其の三十 観光客 or 反逆者
久しぶりに入ると、木材を基調とした明るいエントランスが私たちを出迎える。
そして、
「おやおや、これはこれは」
懐かしさ以上に憎らしさを感じさせる笑みを浮かべながら一人の爺さんがやってきた。
「久しぶり、元気してた?」
「ええ、御覧の通り、なんとか持ち直していますよ」
そういいながら辺りを見渡す爺さん。つられて辺りを見ると、初めて来た時と変わらない光景が広がっていた。
「もう直ったんだね」
「はい。幸いにも改築を頼んだ方々が優秀でして」
優秀な大工。この世界は工事のスピードも速いのか。
「ほかに要因を挙げるなら、彼らに手伝っていただいたこともありますがね」
「彼ら?」
爺さんが奥の食事処を指す。そこにいたのは私がこんな苦労をすることになった原因。あの恋愛馬鹿共だった。
「あいつら、金稼ぎ諦めたのか」
「いえ、そういうわけでもありませんよ」
「え?」
一週間以内に三十五億。これはこの宿の工事を手伝った程度じゃまるで足りないはず。どういうことだ?
「彼らは自分たちで壊したものを直すことで、信用を得ようとしているのですよ」
「信用?」
「はい。返済の期限を延ばせないか、という交渉のために」
返済期限を延ばす???
「そんなことができたのか!?」
「ええ、あなたは無理ですが」
「なぜ!?」
「彼らは長期にわたって当宿をお使いになられていましたし、冒険者としても一流。時間はかかれどいずれ返済することも不可能ではないと判断しました。借金を踏み倒して逃げるような人ではないというのも、この数日間でわかりましたので」
な!?あいつらが、冒険者として一流!?やはり才能があるものは人間的にどこか欠落してないといけないのか!
「それでは、雑談もこのあたりにして、本題に入りましょうか」
本題。つまり、この結果次第で私の今後の行動が決まる。
「まずは前提の確認から行わせていただきます」
「あなたは当宿に対し致命的な損害を与えました。その内容は、当宿の半壊、宿泊者への暴行、宿泊料金の未払いですね」
「ああ」
改めて考えるとなかなかに悪いことをしているな。あれ?ゲームでいうセーブポイントの宿を壊すって、すんごい魔王的じゃない?
「これに対し、私は一週間以内の賠償を求め、あなたはそれに応じた。その賠償金額は三十五億千六百二十九万サイラス」
いやあ、我ながらたいそうな金額を借金してしまったものだ。それで?
「そして本日はその期限。七日目になります」
『はいきたぁ!!間に合ったぁ!!!』
うるさい。爺さんの顔を見てみろよ、いきなり叫ぶからすっごい驚いてんぞ。いや、これはこれでいいかも。一泡吹かせてやったぜ。
「さて、ウード、そんなに騒ぐな。さっさと金払ってこの厄介ごと終わりにするぞ」
『うん!早くお金稼いでデートいこう!いやぁようやくこの国に来た目的を果たせそうだよ!』
「そうだな。私もやりたいことあるし、しばらく休みにするか」
『えっ!?休み!?やったぁ!この数日ずっと働いてばっかだったからたくさん遊ぶんだぁ!』
くくく、休みと称してして遊ばせてる間に私はダンジョンで遊んでくるとしよう。
「お二方に水を差すようで悪いのですが、まだお金を受け取っていないのですが?」
「ああ、そうだったな。悪い、少し気が流行っていたようだ。安心しろ、金はきちんと用意してある」
「しかし、近くには見当たらないようですが?そのうえ、あれほどの金額をこの短期間で用意できるとはにわかに信じがたいのですが」
「ああ、そういえば確認を忘れていた、返済は相応の価値の現物でもいいか?まあ、どちらでも構わないといえば構わないのだが」
「・・・ものによりますね。私にとって必要のないものならば等価値であっても売る以外に意味がなくなってしまいますし、私がその価値を理解せず、そのものの力をを十全に発揮できない可能性もありますので」
なーるほーど?まあそんな感じか。いくら価値があっても欲しくないのはいらないし、自分の知識不足で詐欺にあいたくないと。しっかりしてるねぇ。
「まっ、じゃあ現物から見せていこうか。ダメだったら売ってくる。金が入るまで時間がかかるようだったら……その時はそこの馬鹿を担保にするわ」
「・・・そうですね、そうさせていただきます」
『ん?シオンなんか言った?』
「ん~ん。何でもないから外で遊んできなさい」
『は~い!』
さて、邪魔なのは消えたし、何があっても大丈夫だな。
「私が出せるのはこいつだ」
「これは?見たところ宝石、いえ、宝珠の様ですが」
「それだけか?」
「・・・そう、ですね。何かとてつもない力を感じます。この夜空のような輝きといい、かなり高額なものではあるでしょう。ですが、これではまだ足りませんよ?」
「そうか、わからないのか」
「わからない、というと?」
にやりと意味深な笑みを浮かべながら、もったいぶった様子を醸し出す。
「時にオーナー、あんたはこの町のダンジョンについてどれだけ知っている?」
「ダンジョンについて?なるほど、それはダンジョン産の宝珠というわけですか」
相変わらず勘が鋭い。
「・・・そうですね。基本的なことは省きますが、私が知っているのは過去に踏破者がいないこと。十年程前にこの国の勇者が挑みましたが、六十五階層までたどり着いたのちに帰還したこと。そして、五十階層には龍がいること、ですね」
「ほぉ?そこまで知っているなら話が早い」
「それは、どういう?」
「この宝珠はダンジョン五十階層、龍を倒して手に入れたものだ」
「龍を!?まさかっ!?」
はっはっは、やはり人が驚き慌てふためく姿はとてもいいものだ。これだからからかうのはやめられない。
「そう、これは龍玉。願いをかなえる宝珠だ。その価値はわかるな?」
「えっ、ええ。しかし龍玉ならば私の方がもらいすぎてしまいます。何かお返しができればいいのですが…」
おや?用心深いこの男がこんなにも私の言を信用するなんて、どういうことだ?
