其の四十二 選手宣誓
僕、アダルウィン・ヴィットマンは鍛冶師であった父と商人であった母との間に生まれた。特筆すべき才能もなく、一般人として暮らしていた僕が騎士を目指すようになったのは五歳の時。ホラティウスと出会い、彼にあこがれたからだ。
彼は幼いころから騎士を夢に見て、相応の努力を行っていた。僕も一緒に訓練してはいたけど、才能の差というべきか、僕と彼との差は広がるばかりだった。だから彼に隠れてこっそり秘密の特訓もしていたのだけど、大して効果はなくて、いつの間にか彼の隣はもちろん、ついていくことで精いっぱいになっていた。
だから、僕はせめて彼の役に立ちたいと、時間がかかっても、ほんの少しでも役に立てるようにと、さらなる訓練をこなしていた。
そんなとき、盗賊に襲われた。町の外、森の中に独りで鍛錬していた僕は格好の獲物だったらしい。必死になって戦って、初めて殺意を向けられて、初めて人を殺した。でも、一人殺しただけで僕は気分が悪くなって、その隙を盗賊の仲間に襲われて、死にかけた。
そこを、数人の騎士に助けられた。その中にはホラティウスの姿もあった。僕よりも断然力を持っていた彼は、一人、二人と殺していった。その表情はどこか、つらそうにも見えたけど、そのあとに話したときはいつも通りの姿を見せてくれた。
彼は一足先に騎士の仕事を果たしていたのだ。
体も技も心でさえ、僕が彼に勝てるものはなかった。
だから本来、僕が彼を超えることはなかった。ない、はずだった。
森で二人で訓練してた時、他国の騎士に襲われた。当時、今もだけど、太陽の国は天空の国と戦争してたから、その奇襲部隊だったんだと思う。部隊といっても、目の前に現れたのは一人だけだったのだけれど。
でも、そのたった一人に僕は何もできなかった。切りかかっても、軽く躱されて、片手間にあしらわれた。反撃に苦しんでいる間、ホラティウスは僕を守りながら戦った。同い年なのに。同じ夢を持っているのに。僕は彼の役に立てなかった。それどころか荷物になっていた。
傷ついて、痛くて、逃げ出したいはずなのに、彼は僕に逃げるように言った。自分が残るから、助けを呼んでくれと、その姿はまさに、騎士だった。
それから必死に逃げて、助けを呼びに走って、でも、それすらできなかった。僕は怖さにおびえて、地面に空いた穴に転げ落ちてしまった。
落ちた衝撃で腕や足が変な方向に曲がって、あまりの痛みに泣き叫んだ。本当にみっともなかった。けど、それだけ余裕がなかったのだ。ここで僕が死ねば、ホラティウスは死ぬ。このままだと、約束を守れない。その恐怖は、痛みと一緒になって僕の体を縛り付けた。
そうやって、叫んで、泣いて、気持ちがぐちゃぐちゃになってた時、声が聞こえた。少女の声だ。『助けてあげようか?その代わり、君の人生は狂うことになるけど』いわゆる悪魔のささやきだったのかもしれないけど、僕は即答した。「助けてほしい。彼を守ってほしい」僕が死ぬのはどうでもよかった。死ぬのは怖かったけど、彼という騎士が、誰にも知られずに消えるのは嫌だった。僕は生きても誰かを救うことも、守ることもできないけど、彼ならそれができると思ったから。
