其の三十八 再戦
黒の世界に飛び込み、爆ぜる音を聞く。目を閉じていても感じる白に包まれ、一つ息を吐いて目を開ければそこに広がるのは炎のフィールド。ウード謹製の和装が風に揺られ、雨が降り出す。炎の奥で揺らめく龍が咆哮を轟かせると、雷が鳴り出し嵐が吹き荒れる。
炎が沈下し再び暗くなった空間。しかし、私の目には暗闇が見えている。
「ウード。守りは任せる」
『任せて。シオンには傷一つ付けさせないから』
長大な龍が大口を開けて迫る。嵐を無視して回避するが、鉤爪が振るわれた。問題なく見切り、宙を蹴って避けたその時、突如として爪が迫る。
「ッ!?」
『シオン!?』
ガリガリという音が鳴り響き、衝撃で吹き飛ばされる。空中で姿勢制御し両足で地を滑る。
「助かった」
『うん、でも大丈夫?』
「怪我はない」
しかしそうか。進化しているのはあちらも同じということか。さっきの一撃、爪自体の攻撃は避けていたが、ウードが魔力壁を作るのが遅ければ確実に腹を捌かれていた。間違いない、あいつも魔力がつかえる。となればまずすべきは一つ。
「ウード」
『うん』
地を蹴って駆けだすと同時、風が私を包み込む。
嵐を無視して加速し、腕に魔力をまとわせ、薙ぎ払われる龍の体を飛び越え、天を蹴って背を殴る。しかしその一撃は龍の身に当たることはなく、壁に阻まれた。
顔を向けて喰らおうとする龍から離れ、再び着地し息を整える。
「さて、どうするか」
これであいつが魔力を使えるのは確定した。なんでだとかは知らないが、問題はない。しかしただでさえ少なかった有効打が減ったうえ、私のアドバンテージすら失われたのはかなり痛い。
気持ちの逸るままに来たせいで魔力量も万全ではないから、前回同様短期決戦を望みたいところではあるのだが、肝心の一撃必殺の技はおろか有効打すらないのだからどうしようもない。
『シオン。考えるのもいいけど、あんまり逃げてばっかりだと調子づかれるよ?』
「取り敢えずのところは乱打でいこう」
『了解』
酸を吐き出しながら迫る龍から余裕をもって避け、尻尾を一本生やして攻撃を食らわせる。その一撃は顔に直撃するが、龍鱗によって弾かれる。その勢いのままに弧を描くようにして天へと伸ばし振り落とすが、今度は壁によって阻まれる。
尻尾の数を増やし、反動によって空を跳びながらすれ違いざまに尾撃を食らわせていく。龍が身をよじらせ尾を振るうのを避け、繰り返し乱打する。
そのうちに龍が天を見上げ、その脳天をかち割ろうと近づいた瞬間咆哮が響き、体が硬直した。その隙は見逃されず、落ちる私をその牙で噛み千切ろうと迫る。
「まずっ!」
空に舞い上がろうとあがくが、口が閉じられ、その口腔に閉じ込められかけるも、
『〈世界よ、我らに天にも昇る突風を!!〉』
間一髪のところで突風に飛ばされ、逃げ延びる。しかし打ちあがった背に突進を受け、骨を折り血反吐を吐いて吹き飛ぶ。
「ごぼっ、ヴ―ド、だすかった」
『荒っぽくてごめんね?』
「気にしないでいい」
傷ついた体を瞬時に治し、四つ足をついて地面に着地する。
「ああくそ。知らない技がいっぱいだ」
『でも、戦えてるよ』
「うん」
そう戦えてる。死にかけてはいるし未だにまともな有効打を与えてもいないけど、戦えてる。なら、勝ち目はある。
先ほどの咆哮で解除された尻尾を作り直し、風を纏う。上を見上げればそこには流星群のごとく降り注ぐ酸弾の群れ。
