在に気づいていない。
荷物の中からゴブリン駆除キットを取り出し、巣穴に投げ込む。これで時間が経てば燻されて勝手に息絶えるだろう。
逃げ出してきたゴブリンを殺し、見張りのゴブリンの死体と合わせて巣穴にふたをするように投げ入れる。これで問題なし。多少の警戒はしつつも、アルマたちと会話をしながら時を待つ。
一時間が経っただろうか。そろそろいいかと死体をどかして中を覗き込むと、目の前から剣が生えてきた。驚いて思考が止まるも、体は勝手に動きぎりぎりで躱す。危なかった。
警戒を呼び掛け、注視すると、中から大量のゴブリンが出てこようとしているのがわかる。
少しの思考の後、アルマたちを逃がすことにした。当然断ろうとしてきたが、それを助けを呼ぶためだと強引に納得させる。
実際助けを呼ばないといけないのは本当だ。なんとなくだが、このままではまずい気がするのだ。
結局、アルマを残してシルとコッコが助けを呼びに行った。二人行かせたのはなんとなく。独りじゃダメな気がしたから。
まあ、元々一人で戦うつもりだったし、二人でもなんとかなるだろう。というか何とかする。
両手に剣を握り、呼吸を落ち着かせる。双剣での戦いは呼吸が命。呼吸が乱れれば体の動きが追い付かず自滅することになる。
蓋が完全にどかされ、次々と出てくるゴブリンをなで斬る。対多数は双剣の得意分野だ。
こうして数週間ぶりの死闘が始まった。
数時間が経ち、体はボロボロになりながらも何とか生きていた。体力を使い果たし、今にも膝をつきそうなところを気合で踏ん張る。慕ってくれる女の子の前で情けないところは見せれない。
そう思う俺を無視して、自分も疲れているだろうにアルマが肩を貸してくれる。正直助かる。
にしても、なんでこの巣穴は放置されていたのだろう。基本的に巣穴の壊滅に失敗した場合すぐさま別の者が壊滅させるはずだ。そうしなければ奴らは今回のように知恵と力をつけ、多大な被害をもたらすから。
俺らはまだ運が良かった。強くなったとはいえせいぜいがゴブリンナイト止まり。キングやクイーンがいなくて助かった。まあ、逆にそいつらがいなかったからただの中規模巣穴だと思われていたのだが。
そんなことを考えながら町に帰っていると、ふと違和感を覚えた。
そういえば、そこそこな時間戦っていたのに救援が来なかったな。
それに気づき、猛烈にいやな予感が駆け巡る。いや、そんなはずはない。ただ迷子になっているだけだ。あるいは上位の冒険者がいなかっただけ。そうに決まっている。
だが、そう思おうとする俺に反して、アルマの脚が止まった。
見れば切り飛ばされた手足が道に転がっていた。四対八本。嘘だ。だが、共に切り捨てられた衣服は確かにそれを証明する。
俺は、間違えたのだ。
彼女たちの現状が思い浮かび、吐き気を催す。膝が震え、地面に倒れこむ。
ここにあるのは手足だけ。じゃあ、残りは?
ゴブリンに捕まえられた女の末路なんて決まっている。母体となり、最悪の死に至る。
まだだ。まだ、終わっていない。奴らが連れ去ったのなら先ほどの巣穴に戻るはず。なら今から戻ればまだ!
…本当にそうか?
場所を見ればわかる。彼女たちはまるで抵抗していない。いや、できていない。それに先ほどの巣穴からそう遠くないのだ。
なら、彼女たちが捕らえられたのは…
怒りが脳を満たしていく。だが、飲まれてはダメだ。俺たちは冒険者。こうなることも覚悟のう、え?
俺はそうだ。だが、彼女たちは…違う。そうするしか道がなかっただけ。家を失い、希望を失い、命だけが残された。だから冒険者になった。覚悟なんてしていない、できていない。
怒りに支配されながら、最後の理性がアルマと逃げろという。しかし見ればわかる。彼女に逃げるつもりはない。なら俺も逃げるわけにはいかない。
そもそもここで逃げて何になる? 逃げて、生き延びて、一生呪いを抱えて生きていく?
馬鹿か!
そんなわけない。そんなんで勇者になれるわけないだろ!
振り返り、一歩踏み出そうとして、足が止まった。
そこにいたのは巨体のゴブリン。右手には剣を持ち、左手には。
プツンと、理性の切れる音がした。
疲れた体。しかし今だけは気にならなかった。かつてない速度で踏み込み、油断しているそいつの左腕を切り飛ばした。
ゴロゴロと音を立てて転がる二つの頭。その顔は、歪んでいた。
怒り叫ぶゴブリン。その体を滅茶苦茶に切り刻む。しかし、先ほどと異なり傷は浅い。
それでも、思考などなく、怒りのままに剣を振るう。与えた傷より、体力ばかりが減っていく。
そして、ついに剣をくらった。
ゴブリンといえど、キングともなればその強さは桁違い。本来なら騎士が出張るような案件。
俺ごときにどうにかできる訳もなく、惨めに地面に這いつくばる。血を噴き出し、意識がもうろうとする。呼吸しているのに、息ができない。動けない。
のそのそと近寄るキングが、俺の首を刎ねようとして、動きが止まる。
下卑た笑みを浮かべ、空いた左手を近づける。
ダメだ。アルマだけは。せめて、彼女だけは。
そう思うのに、体は動かない。
動けよ。動け動け動け! 動けよ!