それが、彼女との初めての出会いだった。彼女は確かに約束を守り、僕を救い、彼を守った。それだけじゃなくて、僕に力をくれた。
その結果、僕は彼に追いつき、追い越すほどになった。才能のなかった僕が、こんなに強く慣れたのは、偏に彼女のおかげだ。だからこそ、思うんだ。
「なんで、彼女は僕を選んだのか」
もしも彼女が僕でなくて彼を選んでいれば、もっとうまくいったはずだ。
今回だって、みんなを無駄に死なせることもなく、こうして目の前で無様をさらすこともなかった。
皆が死んだのは僕が彼女の力を手に入れたから。ホラティウスが苦しんでいるのもそう。ヴィルナが苦しんでいるのもそう。
「全部、僕が選ばれたのが間違いだったんだ」
「違う!!!」
「違くないよ!!ホラティウス、君はいつもそういうけど、違うんだ。この力は君が手にする者なんだ。その方が絶対よかった。僕が君から奪ったから!」
あの時穴に落ちなければ、ちゃんと助けを呼べていれば、彼女は彼に同じ誘いを持ちかけていたはずなんだ。僕が、彼から彼女を奪ったんだ。
「アダルウィン!!あの精霊が選んだのはほかでもないお前だ!お前なんだ!」
「それは僕が!あの時君よりも先に死にかけていたからで!」
もしそうじゃなければ―――
「違う!!」
「あの娘は、お前だから一緒にいるんだ!!」
「そんなわけない!彼女は勘違いしてるんだ、僕はダメな奴で、君の方がよっぽど」
「そうじゃない!確かにお前はダメダメだ、意気地なしで、気弱で、大事なところでミスをする」
「わかってるじゃないか。そうだ。僕はダメな男なんだ。だから、彼女に気に入られる理由なんてない。彼女が一緒にいるのは僕を救うと約束したから―――!」
「違う!だからこそ、お前は気に入られてんだよ!」
「え?」
僕がダメダメだから、気に入られてる?そんなことあるわけない。だって僕なんかより彼の方がかっこよくて、強くて、努力家で、才能もあって、騎士らしくて、男らしい。騎士のみんなだって、僕の周りにはほとんどいないけど、彼の周りにはたくさんいる。
「精霊は、自由だ。一時の気まぐれで人に手を貸すことはあっても、常に手を貸すなんて、契約することなんて普通ないんだよ」
その話は聞いたことがある。
「でも、ヴィルナは」
『私が特殊なのよ、あと、そこのも』
「ヴィルナっ! ごめん。守られてばっかで、本当は僕が守らなきゃいけないのに」
ヴィルナだって、精霊だけど女の子だ。騎士として、男として守らなきゃいけないのに。
『いいのよ、好きでしてることなんだし』
「え?」
好きでって、いやでも。そんなわけ。
「アダルウィン!その無駄に凝り固まった頭空っぽにして聞け、言葉通りの意味でとらえればいい!」
「空っぽって、そんな」
『アダルウィン』
そんなわけない。そんなわけないんだ。だって、そうだったら、僕の今までは何なんだ。そんなの、ダメだよ。
「・・・ヴィルナ」
『私はね、あなたのことが好きなのよ。初めて会った時からね』
「ぁ、ぁう、そんなわけ」
『そうでもなきゃ、助けないわよ。人間同士の争いにかかわるなんて面倒だもの』
「でも!僕なんか」
『そうね。あんたはいつもそう。自己評価が低くて、意気地なしで、怖がりで、一人で考え込んで悩んで。面倒な男よ』
「なら!」
『でも、だからこそよ』
え?
