其の十九 女は怖い。
挨拶とともに扉を開くと同時に振り下ろされた杖は、宙で留められ、上から声が降ってきた。
「あれ?フィリス、じゃない?」
その下手人はセミロングの黒髪を無造作に流した若い女性。垂れた赤い目に白い肌。なんというか、母性を感じる。
というかこの感じフィリスはまだ帰ってないのか。
「フィリスは多分まだエントランスで怯えてます」
「あっ、そうなの?教えてくれてありがとう。……ところであなた誰かしら?」
「私はシオン。フィリスとは今日知り合った」
「そうなの?じゃあフィリスに会いに来た……訳でもない?」
「いや、フィリスに会いに来た」
「えっ?でもさっきフィリスとは向こうであったって・・・」
「怯えて固まったから、私だけ先に部屋に向かったの。それで聞きたいことができたから来た」
そう言うと、彼女は納得した様子でうなづいた。
「なるほどね~。そんなに怯えるなんて、少し脅かしすぎたかしら?」
おや?裏切られたと思ってるわけだけど、案外怒ってないのか?
「早く帰ってきてもらわないと、寝るのが遅くなるのだけれど…」
そんなことなかった。余裕で怒ってた。なんというか、静かに怒るタイプの人なんだろうか。
「あっ、ごめんなさい。私ったらまだ名乗ってなかったわね。私はケーラ。知ってるかもしれないけど、フィリスとはパーティーを組んでいるの」
怒らせたら怖いお母さんのケーラさん。よし、覚えられそうだ。
「私はシオン」
……ほかになんか話すことないや。…もしかして私って口下手?
「シオンちゃんね。覚えたわ。それで、フィリスに聞きたいことがあるのよね。まだ帰ってこなそうだし、もしよければ私が代わりに聞くけどどうする?」
これはどうしたものか。聞きたいのはこの宿のことだし、別にフィリスじゃなくてもいいか?いや、それだったらあの受付の人に聞いた方が確実か。
「えっと、じゃあ質問してもいいですか?わからなかったらわからないで全然かまわないんですけど」
あとで質問ついでにフィリスに対する誤解を少し解いておこう。私のせいでもあるし、さすがにこれで彼女たちの関係に亀裂が入るのはよくない。
「ええ、でもその前に。お客さんを入り口で立たせておくわけにもいかないから、中へどうぞ。そこそこきれいにしてあるから、居心地は悪くないと思うわよ」
「あっ、ありがとうございます」
「いえいえ、せっかくだからもう一人のメンバーも併せておしゃべりしましょうか」
え、えっと、こういう時なんて返すのが正解なんだっけ?だ、ダメだ。思い出せない。私はこんなにも人と話すのが苦手だったのか?
って違う違うそうじゃない。とりあえず何か返事しないと。
「は、はい」
どうして!どうしてこうも何も思い浮かばないんだ!?まずい、まずいぞ。これじゃあんまり気乗りしてないみたいじゃないか!
「あら?もしかして、知らない人と会うのは苦手?大丈夫よ、彼女は優しい子だから。…もしかしたら怖いかもしれないけど、あんまり怯えないであげて。彼女、思い詰めやすい子でもあるから」
「ハイ」
思いつめやすい子、だと。そんなのってないよ!せめてもうちょいチュートリアルをください。
「ケーラ、フィリスは?その娘誰?」
「アルマ、この子はお客さん。フィリスに会いに来たんですって。それと、フィリスはまだよ」
アルマと呼ばれた緑髪の少女はベッドに腰かけ、うつむいているが、どこか落ち着かない様子だ。いや、怒気に満ち溢れているというべきか。
「そう。…私アルマ」
これは、なんともまあやりにくそうな相手だ。あまりしゃべらなくていいのは好都合かもしれないが。
「アルマ、怒ってるのはわかるけど、あまり周りにまで当たらないようにしなさい」
ケーラがアルマに苦言を言うが、反応はない。
「はあ、ごめんなさいね。あの子、普段はもうちょっと優しいというか、その、ええと、まあとにかくいい子なのよ」
ケーラが必死にフォローするが、あんまりフォローになってない。まあ、とにかく悪い子じゃないってのは伝わったけどね。
「大丈夫、気にしてない。それよりアルマ、さん?私はシオン。よろしく」
「…ん」
おお!なんか、いい感じ。これはきっとグッドコミュニケーション。ケーラは何か言いたげだけど。
「はあ、まあいいわ。シオンちゃん、どこか好きなところに座ってちょうだい、早速おしゃべりしましょう」
おっ、それじゃあさっさと聞きますかね。早く終わらせてフィリスが来る前にある程度誤解を解かないとだし。
「うん。それで聞きたいことっていうのは、なんでこの宿は夜なのにこんなに明るいのか。普通明かりをつけるにしてもここまで明るくはしない、というかできないでしょ?」
私が質問すると、内容が想定外だったのか、ケーラは口をポカンと開けて固まっている。
「え、えっと。ええ~?この宿がこんなに明るい理由?そういえば確かに不思議だわ。妖術にしたってこんなことはできないし、こんなこと魔術ならできないことはないでしょうけど費用が掛かりすぎる。ならどうやって?やっぱりお金にものを言わせてどうにかしてるのかしら・・・」
妖術に魔術。なかなか面白そうな言葉だ。いいね。
「・・・あっ!ごめんなさい私ったら勝手に一人で夢中になって」
「気にしないでいい。何かわかったことはある?」
「ごめんなさい、わからないわ。そもそもそんなこと気にしたこともなかったし」
気にしたこともなかった?結構違和感だったと思うんだけど。いや、生活してきた環境の違いのせいか?私は街に来たことすら初めてだったし、つい最近まではだいぶ原始的な生活してたし。
「そっか。まあいいや、ありがとう。今度受付の人に聞いてみる」
「ええ、そうしてくれると嬉しいわ。力になれなくてごめんなさいね」
「気にしなくていい。そもそも宿の事情なんて知らない方が普通だから。それより、伝えたいことがある」
「伝えたいこと?」
「今日のフィリスに――!」
なんだ?この寒気は。物理的な寒さじゃない。背筋が凍りつくようなこれは、恐怖!
