其の四 魔力と龍と狂人と
魔力という新たな力を手に入れてから、今まで以上に修行に精を出したこの数年。失った足も取り戻し、随分と強くなったと思う。
毎日の日課のランニングでは体力が限界突破しているし、その速度も音速を超えたと思う。見た目では筋肉がつかないこの身体だけど、見えないだけでパワーは上がっているし身長は小学校低学年くらいまで伸びたと思う。というのは単なる肉体性能の話だ。
「やるか」
腹の中に溜まる魔力を全身に巡らせる。イメージは血管の中に混ぜて一緒に流す感じ。これにより身体能力はさらに上がり、自然治癒能力も上がる。さらに毎日のように流していたおかげで既に無意識下でもある程度は魔力が循環してくれるようになった。
しかしそれでも魔力を巡らせるうちに外に漏れ出して多少のロスが出ているのは要修行といったところだ。
あとは一度に流す魔力量も増やせるようになりたい。今は過剰に魔力を流すと肉体側が持たなくて破裂するから。
昔魔力すげぇ~って走り回ってる時に出力上げすぎて破裂したのは…まぁ悪い思い出か?
動かない状態で循環の練習したら、歩きながら、走りながら、戦いながら、と少しづつ難易度を上げていく。
動きながら全身の魔力に意識を向けながら動くのは難しい。乱れて魔力の流れが滞ったり、早くし過ぎたり。流れは早いほうが強化倍率上がるんだけど、いきなり倍率変わったり、一部だけ変わったりだと転んだり怪我したりするから危険だ。
でも部位ごとに流す速度を変えて練習するのもいいかもしれない。敵の意表をつけそう。それでもまずは基礎からだけど。
夜になるまで訓練したら温泉に入ってから短時間睡眠する。魔力と、一応体力を回復させるためだ。
(おやすみなさい)
朝、目を覚まして日課の体操やランニングをしながら魔力について振り返ることとする。
まず、魔力についてだが、現状できることはあんまりない。
実はいつものように身体能力を上げて治癒能力を上げる以外にはあんまり魔法らしい魔法は使えない。
これに関してはまぁ、私があってに魔力と呼んでいるだけだし、それだって〝魔王〟が使う力で〝魔力〟と呼んでいるだけだ。だからよくある火魔法とか水魔法とかそういうのはまだ全然使えない。
そんな魔力だが、当然使えば量は減る。使った分を回復させるためには休息、それも精神的な休息が必要らしい。だからこそ毎日温泉に入るし、もう肉体的には必要のない睡眠を取っている。
あと、よくあるファンタジーみたく使える最大量を増やせないかと色々試したのだけど、その調査の一環で酷い目に遭った。よくある展開の一つである魔力枯渇による最大値の上昇。これを最初に試したのだけど…
(あれは死ぬかと思った…)
魔力が枯渇に近づくとこう、精神にくる。精神的に追い詰められる。生きることが辛くなるし、無気力になるし、気分も悪い。
それでも使い続けて完全に枯渇させるとそんな感覚はさらに強まるのだけど、一応魔力がゼロの状態でも生命力的な何かをひねり出すことで魔力を使うことができるようだった。この方法は正直取りたくないけど。
なにせデメリットがでかい。でかすぎる。
生命力を用いるときの最初の段階では全身から出血する。しかもこれは魔力を使うのを止めて自分で回復するまで止まらない。龍じゃなかったらこの時点で死んでいる。
そして次の段階では身体機能に異常が起こる。幻覚に幻聴、幻痛と、幻をみるようになり、世界はモノクロに見え、平衡感覚も消えていく。こんなんじゃまともに戦うことすら難しい。
私の知る最後の段階では五感が消える。一つづつ五感が失われていき自分の存在さえ分からなくなる。私は五感のすべてを消失した段階で過剰使用を止めたのでこの先の段階は分からない。けどおそらくは死ぬ。死ななくても死ぬよりひどいことになる。そんな気がする。
ちなみにこの五感の消失は次に目が覚めた時には治っていたから、もしかしたら死ぬ前に一時的じゃない完全な五感の消失があるのかもしれないけど。これはまぁ龍だったから五感を取り戻せただけかもしれないから分からない。
そんな感じで酷い目にあったわけだけど、それでもちゃんと最大魔力量を増やす方法は見つけてある。こちらも安全ではないけど。
そもそも魔力は自然に体内に溜まっていくわけだけど溜められた魔力は自然とお腹の中で圧縮されて省スペースとなり空いたそこへさらに魔力が溜まり…と、なくなっても時間で回復する。けど、この自然とされる圧縮には限界があって決められた最大魔力量を超すことはない。
だから代わりに自分の意志で魔力を圧縮する。
これ以上の圧縮は無理!って言ってくる魔力たちを無理やり圧縮されろ!とねじ伏せる。これによって通常以上にスペースができて最大魔力量も増えるというわけだ。さらに、これは一度でも自分で圧縮しておけば無意識下でもそこまでの圧縮をしてくれるようになるので、一度自力で限界突破しさえすれば永続的に圧縮効率が上がり最大魔力量も永続的に増えるようになる。
けれど当然このやり方は限界を無理やり超えるわけだから…失敗したらとんでもないことになる。圧縮するときに制御を誤ると、圧縮されていた魔力がすべて解き放たれて実体化する。