『面倒な男。だけど、その心には一本芯がある。どれだけ辛くても、苦しくても、一度だってあんたは騎士を諦めなかった。我武者羅に、泥だらけになって夢を追う人。自分の命よりも他者の命を大事にして、全部救おうとして自分のせいにする。そんな危なっかしい男。まあ、まともな女なら惚れないけど、そういうのが好きなどうしようもない女ってのもいるのよ』
「そんな」
『何度でもいうわよ、私はあなたが、アダルウィンヴィットマンという男が好き。だから一緒にいるし、力を貸すの。ほかの誰でもない、あなただから』
「ぁぁ」
僕は。いつから間違えていたのだろうか。ホラティウスの言うとおりだ。僕は頭を固くして、普通なら気付けることに気づかなかった。
やっぱり全部、僕のせいだ。ヴィルナは昔から答えを言ってくれていたのに、自分がそれを信じようとしなかった。答えを渡されているのに、答えを探して迷っていたのだ。
「ごめん。僕が、馬鹿だった」
『いいのよ。そうやって迷ってるあなたも、好きだったし』
「性格わりぃ」
『あら、知っているでしょう?精霊は自由なの。人間の尺度で考えられると思わない方がいいわよ?』
やけに頭が晴れている。ずっと縛られていた思考が解放された。すごい、気分がいい。
「へいへい。んで、アダルウィン。目は醒めたか?」
「ああ、ありがとう。それと。面倒かけて、ごめん」
「はっ、そんなもん気にすんなよ。俺たち親友だろ?」
親友。そっか、親友か。
「うん!そうだね!」
隣に立てたことなんてないと思っていた。けどそれは僕の思い込みで、彼はずっと、隣にいると思ってくれていたんだ。
「じゃあ、親友。いや、団長。そこに俺らの大事な仲間を殺し、王都を破壊して罪のない一般市民を無意味に怖がらせた大罪人。国家反逆者がいるわけだが、どうする?」
「ははっ、うん。そうだね」
心が躍る。親友と二人で、ううん。三人で立つ戦場というのは、ここまで安心感のあるものだったか。
「お嬢さん、待たせたね」
「気にしない気にしない。いいもん見せてもらったし、この方が気兼ねなくやりあえる」
「ふふっ、変わってるね」
これから殺しあうというのに、心というのは、こんなにも自由だったのか。
「まぁ、私とて犯罪者になりたかったわけじゃないんでね」
「え?そうだったのか」
「当然、私が犯罪しそうな見た目に見える?」
「見えないね。でも、だからといってやめるわけにはいかないんだ」
もう既に引くことはできない。多くの騎士が死んだし、騒ぎが広まってしまった。市民を安心させるためにも、犯人を捕らえ、解決したと伝えなければならない。だから殺さないといけないんだ。
「騎士の仕事ってのは大変だねぇ?まぁ、お互い本気でやろうか」
雰囲気が変わった。今までの、大人びた、元気のいい少女はいない。目の前にいるのは、愉悦と殺意を隠さない、圧倒的な存在感を放つ何か。
思わず剣を握る手が震える。大丈夫だ。こっちには相棒も、親友もいる。剣を握りなおし、盾を地に置き、告げる。
「僕の名前はアダルウィン・ヴィットマン、騎士団長の名に懸けて君を殺そう」
「我が名はシオン・セレスティン、魔王としてお前を殺そう」
「はあぁ!?団長!?」
なるほど、ね。
「団長!?これは俺らじゃさすがに!?」
『何ビビってるのよ、どうせ逃げられないんだからもっとしゃんとしなさい』
「いや、だって、そりゃ」
『見なさい、あのアダルウィンの姿』
「っ、わかった、わかったよ!我は副騎士団長、ホラティウス・ブリューロフ、騎士団長と共に、お前を殺そう」
『じゃあ、僕も名乗ろうか。僕はウード・クラルヴァイン。シオンの夫にして、魔精霊だ』
「はっ!?団っ」
『へぇ?じゃあ、そうね。私はヴィルナ、アダルウィンの妻にして精霊、冠するは大地。精霊同士、恨みっこなしよ?』
『もちろん!』
不思議な感覚だ。怖くて震えてるはずなのに、怯えて体が動かないというわけでもない。なんて言うか、体じゃなくて魂が震えてる気がする。今までと全然違う。勇気が湧いてくる。
さあ、最後の覚悟を決めよう。
「騎士団長アダルウィン・ヴィットマン及び、副騎士団長ホラティウス・ブリューロフ。これより、魔王との戦闘を開始する」
「ははっ、かかってこい。騎士ども」
国の存亡をかけた戦いが、今始まった。