「何を知ってる!言え!」
アルマが睨みつけるようにこちらを見ていr!
「あっ!その眼!」
普段はその髪に隠れて見えないその眼は、白く濁っていた。
「見えて、いないのか?」
「そんなことどうでもいいだろ!答えろ!あいつのこと!なんで、裏切った!?」
いやいやどうでもよくなんてない!かっこいいじゃん!盲目の少女が必死に生きて戦ってる姿!滾るでしょ!盲目かどうかで私の中の評価が一段も二段も変わるんだから!
「はいっ!そこまで!落ち着きなさい二人とも!」
「ケーラは黙って!」
「ちょっと待って!今いいとこ!」
ピキッ!
あ、やべ。さっき決めたばっかだったじゃん。この人は怒らせるべきじゃないって。
「あんたら両方黙りなさ~い!!」
「「痛い」」
「ふん。人の忠告を無視するからこうなるのよ」
「だからって杖で殴らなくてもい。すいません」
怖いって!肉体的には対してダメージになってないけどさ。なんていうか、圧が強い。逆らっちゃだめだと心が言ってくる。
「はあ、それで、落ち着いて話を聞きましょうか。まずはシオン、初対面で人の深いところまで踏み込むんじゃありません!人間だれしも話したくないことの一つや二つあるでしょう!」
これ、私人間じゃないって言っちゃダメな奴?あと、一目見てわかる部分だから言うほど深くない...ごめんなさい、そういう意味じゃないですよね。すいません。
「次にアルマ!あなたは初対面でいきなり八つ当たりするんじゃありません!それもこんな小さな子に!あなただってもう大人なんだからしっかりしなさい」
「・・・・・」
「アルマ、わかりましたか?わかったなら返事して謝りなさい」
「…ごめん」
「むっ、アル――」
「ケーラ、…さん。それでいいです。誤ってる気持ちは伝わったので」
こういう子は表現するのが苦手なだけで、ちゃんと反省してるから、無理やり謝らせたりするのは効果がないどころか逆効果、だと思う。そんな人と関わることなんてないからわかんないけど。
「む~、はい。シオンがいいならいいです。私の方こそ二人の子と叩いちゃってごめんなさい」
「えっ!あ、謝んないでいいですよ。悪いのは私たちで」
「ん。私が悪かった」
「そう、ですか。ありがとうございます」
ふう。何とか場が収まった。さすがにフィリスも帰ってくるだろうし、今度こそ話さないと。
「それで、さっきの話の続きだけど先に言うと、フィリスは二人のこと裏切ってないよ」
「それは、どういう?」
「えっと、それはね、私が、__うん?」
「どうかしたんですか?」
「今、何か聞こえた気がして」
「___?何も聞こえない」
___?気のせい、か?今かすかに誰かの声が聞こえた気がしたんだけど。
「よ、よし。いくぞ」
あっ、これはまさか。
「ケーラさん、アルマ、落ち着いて、落ち着いててね。絶対暴れないでよ?いい?フィリスは裏切っ」
「ただ、いま。二人とも、元気?」
なんで、お前はそう!
「私頑張ってフィリスのことフォローしてたのに!」
「えっ?シオンどういうっ!?」
「ごめんなさいね。シオン。私、裏切り者じゃないとは思えないわ」
「裏、切り!許さない!」
ああ、ほんと。部屋に充満する本日二度目、先ほどよりも圧が強い、殺気。
その元凶たるフィリスは、その背に酔いつぶれたレックスを背負い、手には酒瓶を持ち、顔を赤くしてその表情を引きつらせていた。
年若い男女、酔っ払い、二人きり。これは救えねえや。