つまり、制御をミスれば即座にお腹が爆発するということだ。しかも圧縮が進めば進むほど溜め込む魔力量も解放される魔力量も上がるわけだから…それこそ爆発で上下に別たれることにもなる。
ほんと、限界突破が一回すればいい仕様で助かった…。あと、最大量が上がると魔力の自然回復量も増えていくみたいだからそれも助かる。
魔力についてはこんな感じだけど、ついでに竜についてもおさらいする。
まず、龍という生命体を一言で言うならば〝規格外〟というのが当てはまるだろう。かつては魔力を使って早く直したが、おそらくは四肢の欠損すら自然再生で直すほどの治癒力。致命傷を受けてもしばらくは生きられるだろう生命力。食事も睡眠も必要せず、無尽蔵に湧き上がるスタミナ。頭のおかしいほどの身体能力。まさに最強の生物って感じだ。
私はまだ精神的に人間らしさが残っているから睡眠も取るし休憩もするけどそれだって精神構造が龍に近づけばいらなくなるはずだ。そうなれば、精神状態と関係する魔力の自然回復速度だって上がるだろう。
私が魔王になる上で、私が龍に生まれたことは大きなアドバンテージになるだろう。たとえ人間に生まれていても魔王にはなるつもりだったが…今の自分を考えるとここまで来るのにどれだけ時間がかかるのかわからない。本当に運が良かったのだ。
「さ、今日も限界を超えていこう」
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それから数日後の夜、久しぶりに夢を見た。
──一歩足を踏み入れる。
──身体が前に倒れる。
──視界がぐるぐると回転し、頸から鮮血を吹き出す私の姿が映る。
──意識の消える最中、緑月だけが私を見ている。
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「縁起悪い…」
朝、久しく感じていなかった気だるさとともに目を覚ます。いそいそと温泉に頭まで潜りダルマになる。
(気が重い)
あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。何が起こっているかも分からず、ただ直感に従って防御して運よく生き延びたあの日。奇跡的に生き延びただけで、本来なら夢で見たとおりになっていた可能性のほうが高い。
だから、恐怖はある。いくら覚悟を決めようと、死ぬだろう戦いに挑むことは恐ろしい。
あんな夢も見たし、また今度にしよう、だなんて。
「ぷはっ!できるわけ、ないよね」
私は龍だ、おそらくその寿命は長い。アイツが緑月の、満月になったときにしか現れないとしても、次を待つことくらいわけもない。わけもないけど。
「その時の私はまた逃げるのか?」
そう考えれば、今日戦わないという選択肢はない。既に力は得た。これからどれだけ時間を変えようと、大した差にはならないだろう。せいぜいが魔力量が増えて身体強化の効率が上がる程度だ。だったら、今戦うのとあまり代わりはないだろう。
だって既に音速を超える速さは得たのだ。今がダメなら次は取れどけの速度を得てから挑戦する?次の節目は何処だ、光速か?どれだけ時間かけるつもりだ、どれだけ逃げるつもりだ。
「今日、私は勝つ」
そう決めたのだから、勝て。
夜になった。今日戦う覚悟は決めた。決めたが、逃げたいとも思っている。
勝てる確信がないのだ。あの時の記憶が甦る度にまだ無理なんじゃないかと思ってしまう。
そうだ。口で何と言おうと、私は私を信じられていない。
私はこの世界の主人公だとは思えないし、魔王にふさわしい性格があるとも思えない。それでも、魔王にはなりたい。だからここまで来た。
けれど、何処かで。心の何処かで、あの日捨てたはずの前世の俺がいる。
魔王に憧れて、現実には無理だと受け入れた一般人である俺が。魔王になれるだなんて盲信できる私と違う、現実的な俺が。
「ダメだろ」
狂え。狂ってしまえ。狂信しろ。盲信しろ。
「魔王は、自分の望みに全てをかけるものだ。己の信じるものだけを信じて世界と敵対する狂人だ」
自分の正義を確信し、それを貫くために生きる。自分の正義が折れるなんて思わないし、どれだけ苦難に満ちた道であろうとその先にはハッピーエンドが待っていると信じて突き進める気狂い。
「勝てばいい。勝って証明しろ。私が魔王だと」
俺が私が魔王になれると信じるだけの証拠が足りないというのなら、今日勝ってその証拠にしろ。いま、足りないだらけの私が勝つことが、それだけが確かな証拠になる。
アイツに勝って初めて、私は魔王への道に一歩踏み出せる。
なんて、常識的な思考。
これは嘘じゃない。嘘じゃないけど、真実でもない。
私は思うんだ。強くなってからそこそこの難易度で戦うのより、弱いままに、知恵も気力も、全てを出し切って薄氷の上の勝利を収めるほうが最っ高にたのしいんじゃないか!って。
だって、ゲームでも物語でも、ジャイアントキリングってのは最高に心が躍る、劇的な瞬間でしょ?
「さぁ!一歩!踏み出そう!」
明日を信じて疑わなかったあの日のように。
されど、油断も、慢心もなく。
私は笑みを浮かべて。
──一歩、足を踏み出した。