「思ったより早く信用するんだな?もしかすると私が嘘をついているかもしれないっていうのに」
「この宝珠に何か大きな力があるというのはわかります。そして、もし偽物であった場合。その時は今度こそあなたを処するだけですので」
「余程自信があるんだな」
「その時は彼らを自由に動かすこともできますから」
彼ら、ねぇ?
「あいつらがそんなにすごいとは思わないんだがね、一流冒険者っていうのも信じきれないんだが」
「普段はあんなですが、彼らもやるときはやる、ということです」
「そんなもんか。じゃあ、そろそろ行くわ。いい加減にしないとあいつがしびれを切らすし」
「そう、ですか…では、これを」
そういって渡されたのは一つの小袋。手に持つとずっしりとした重さが伝わる。
「これは?」
「少ないですが、いくらかお金が入っています。もし足りなくなればまたお渡ししますのでお受け取りにいらしてください。宿も一部屋開けておきますのでお戻りの際はお声がけください」
「いや、そんな待遇受けていいの?すごい申し訳ないんだけど」
「いえ、お気になさらず。龍玉は私にとってはとても重要なものといいますか…昔から探し求めていたものでした。しかしその性質上手に入れることはかなわず、生きているうちに手に入れることは無理だと諦めていたほどです。ですから、この程度で済むなら構わないのですよ」
そう告げる爺さんの表情は心底うれしそうな笑みを浮かべていた。
「そ、なら貰っていくわ。ただ、何かあれば言いなさい。気が向いたら助けてあげる」
「それじゃあ、また」
「はい、また後程。お待ちしております」
背後で爺さんが頭を下げているのを感じながら、私は振り返らずに宿を立ち去った。
☆☆☆☆☆
『遅いっ!』
「ごめんごめん、でもいいものはもらってきたよ」
『いいもの?』
「ふふん。これを見なさい」
そういって突き出すのは先ほどもらった小袋。中にいくら入ってるかは知らないけど、足りなければ足せばいいだけなので気にしない。そもそももらえないはずのお金なんだし、今回でパーッと使っても問題なし!
『こ、これは!?すごいよシオン!銀貨がこんなに!これだけあれば好きなだけ遊べるよ!』
「ん?銀貨?」
金貨じゃないんだ?こういうのって金貨が入ってるもんだとばかり。そういえばこの国の通貨ってどうなんだ?
『そういえばシオンはこの国の通貨の単位知らなかったね。早く祭りに行きたいところだけど、詐欺にあわないようにちょっと勉強してから行こうか』
む。何だこの違和感は。いつもふざけてばっかのウードから勉強なんて言葉が聞けるとは。
「成長したねぇ~」
『そこっ!私語は慎むように!』
「は~い」
『ん、んんっ。いいですか、まずこの国の通貨は全部で六種類。価値の低いものから順に、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、大金貨、光金貨、です。ですが基本的に庶民は使っても金貨までで、今回は銀貨までわかれば困ることはないのでそこまで教えます』
ふむ。今回は銀貨までと。まあ残りはいつか覚えればいいか。
『最低単位は鉄貨一枚で百サイラス。以後十枚で次の貨幣に代わっていくので銅貨一枚で千サイラス、銀貨一枚で一万サイラスです。ちなみに金貨以降は変換枚数が変わってくるので注意です』
「ふ~ん。教えてもらって悪いんだけど、価値がわかんないや」
『まあ使っていくうちになれるよ!今は鉄貨、銅貨、銀貨が十枚単位で繰り上がることがわかれば大丈夫!基本的にはなんちゃら貨何枚って言ってくれるし』
なら大丈夫か。最悪詐欺られても足せばいいし、あとでわかったらそいつ殺して取り返せばいいのだ。
「あれ?でも私の借金って何貨何枚表記じゃなかったよね?」
『…あれは桁が大きすぎただけだから・・・』
そういうものか?まあ確かに一万円札何万枚とか言われるよりわかりやすいけど。
「まっ、通貨もわかったし早速祭りに行きますか!まだ見ぬものが私達を待っている!」
『お~~!!!』
まずはどこに行こうか。そういえば私冒険者ギルド以外見てないや。せっかく異世界来たんだし、いろいろと観光して回ろうかな。
『シオ~ン?早く行こうよ!』
おっと、これ以上待たせたらすねられてしまう。早くいかないと。
「ハイハイ、今行くよ」
『うん!まずは大通りに行ってみよう!』
思えば私がウードと出会って、まだ一週間。ずいぶんとまあ絆されたものだ。
「ふふっ」
『シオン?』
「ん~ん、何でもない。早くいこ!」
『あっ!もうっ!勝手に先行かないでよ!大通りはそっちじゃないよ!?』
にしても、たまにはこういうのも悪くない、なんてらしくないこと思えるのは、こいつと一緒に回るからなのかね?




