其の二十ニ 狂いだす歯車、伝説の始まり
太陽の国王都その中心に存在する大罪ダンジョン。未だ踏破者の存在しないのその内部、圧倒的速度で駆け上がっていく一つの存在がいた。
「やっべぇぞウード!このままじゃ私等外出ると同時に捕まっちまう!」
『そだねー。大変だねー』
反応が薄い!なんだこいつ、諦めやがったのか!?
「諦めんなよ!試合はまだ終わってねぇぞ!まだ期限になったと確定したわけでもないんだからがんばれよ!」
『シオン……現実ってさ、辛いんだよ。どうしたってどうにもならないから、現実は現実なんだよ』
こいつ、壊れやがった!
「うるせえ!まだわかんねえぞ!返済期限かどうかは外に出て確認するまで確定しねえ!シュレディンガー万歳!」
『現実的に考えて僕らじゃ持ち帰られるモンスターの死骸なんてせいぜい一体だよ?それだけで返済額に到達するようなモンスターなんてまだ何十層は上だと思うな』
「一体じゃ足りない?なら二体持っていけばいいじゃない」
『どうやって!?』
そんなの決まってるじゃあないか、
「もちろん気合で!気合があれば何でもできる!」
『これ壊れたの僕じゃなくてシオンだよ!』
ハハハ、何を言っているのだクラルヴァイン君。
「私は至って正常だ」
『絶対嘘!』
「はぁ、ウード・クラルヴァイン君。そんな君に一つ言いたいことがある」
『何さ』
「そんなこと言ってる暇あったら体を動かせ!敵を無視して上階まで行けばいいんだよ!そうすりゃ十階だろうが百階だろうが行けるだろうが!」
全く。口じゃなくて体動かせってんだ。
『………シオン……僕……ウード。今、君の中にいるの』
急にメリーさんみたいなこと言い出したんだけど?
「つまりどういうこと?」
『僕は君に取り憑いてるから、君の移動速度が僕の移動速度になるってことだよシオン君』
ク ソ が!こいつ文句だけ言える立場を手に入れてやがる!
「よーしわかった。そんな事言うならお前に歩かせてやろう」
私に取り付いているというのならそれを引き剥がせばいいわけだ。
であれば、まずは違和感を探してこいつを見つける。
そんでそいつを魔力で囲って閉じ込め、魔力ごと外に出してやればいいと思うのだが………さすがに走りながらじゃ無理だな。立ち止まってやるか。
『いったいどうやって?僕はこれでも長くを生きた精霊さ。人に取り憑くのは初めてでもそれなりにうまく出来ていると思!?』
むむむ。見つけた、けど二つあるな。一つは生意気精霊で良いとして、もう一つは……ああ、これが妖力か。
妖力はとりあえずあとでいいとして、捨てるか。
「よし、完了」
『なんで外に!?ていうか動けないんですけど!?』
おー、暴れる暴れる。けど魔力の囲いで閉じ込められてるから変な感じ。面白いっていうか、滑稽?
っと、こんなことしてる暇ないんだった。
「ほら、遊んでないで早く行くよ!」
『なっ!?シオンが始めたんじゃないか!僕は遊んでないよ!』
聞き捨てならんな。それじゃまるで私が悪いみたいじゃないか。
「人の努力を無駄といったお前が悪い」
『むぐっ!?それは、その、はい』
「反省したなら全力でやりなさい」
そんなこんなありつつも爆速で階層を駆け上がっていく。ちなみにこのダンジョンの階段は登るのに条件は要らないらしい。強いて言うなら階段を見つけることだ。
ということで敵を無視して進んでいると、見慣れないものを見つけた。
『あっ、シオン。あそこに宝箱あるよ!』
「えっ?まじで!?」
『うん!』
まじか、ここまで一回も見つけてこなかったから驚きだ。一応階段探しの時に宝箱も探してたんだけどね。
ウードもたまにはいい働きするじゃないか。人の体に居候してる分、もっと働いてほしいけど。
ということで早速宝箱に近づいてみる。よく想像するような木でできた箱を南京錠で閉めてあるやつだ。
「そういえばこれって罠とかあるの?」
『うーん、ないんじゃない?わかんないけど』
ダンジョン来たことないらしいし、知らないか。さてさて、どうしたものか。
「あっ!ウードって物質すり抜けるようと思えばすり抜けるよね」
『うん。生物だったりすると抵抗されちゃうこともあるけどね』
「ちょっとこの宝箱の中覗いてきてよ」
『え?』
「ん?」
そんなおかしなこと言ったかな?使えるものは全部使おうってだけなんだけど。
『それさ、もし罠あったら僕が受けることにならない?』
あーなるほど?
「でも精霊なら感知されなかったりするんじゃない?」
『そうかなぁ?えー?』
今が押し時だな。押せばやってくれるはず。
「うんうん。きっと感知されないよ。それにもし罠があっても私の身代わりになるだけだから気にしなくていいんじゃない?」
『シオンの身代わり。もし僕が行かなければシオンが傷つく?……わかった。行ってくる』
「うん。ありがとう」
チョロいわ。まじチョロい。簡単に丸め込まれるなんて、これが惚れた弱みか。そんなことを思われているのを知ってか知らずか、ウードは宝箱に顔をのぞかせ、数秒して戻って来た。
『ダメだった。なんか暗闇でさあ。普通の暗闇とかなら見えるはずなんだけどなあ』
なるほど。こいつでダメならずるはできないようになっているとみるべきだな。もしかしたら罠もあるかもしれないけど、時間もないし障壁纏っておけばいいや。ということでいざ、
「御開帳」
んなんだこれ?瓶?
