其の百十四 《幕間》とある家庭の神話生活 その3
私とアムル、深夜のお話をしてから数日が経った。
「お嬢様、本日は我が王よりお伝えしたいことがあるとのことです」
「ありがとう、ヘンリエッタ。あとソラって呼んでいいのよ?」
「いえ!滅相もございません!私等にはお嬢様と呼ぶことさえ烏滸がましいものですから!」
ヘンリエッタは私が眠っている間ずっと世話をしてくれていたメイドさんなのだけど、私が起きたあとも何かと大変だろうとアムルがこうして世話役として付けてくれた。
だからせっかくならもう少し距離を詰めたいとも思うのだけど…むしろ距離を取られそうになってしまうのが難しいところ。
なんでも、私をサボりの口実にしようとしていたことの反省だとか。あとは私の世話役としてメイドをクビにならずに済んだことへの感謝もあるみたい。
「それじゃあ、行こっか」
「はい!ご案内いたします!」
始めは慣れなかったこの王城での生活にももうすっかり慣れて、働いている人たちある程度顔見知り程度の関係性には慣れたと思う。この数日間で毎日王城を駆け回って挨拶してきたからね。
あとでアムルにはあまり騒ぎを起こすなって言われちゃったけど…私だってもういつぶりかもわからない自由なんだから許してほしい!代わりにちょっとしたいざこざくらいなら解決のお手伝いもしてるし!
……まぁ半分くらいは私のせいで起こったことでもあるんだけど…。
「我が王、お嬢様をお連れしました」
「入れ」
いつものようにヘンリエッタが扉を開くと、そこには大量の書類に囲まれたアムルの姿。わぁ、大変そう。
『君のせい、なんだが?』
ばれちゃった。
『それはぁ…ごめんなさい?』
『はぁ…まぁいい。君にいくら言ったところで解決することでもないからな』
やった。でも本当に大変そう。わざわざ念話を使ってまで愚痴を吐くなんて。
「我が王。失礼ながら申し上げますが、そちらの書類…我らが代わりに処理しましょうか?」
「いいや、僕がやるよ。君たちに任せられる分はもう渡してあるからね」
「そうでしたか…差し出がましい真似をしました。ご無礼をお許しください」
「構わない」
書類、たくさんあるのに。これ全部アムル一人でやらなくちゃいけないなんて…王様って大変。
「さて、ヘンリエッタ。少し席を外してくれるかい?」
「承知しました。では、失礼いたします」
扉を開けてヘンリエッタが外に出る。遮音の結界も張っているからこれでこの部屋には二人だけになった。
「ねぇ、アムル。本当にそれ一人でやらなくちゃいけないの?」
「あぁ…そうさ。ここにあるものは彼らには任せられない。国内の事ならば任せられるが…僕宛ての、他国からの面倒な書類なもんでね」
「そうなんだ」
ちょっとばかり覗き見してみる。すると、そこに書かれていたのは…
『【幻星】ビューティー・アムル殿へ『太陽の国』ソルルクス王国の消失に関する情報の提供を求める』
「あ…」
「わかっただろう?これは彼らには任せられない。なにせ、彼らはこの件に関しての一切を知らないのだからね?」
納得した。それと同時に私のせいというのもよく理解った。
「これと似たような内容のものがいくらでもあるが…付け加えて言えば、君と戦っていた数ヶ月分の書類が溜まっているのだよ。いつもならば大半を部下に任せるお陰で暇さえあるのにも関わらず、ね?」
「ご、ごめんなさい」
「ふっ、まぁ良い。僕としても君を追い詰めたいわけじゃない。ただ、僕の苦労をわかってほしかっただけさ」
「よく…わかりました…」
王様、大変。私、迷惑した。なにか、お手伝いしなくちゃ…!
「ところで、今回君を呼んだ件なのだが…君に一つ、頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと…」
「そう、君にしか頼めなくてね?」
私にしか、頼めないこと…!
「わかった!できる限りのお手伝いはするよ!」
「それはよかった。なら、行こうか」
「え?」
僅かな浮遊感。次に目に飛び込んできたのは、辺り一面が氷に包まれた極寒の大地。
「あぁ、体温は下げておいてくれるかい?氷が溶けてしまうとことが事なのでね」
「へ?」
落ちていく。落ちていく。氷の地面が次第に近づいてくる。
「ここの氷が溶けてしまえば海面はさらに上昇し、それに伴いこの国に住まう人々の生活圏はさらに失われ、多くの国が甚大な被害を被るだろう」
「そ、そんな事急に言われても!?」
えっと、えっと!体温下げる!放熱を制限!あっ、そうだ!