ここで動かなくて、何が勇者だ! 何が!
恐怖で体を震えさせ、涙を浮かべながら、それでも、彼女はその剣をキングに突き刺した。
無抵抗だと思っていた玩具の予想外の犯行に唸り声をあげ、怒りのままに剣を振り下ろす。
彼女は動くことなく、眼を瞑って「ごめんなさい。やっぱり、大好きでした」そう言った。
きづけば俺は立ち上がり、アルマを抱えて逃げていた。
もしかしたら、逃げ切れるかもしれない。
逃げられたら、生き残れる。そうすれば、幸せにできるかもしれない。
勇者になるなんて分不相応な夢は諦めて、村に戻って。
アルマと一緒に、穏やかに過ごす。それがいい。戦いとは無縁な人生。
退屈かもしれないけど、自分を好きでいてくれること居られるなら、十分だ。
だから、今は逃げるのだ。
戦ってはいけない、戦ったら、死ぬ。
勝てないのだ。俺では。
仇は打ちたい。でも、俺じゃなくてもいいのではないか。
だから、今は。
全力で逃げる、の…だ?
なんでなんでなんでなんで!!!!
なんでお前がここにいる!!
目の前に、道をふさぐようにして、隻腕のゴブリンがいた。
ふざけるな。抜かれてなどいないはずだ。だってさっきまで後ろにいただろう!?
驚きに、足が止まる。
刹那、目の前に剣が現れた。
転がるようにして避ける。アルマを投げるように遠くに飛ばし、剣を構える。
ああ。わかったよ。畜生。やってやらあ。一秒でも長く、持ちこたえて見せる。
そう覚悟を決めたのに。なんで。なんで俺じゃないんだよ。
目の前から消えたキングは、すでに背後。アルマを掴み、潰そうとしていた。
苦しみの声を上げるアルマ。しかしすでに声になっていない。
だが、眼が言っている。
「逃げて」
無理だ。どうせ逃げられない。
キングの体を切りつける。しかし最初の一撃が嘘だったように刃が通らない。いくら切り付けても、無視される。
アルマの体から異音が鳴り出し、急に、刃が通るようになった。
すぐさま腕を斬り飛ばし、脚を切り捨て、首を刎ねる。
剣を投げ捨て、アルマを抱きかかえる。意識はない。重症だ。だが、生きている。
それからはあまり覚えていない。必死に走って、病院に駆け込んだ。治療を受け、彼女は一命をとりとめた。しかし、その眼は開かれなかった。
その日から、貯めていた貯金を吐き出して介抱し続けた。眠り続ける彼女に薬を飲ませ、治癒を施す。昼間は短時間で終わる仕事をこなし、できる限り彼女の傍にいる。
そんな生活を続けてひと月が経っただろうか。
彼女は目を覚ました。
しかしその眼は開かれなかった。
起きた彼女から話を聞いて、絶望した。
彼女は二度と世界を見ることはできない。
彼女は代償を払ったのだ。
呪術。
自身にとっての大事な何か、あるいは命を捧げ、驚異的な結果を得る妖術。
彼女は自分の命を代償にデバフをかけ、失敗。幸か不幸か、視力だけが代償になった。
もう、彼女は普通の生活を送ることさえ一人ではできない。どころか、常に独り。孤独感と生きることになるのだ。
だから、俺は決めたのだ。人生を彼女に捧げると。
俺が強ければ、彼女はこんなことにならなかった。あの二人だって。
全部、俺が悪い。
だから、一生をかけて償うのだ。
その日、俺は夢を追うことを諦めた。
☆☆☆☆☆
あれからどれだけの時間が経っただろう。
俺はこの町に家を借り、アルマと二人で暮らしている。ボロボロの、郊外にある家。
しかし土地はそこそこ。もうしばらくしたら修築するつもりだ。
時と共に過去は薄れていき、今では安定した、幸せといえる日々を送っていた。
ある日、日課の家周辺のならず者退治に精を出していると、見慣れない少女がいた。
ここは郊外。スラムも近いから、きっとよそから来た孤児が追い出されたのだろう。
放置するわけにもいかないから、家に受け入れることにした。
実は、冒険者の傍らで小さいながらも孤児院のようなものを経営しているのだ。
最初は大変だった。
罪滅ぼしのつもりで始めた子育ては想像以上に重労働だった。
つきっきりで見ていないと、というか見ていても盗みを働くし、眼が見えないアルマを下に見るし、文字はもちろんろくに言葉も覚えていない。
だが、少しづつ教育し、冒険者としての生き方を教え込み、送り出した。
本当のことを言えば冒険者になどなってほしくはない。
だが、よそ者で、親もいない彼らに就ける職など冒険者以外になかったのだ。
だからせめてと、できる限りのことを教え込み、強くする。
当然死者ゼロとはいかないが、六割近くはまだ生きている。
そんな彼らは恩返しのつもりか、時折来ては寄付に来たり、子供の面倒を見てくれたりする。
そのおかげで皆をボロボロだが、屋根と壁のある家に住ませてやることができている。
ありがたい。
基本的には皆この家を巣立ち、独り立ちしていくのだが。ただ、一人。
俺の元から卒業したものの、どこにも行くこともなく家に住みつきアルマの世話をする少女がいる。
名を、ケーラ。今では子供たちの母として、俺以上に慕われている。
ただなぜかアルマは時折敵意を向けている。あと一人で会うなって言われてる。
・・・悪い気はしない。
だが、そんな平穏な日々は唐突に終わりを迎えた。




