其の二 目標と現在地
俺、人間になれてなかった。
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個体名:シオン・セレスティン
種族:龍
性別:女
年齢:3歳
称号:魔王の可能性
出現地点:勇魔決戦跡地(【色欲】魔王 対 【正義】勇者)
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これがページをめくって得た私に関する真実。
私は幼女、それも3歳だったらしいというのは驚きだがそれ以上に驚きなのはあれだ、種族だ。
「私人間じゃなくて龍だった…」
龍…龍かぁ。つまり今の姿は人化形態ってことかぁ。なるほど、なるほど。
「『幼女龍転生 〜神様の手違いで生まれた俺は人類の虐殺を頼まれた〜 』ってとこか」
結果だけ見ればよくあるラノベ的な内容だね。その過程ではいろいろと綱渡りどころじゃない恐ろしい確率をくぐり抜けてるけど。
「まぁ…いいか」
結局のところ私と(邪)神様の利害は一致している。
「魔王になりたい私と魔王に人類を滅ぼしかけてほしい神様」
向いている方向は同じなんだから私は私の好きなように生きればいい。そうすれば勝手に神様も楽しめるし私も楽しい。
結果だけを見れば神様に感謝すらしてもいいのかもしれない。地球にいても叶うことのなかったはずの願いを叶えるチャンスが手に入るんだから。
「さて!そうと決まればさっそく行動に移したいところだけど…」
この本、どうすればいいんだろ。
下手に持っていったら神器泥棒の可能性があり、置いていけば神器喪失の罰を受けるかもしれない。
「あっ」
消えた。神様が回収したのかな?
そう言えばあの情報メモしてない…もう見れないならもっとちゃんと見とけばよかった…。
「はぁ…」
気を取り直して魔王への道をレッツラゴー。
神からの啓示を受けてからはや数日。当てもなく歩き続け、いくつか気づいたことがある。
まず一つ。私が龍だからかお腹が空かないし渇きも感じない。すっかり忘れてたけど温泉を離れた日からずっと飲まず食わずでいたからこの身体は少なくともかなり燃費が良さそう。もしかしたら生きる上で本当に食料も水分も必要としないのかもそれないけど。ちなみに排泄もしてない。
あと、なんとなく走り回りたくなった時があって走ってみたけど凄い速かったし全然疲れなかった。龍という種族に合わせて分かりやすく身体能力が強化されてるみたい。
ただ、困ったことにこの体の性能にまだ頭が追いつかないというか肉体的には問題ないのに精神的に疲労しちゃってるのが問題。私はもう人間じゃないんだと理解して精神を変えていかなければ…。
と、いうのはまぁ時間が解決するので良しとして。
「見えてきた。この荒野の終わり」
昼夜問わず歩き続けること数日。ついに永遠に続くかと思われた荒野にも終わりが見えてきた。
といっても荒野から草原になったとか、森林になったとかじゃなくて高さ何百メートルという崖によって塞がれているというだけなのだけど。
「ロッククライミングはできないなぁ…」
この体ならできるのかもだけど…落ちたときが怖い。それにまだ他の場所を見てないし、この世界での生活に余裕もある。ひとまずこの荒野を歩き回ってからどうする考えるようにしようかな。
そんな感じで荒野を彷徨うことさらに数ヶ月が過ぎただろうか。正直なところもう何日経ったかも覚えていない。
この荒野がカルデラのような、全方位を数百メートルのがけに覆われた地形だと判明してからは外に出ることを諦めひたすらに自身の強化に努めていた。
誰か師匠がいるわけでもなく、それどころか生き物一匹いないこの場所で唯一人地道に修行をしていたわけだが…これにはいくつか理由がある。
ただあの崖を登って外に出るだけならば体の扱いに慣れるまで少し時間をかければすぐにでも出れたと思う。けど、それで手に入れた強さはきっとそこそこ止まりだ。その私以上に強い人間なんてのはいっぱいいるだろうし、ファンタジーでよくいる魔物だとかにだって勝てない存在が多くいると思う。
それじゃダメだ。
私は龍だ。多くの場合龍の素材というのは希少かつかなりの性能を持つ。つまり、私のような者でも竜の素材目当てにあらゆる人から狙われる可能性が大いにある。だからせめて自分の身を守れるだけの確かな実力を身に着けなければならない。
その上でこの場所は都合が良かった。人っ子一人来ない生命を感じさせないこの荒野は秘密の特訓場としてぴったりだ。だから、何ヶ月も何ヶ月もここで一人修行をしていた。
けど、もともと暇な時間はすべてをゲームに費やす男子中学生であった私に特別な特訓の知識なんてなかったから…ただひたすらに筋トレした。
全身を痛めつけて、全く筋肉質にならない体を不思議に思いながらも毎日筋トレし、走り込んでスタミナを上げ、柔軟し、崖に向かってパンチし続けた。
時には崖から飛び降りてみたり、妄想で作り出したシャドーと戦ってみたりした。
幸いにも私は食事も睡眠も必要としなかったから、精神を休めるための最低限の睡眠を除いて常に修行した。
ただ、それでもここは異世界なのだ。地球での常識通りに普通に体を動かすだけじゃこの世界の一般人にすら勝てないのかもしれない。
そう思って、毎日睡眠代わりに瞑想した。全身に流れる血流に乗ってなにかほかのもの、魔力が存在しないか、強く念じて魔法のようなものが発動しないか、いろいろと試した。
その結果…
「ァ、ア、ハアッ!?」
目が回る。全身が鉛のように重い。頭の中がぐちゃぐちゃで、うまく息が吸えない。
(あぁ、また…ダメだった)
掴めないものを掴もうとして、今日も私は意識を失った。
夜、眩しいほどの月明かりで目を覚ます。
「また失敗か…」
毎日の瞑想。その中で私は体内にたまる謎のエネルギーを見つけていた。
絶え間なく巡り全身に酸素を送る血液。しかしそれとは関係なく、お腹の中に留まり動かず、圧縮されるようにして自然と何処かに消えては補充される謎のエネルギー。
おそらく物質なものではない。これはもっとスピリチュアルなものだ。
「魔力」
確かに存在は感じる。あるはずなのに、意識を向けても反応はなく、掴もうとしても掴めない。無理に動かそうとすれば息すら忘れて全身が疲労困憊し気絶する。そんな特殊な何か。
「私がこの世界で生きていくなら、この力を使えるようにならなくちゃならない」
そうでなきゃ、きっと魔王になることはおろか日々を生き抜くことすらできないから。
だってそうだろう?