「ど、どう?」
「及第点、といったところか」
「よ、よかったぁ…」
太陽神としての力を取り戻してからというもの、私は存在するだけで周囲を暖めてしまうようになった。だからいつもは王宮内にアムルが私専用の断熱結界のようなものを張って対応してくれてるんだけど…今回はそうしてくれないみたい。
「これ…力を無理やり抑えつけてるから…今の私は本当に一般人だよ?」
「神としての力の制限…自ら力を捨てて人に落ちた、か………それができるのならばいつでも好きに生きれたんじゃないのかい?」
「えっ?」
たしかに、そうかも…これなら私もみんなみたいに夜に星を見ることもできるし、友達を作って遊ぶことだってできたかも…
「けど、無理だよ」
「なぜだい?」
「約束したの。ずぅっと昔に、あの人と」
「……あの人?」
そう、あの人。アレクサンドロブ・ナーメルツァロフ。私を救おうとしてくれた初めての人。
「私が私でいるために。神としての生きられるように国を作ってくれた人。たくさんのアイリスを育ててた、優しい人」
「それに縛られて君はあれほど苦しんだのかい?」
「縛られてはないよ。私が好きでやってたの。私を信じてくれるみんなの国を守りたかったから。それに、私が忘れられちゃったのは私がみんなを守りきれなかったから。私があの精霊さんよりみんなを救えなかったからだもん。結局私はみんなを守れないどころか全部消しちゃったし……それまでは神様として好きに生きれてたから苦しかったのはちょっとだけだよ」
そう。気づいてなかっただけで、私はいつでも楽になれた。それに気づかなかったのは私が現状に満足してたからで、私があの生活を嫌うばかりじゃなかったから。私が、私の意思で、あの国を、『太陽の国』を守りたいと思っていたからだ。
「君の心は美しく澄んでいるらしい」
「えっ?」
「君が過去を受け入れ、前を向いているのならば僕が言うことは何もない。さぁ、早く行こうか」
私の心が澄んでる。たしかシオンちゃんにも言われたっけ…?
一体何を指してるのかはまだあんまりわかんないけど、たぶん悪い意味じゃない、よね。だったらそれでいい。こんな私のことをよく思ってくれるなら、それでいいから。そのままの私でいたい。
「アムル!置いてかないでよ!」
「僕が置いてくんじゃない、君が遅いんだ」
「また素直じゃないこと言ってる。今の私はか弱いんだからちゃんとエスコートしてね。得意でしょ?アムルならさ!」
「まったく…君はもう少し落ち着きを持ったほうがいい。あまり僕から離れないでくれ」
「はーい!」
誰かと一緒にお外を出歩くなんていつぶりかな?
一応これもお仕事ではあるけど…ちょっと、すっごく楽しみ!
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「何しに来た」
「獣を観に」
「なら帰れ、お前たちが望むものは此処にはない」
「断ろう。それを決めるのは君じゃない。僕だ」
「悪いことは言わない。さっさと帰れ」
「僕からもいいことを教えてあげよう。さっさと場所を言え」
全然楽しくない。
最初は初めて見る景色にわくわくしてたのに、だんだん人が見えてくるとそんな気持ちはなくなった。だってみんな暗いから。
楽しそうに元気な人なんていなくて、今にも喧嘩しそうなくらい雰囲気が悪くなってて。
アムルもそんな街の様子もあんまり見ないで何処かへ一直線に向かってると思ったら、小さな小屋に住んでいたお爺さんとすぐに喧嘩し始めてしまった。
しかもこの二人は相性が悪いみたいだし…私が頑張らないと、かな。
「あの!お爺さんはどうしてそんなに返そうとするんですか?」
「なぜだと?それが掟だからだ。誰もあそこには立ち入ってはならん!」
「掟?誰との、ですか?」
「………【龍王】様だ」
【龍王】さま。それって…あの人だよね?ミリシアさん。ずうっとずっと昔に私と同じように大罪の力をダンジョンに封じ込めることを任されてた人。
なんだか神様として記憶はもう曖昧だけど、ちょっとだけなら覚えてる。
「その内容、聞かせてくれるかい?」
「……なんでお前に話さなくちゃならんのだ。もう十分だろう、さっさと帰れ」
「そうはいかないさ。僕に話すのが嫌ならそこのソラにでも話すといい。その間僕は外にでも出てくるさ。そうだな、三十分も有れば十分かい?」
「………さっさと行け」
そう言って二人の中で話がついたみたいに動き出す。アムルは小屋の外へと出ていって、お爺さんは戸棚の奥を探り始めた。
えっと?
『あとは任せたよ』
『任されました?』
なんかよくわかんないけど、一旦は…良い、のかな?
アレクサンドロフ・ナーメルツァロフ。初代『太陽の国』の建国者。各時代、各文明ごとに『太陽の国』を冠する国は変われども、『太陽の国』自体は存在し続ける。それは彼が太陽神と結んだ契約のおかげであり、アイリスが咲き続ける故であるのかもしれない。