尻尾の数本を傘代わりに飛び上がり、龍に近づくとかぎ爪を振るわれる。その一撃を大きく跳んで躱すが、魔力の爪が振るわれることはない。
即座に宙を蹴ってその身に蹴りを叩き込むが壁によって阻まれる。横から振るわれる尾撃を尾を数本束ねて当て、緩和した衝撃のままに空に浮かび上がる。
酸弾の雨を潜り抜け、顔の方を見れば再び大口を開け、咆哮の態勢に入っているのがわかる。直後予想通り咆哮が響き渡るとともに、雷が私に向けて一斉に向かってくる。
その全てを一挙に引き受け、少しの火傷としびれの残る体を魔力によって操作し、振るわれるかぎ爪を避け、その長大な体躯を殴ると、鱗にひびが入り肉が露出した。
生み出した弱点にもう一撃を与えようとするが、今度は壁に阻まれるがひびが入る。直後再びかぎ爪が振るわれるので、こちらも魔力壁で対抗する。
がりがりと嫌な音を響かせながらも耐えしのぎ、打ち出された酸弾を尻尾によって跳ね返す。酸弾が龍鱗に触れると龍鱗が溶け出し、肉を露出する。
うめき声をあげる龍を無視して鋭くした尻尾を伸ばしその肉に突き刺し、切り開く。怒りのこもった唸り声と共に私を閉じ込めるようにとぐろを巻く体を、墜ちることで回避し、
「ウード」
『〈雷よ、鳴轟し、爆ぜよ〉』
その内側で爆発を起こす。風によって減速し、ふわっと着地して龍を見上げる。
再度轟く咆哮、より一層嵐が強まり、龍の縦長の双眸がこちらを睨みつける。地に足を縛り付けられたような感覚がして動けずにいる間に焼け焦げた鱗が順に生え変わり焼け落ちた肉が再生しだす。
全身に魔力を勢いよく流し込み気合いを入れると、再び飛び上がる。迎え撃とうとする龍の攻撃を避け、時に弾かれることで未だ再生しきっていない部分を勢いよく殴りつけるが、壁に阻まれる。
風に従い、宙を滑るようにしてかぎづめを避け、振るわれる魔力の爪を魔力壁を形成して凌ぐ。
宙を駆け抜け、数本尻尾を束ねて龍の体を穿つと、その一撃は鱗を貫き、花開くようにして広げられた尾はその肉を切り裂く。
「ウード」
『〈雷よ、剣となりて我が敵を討ち滅ぼせ〉』
手元に生み出された雷の剣を握り、足場を生成してしかと踏み込み、弱点めがけて投擲する。
直後訪れた酸弾を殻にこもることでやり過ごし、肉の焼けるにおいを感じながら魔力壁を生成。振るわれた尾により瞬時に破壊されるが、減速したおかげでかろうじて避ける。
尻尾を前方に集め、迫る口腔に向けて
「咆哮」
刹那放たれた魔力の奔流は、嵐を纏い、雷を巻き込み、その口腔に吸い込まれるように進む。結果を見守りながら、失った魔力をウードから貰い受け、もう一度尻尾を生やす。
さて、
「だいたいわかった」
『魔力の扱いは苦手みたいだね』
「うん」
酸を吐く時、魔力を攻撃に使った直後は守りが弱い。盾と、爪、その切り替えにタイムラグがある。狙うはそこ。隙を作り出し、私の最大火力をぶち込む。
「もうひと踏ん張り、ラストスパートと行こう」
焼けただれ、乱雑に切り裂かれた顔を急速に直しながら、鋭い蛇目を向けてくる龍。
全身に魔力を流し、恐怖を振り払う。尻尾を広げ、サイズを上げて不敵に笑みを浮かべる。
大丈夫。勝てる。
酸弾と雷の降り注ぐ地を駆けだす。酸の雨を避け、痺れる体を魔力によって動かして突き進む。宙を舞い、すれ違いざまに細かく攻撃を当て続ける。無理に攻めない分一撃の威力は低いが、無傷とはいかない。