「このカルデラ状の地形がたった二人の存在によって作られるんだから」
これは私の仮説だ。妄想ともいえる。それでも私はそう信じるし、そのうえでこの世界を考える。
かつての黒い本で、この場所は勇魔決戦跡地と書かれていた。つまり、ここは勇者と魔王、たった二人の戦闘の痕跡。
一部クレーターこそあれ、この荒野は異様なほどに平坦だ。だが、それはもしかしたら…
「この高さに沿って地面が斬り揃えられたのかもしれない」
この荒野を覆う崖も、敵を逃さないために盛り上げられた壁かもしれないし、戦闘の衝撃で地面が隆起したのかもしれない。
ただ、この地形が作られたのがどんな攻撃の結果だったとしても、彼らのような強者が天変地異を容易く起こせるような力を持っていることは間違いない。
個人では軍隊に勝てなかった地球とは、どれだけ強くとも銃一つで人が死に、核兵器が世界の抑止力になっていたあの世界とは違う。
この世界では個が軍を超える。銃弾程度じゃ人は殺せないし、世界の抑止力になるのは核兵器じゃなくてただ一人の人間だ。
ただ一人で国を滅ぼせる力を持つ存在は数多くいるだろうし、世界すら滅ぼせる力を持つものだっている。
だけど、それでも私は魔王になりたい。圧倒的な強さを持つ彼ら彼女らを倒し、従え、世界を支配し、人類を存続の危機に追い詰める。強者揃いの世界で、私は最強にならなくてはならない。
「こんなとこで足踏みしてる場合じゃないのになぁ…」
目指す場所の遠さを知り、地道に努力を重ね、それで得たのは現実的な力だけ。確かに巨大な岩は軽く殴るくらいで壊せる。数百キロ走ろうと疲れることはない。足だってオリンピック選手を超えるくらいの速度はあるはずだ。だけど、私の望む非現実な強さには到底及ばない。
「魔力なぁ…」
きっと、私が私の望む強さを得るための鍵は、この腹の中で溜まっている力だろう。
最近見つけて、扱い方もわからず、そもそも認識することも難しいこの力。確かに存在し、私を悶えさせるこの力。
「はぁ…」
頭がおかしくなりそうだ。だいぶ精神的に参ってきている。こんな時は温泉にでも入って一度スッキリすべきだろう。
夜風を感じながら一人荒野を駆け抜ける。数分もしないうちに温泉にたどり着き、ダイナミックに飛び込む。
「ぐはぁ〜」
疲れた。疲れた。疲れた。こんな日々があとどれだけ続くのだろうか。もしかしたら、この体が大人になるまでずっとここにいるのかもしれない。
「ヴォヴォヴォヴォ〜」
水中で目を閉じて、全身の力を抜いてだらんと浮かぶ。水泳の授業でよくやっていたクラゲの姿勢。息を吐いて、吐いて、吐いて、吐く。肺の中の空気全部出し切って、酸欠で苦しんで…苦し…苦、しくない。どうやら龍は水中でも呼吸を必要としないらしい。便利な身体だ。
「ぷはぁ…!何やってんだろ、私」
もう寝よ。明日の私がきっと全部何とかするさ。頑張れ、明日の私。
目を開ける。太陽が眩しい。どうやら久々の睡眠で寝過ぎたらしい。
だが、そうだな…。
「今日も元気に頑張るぞー!えいえいおー」
………やめよ。なんか虚しくなる。淡々と、着実に歩いて行こう。焦らず気長に、この世界で生きるための力をつけるんだ。この長い準備期間は、きっと無駄じゃないから。
「自分だけは、自分を信じろ」
信じる者は救われる。そうだろう?