『お~?なにこれ?』
「お前がわかんないならわかんないけど」
『じゃあわかんないね』
でもまあ、ダンジョンで手に入る瓶詰めの薬品なんて言ったら魔法薬だろうな。なんの効果かはわからないけど。
「地上出れば誰かしら知ってるでしょ、ということで先進むぞー」
『おー』
ん?なんか元気ない?まあいいや、どうせすぐ直るでしょ。さっさと階層上がりますかね。
☆☆☆☆☆
宝箱を見つけてからは特に何事もなく上階層に上がれた、のだが。
「さーてこれは何ですかねえ?」
階層を上がってすぐに見えた景色は、何もかもが今までとは異なっていた。
草原の様だった地面は石造りになり、少し離れたところには水を噴き出す噴水が、遠くには壁が、上を見れば天井もある。広さもなかなかのもので、前線基地として使用できそうなほどである。
だが何よりも存在感を感じるのは眼前の大扉。その大きさはかつて地上で見た城門と並ぶほどで、見るからに何かあると訴えかけてくる。
「まあ、何かなんて決まっているんだけど」
『うんうん。ダンジョン内の大広間、その先にある固く閉ざされた意味深な大扉。それが意味するのはやっぱりあれだよね』
扉に向けて足を進めながら、ともにその答えを告げる。
「十中八九」
『この先にあるのは』
手を門に添え、言葉とともにその戸を押し出す。中に見えるのは黒で塗りつぶされたような空間。
「ボス部屋だ」『ボス部屋だね』
待ち受けるものに対し、胸の内に期待を潜ませながら中に入ると、ひとりでに扉が閉められる。待つこと数秒。耳に入ってきたのは流れる水の音。どことなく独特なにおいを感じる。
一歩、足を前に進める。
パチッ、パチッ!
どこからか、爆ぜる音が聞こえてくる。
また一歩、足を前に進める。
どこからか一陣の風が吹きすさび、淀んだ空気が澄んだ物へと変わっていく。
吹きすさぶ風の中、一歩、また一歩と前に歩みを進める。はじめは遠くで聞こえた爆ぜる音が、歩を進めるたびに近づいてくる。
一切の光を失った暗闇の中、歩を進めた先で、足が溝にはまり、気づく。先ほどから聞こえていた水の音は、この溝を流れる音だったのだと。
少しの違和感を感じながら、足をあげ、一歩進んだその時。空気が変わった。
強烈な予感とともに振り返ると、目の前には強烈な『白』。刹那、閃光に遅れてやってくる轟音。
先ほどまで『黒』で埋め尽くされていた空間は、一瞬にして『白』によって塗りつぶされた。
数秒が立ち、光の収まったそこには、周囲を囲むようにして燃え盛る炎によって作られたバトルフィールドが現れていた。
そして、直後。
全身が恐怖するような、どこか懐かしさすら感じさせる、魂をふるわせる咆哮が響き渡る。
揺らめく炎の奥。遠く離れたはずのそこに、巨大なシルエットが浮かび上がる。蛇のような長大な体躯、そこから生える四足にかぎづめのような各五本の指、長い顔に三本の角と長い髭。
空を泳ぐように外周を周るその怪物は圧倒的な存在感を放っていた。
ポツ………ポツ……
しばし呆然としていた私たちの足元に、ぽつぽつと水が降ってくる。ふと上を見上げると、黒い雷雲が形作られ始めていた。
雨脚が強まる。再び強風が吹き荒れる。霧雨のようであった雨脚はほんの数秒で豪雨へと変わり、台風の様相を呈する。
周囲を囲う炎は急速に降りしきる雨と風により沈下していき、地面が水没していくその最中、怪物、龍はその動きを止め、その長大な体躯はとぐろを巻き、私たちにその双眸を向けている。
「ははっ、すげえ演出だな」
『これが、演出』
驚きやら称賛やらで困惑した脳内に、やけに大人しいウードの声が聞こえる。
『シオン。これが、演出なんだね。僕、ようやくわかったよ。演出は大事だ。確かにシオンは元から何にも負けないくらい素晴らしいけど。これがあればもっと良くなる。ハハッ、決めたよ。僕は絶対、これがかすんで見えるくらい、シオンを魔王として輝かせて見せる』
ウードはこの演出に感化されたのか、いつになくまじめな様子で覚悟を決めたようだ。なんて、まるで私はそうじゃないみたいな言い方だが、それは違う。覚悟が決まったのは、テンションが上がっているのは、私も一緒だ。
「ククッ!ハハハハハハハ!!いいねえ!最高だ!」
思わず見入ってしまったが、私の夢は魔王だ。確かにこいつの演出はすごい。まるでゲームのラスボスのような、裏ボスような演出だ。けど、この程度で満足できるわけないんだよな。私が目指す魔王は、こんな一ダンジョンに君臨する小さな箱庭の王で抑えられるわけがない。
世界の王として、あるいは世界の存亡をかけた戦いで、長い長い戦いの果て、すべてを出し尽くし、限界を超えて成長し、それでもなお届かない。そんな勇者と戦って死ぬ。それが私の魔王としての在り方だ。
「ウード、その言葉、絶対に違えるんじゃないぞ?私はこの世の王となる。故に、それにふさわしい演出を、その生涯を飾るにふさわしい大往生を与えろ」
『うん、わかってる。だって僕はシオンの夫で相棒だ。君のために僕は僕のすべてをささげるんだ』
「ああ、約束だ。私とお前の物語。その始まりは、あいつを斃すことで告げようじゃないか」
世界の片隅、嵐の吹き荒れるその場所で、人知れず、運命の歯車が狂い始めた。