一撃でもまともに当てれば勝てるような相手に手間取り、いいように遊ばれているのだから、うっとうしいことこの上ないだろう。それも見た目は幼女の人間だというのだからなおさらだ。
そして、そんな状況が長引けば当然。
―――来る
龍が空を見上げ、口を開く。明らかな咆哮の姿勢。その巨体を視界から追い出し、天高くまで駆け上がる。
「ウード」
守りの固いモンスターの討伐法。それはいつだって決まっている。
『〈大地よ、何より固く、すべてを留める楔を、彼の者に!〉』
狙うは内部。口か尻だ。
龍の口腔に杭が突き刺さり、咆哮は正しく放たれず、空気の抜ける音が響き渡る。
その音を聞きながら宙に足場を生み出し、両足で蹴りつけ落下する。龍の顔面を正面に、拳を固く握り締める。
『〈嵐よ、我に従い、我が正道を示せ〉』
嵐が晴れる。曇天、雲の切れ間から指す一条の光のように、私の進む道が開かれ、追い風が吹く。
『〈雷よ、我が命に従い、一点に集え〉』
鳴り響く雷鳴。龍を貫く楔を避雷針に、雷が降り注ぐ。
杭が口から体を突き抜け、地に繋ぎ止められ、雷に打たれながらも、向けられる双眸に一切の怯えは見えない。その眼から伝わるのは闘争心。お前を殺すという意志だけ。
―――やめた。
見ればわかる。あいつは守りなんて手は取らない。全力をもって私を殺しに来る。なら、私はそれに応えたい。
拳を開き、すべての尻尾を集め、蕾のように束ねる。
目の前で魔力が動き、高速で、巨大な牙が形成されていく。
既に避けることは不可能。防御も間に合わない。
「ハハッ!」
体をひねり、突き出すようにして尾を放つ。
「グルォォオオオオオォオオオオオ」
腹の底から響く咆哮。しかし、体を浮かす熱が、踊る心が今更泊まるはずもなく。
止まることなく尾がその顎の射程に入る。口が閉じられ、ギリギリと音が鳴る。
噛みつかれ、外郭を削がれ、速度を落としながらもその頭を穿とうと突き進む。その様はまさに槍の様。
―――進め!まだ、足りない!
落ちた速度を魔力を足すことで強引に引き上げる。噛み砕こうと負けじと力を籠めてくる。
眼に見えて速度が落ち、尾が細くなる。これ以上は魔力を使えない。さっきの加速で余剰魔力は使い切った。でも、問題ない。だって私は、一人じゃない。
『〈世界よ、斯の少女にその闘志にふさわしき祝福を!〉』
全身に力が漲る。心に余裕がうまれる。回復した精神から魔力を引き出し、ブーストする。
―――貫け!
突き抜ける尾が、ついにその眼前にたどり着く。鱗を砕き、龍の額、おそらく脳のあるその場所を貫き、
「唸れ!槍花咆哮!!」
閉じられた尾が開かれ、その内側から魔力の奔流が解き放たれる。残った魔力の全てを、尾を通じて龍の肉体内部に解き放つ。体内を傷つけられ、悲鳴を上げる龍。作られた顎が形を保てず霧散していく。
しかし、
『「魔よ、刃となれ!」』
龍の体内に流しこんだ魔力を操り、刃と化す。乱雑に造り上げられた刃が傷ついた体内を切り裂いていく。その固い鱗に阻まれ刃が突き出ることはなく、血が噴き出すことはないが、確実に命を奪っていく。
断末魔が響き渡り、その音が静まるころには嵐が止み、役割を終えた杭が消えていた。
全身を極度の疲労が襲い、尾が形を保てずに霧散する。仰向けになって地に倒れこみ、ほっと一息。
大きく息を吸って、吐いて。
未だバクバクと波打つ鼓動を静め、眼を瞑り、
「勝てて、よかったぁ」
気づけば意識を手放していた。




