其の百十三 《幕間》とある家庭の神話生活 その2
言い忘れてましたが、今日から残り三日はいつも通りの12:00投稿です。
僕が魔王になったのはいつのことだっただろうか。
今からずっとずっと昔。何百年、何千年も昔のことだ。
誰もが一度は憧れるような英雄になりたいと夢を見て、僕は村を飛び出した。
ただ憧れのままに、何一つ方針を立てることもなく、路銀だけを抱えて。
初めてのダンジョン探索ではすぐに死にかけた。
武器も防具も、実力も。何もかもが不足していた。当時未攻略とされていた【嫉妬】のダンジョンで生き抜くには、僕は弱すぎた。
それでも、あきらめる道はなかった。一度飛び出してしまえば、もう二度と村には戻れない。だから、必死に生き抜いた。
ただ、命をつなぐだけの日々を繰り返し、仲間を求めた。臨時で組む仲間とともにダンジョンに潜り、命からがら逃げ帰った。一度組んでも、次は無い。時が立つにつれて同期はみんな先に進むか死んだ。
僕だけが、取り残された。
僕が自分を信じるようになったのはそれからだ。
周りの誰もが僕を否定しようと、僕だけは僕を信じたかった。誰もがただ一つの武器を握って極める中、僕だけは全てを使った。どんな武器であろうと、どんな道具であろうと、どんな作戦であろうと使った。
それだけが、僕が僕であると証明するものだった。
………あの頃の僕はナンバーワンを諦めていたとも言える。他の誰にもない僕だけの力を手に入れようとしていたのだから。いや、そもそもそんな事を考える余裕もなかったか。生き延びるために使えるものを全て使うしかなかったんだから。
傍から見れば醜かったかもしれない。だが、それでも時が経てば僕だけが残った。同期はみんなダンジョンに消え、ただ一人、僕だけが残った。
だから、仲間ができた。他の誰もが死んでも、僕だけが残っていたから。その秘密を解き明かそうと仲間を組もうとし、そのやり方が合わないと去った。そんな奴らの多くは僕よりも先に消えていった。
その日暮らしで歳を重ね、二十を過ぎた頃。僕は初めて、仲間を手にした。彼らは何度共に潜ろうと去ることなく、自ら進んで僕と共にダンジョンを生きた。
魔物を殺し、魔物の肉を喰らい、体を汚し、ダンジョン内部でしか許されることのないような非道な行いをして、死の淵を生き続けた。幾度となく死に瀕し、その度に生き残る。それを続けて、気づけば僕らは金級に至った。
そのときには蔑んできた者たちもいなくなっていて、僕は誰もが称賛する僕を僕だと決めた。昔の弱かった頃の僕はいないものとして、誰もが憧れる英雄を、理想の体現者を演じ始めた。
───思えばそれが、全ての終わりの始まりだった。
誰もが憧れる冒険者。それを手にしてしまった僕はそれを維持しなければなかった。
どれだけ稼ごうと、どれだけ強くなろうと、ダンジョンを攻略するまでは潜り続けなければならなかった。だが、僕も仲間たちもそれ自体は恐ろしくなかった。皆、ダンジョンが好きで潜った。いつか必ず、このダンジョンの最初の攻略者になるのだと誓った。
だが、ついにダンジョンの最深部に辿り着いたその日、僕らは死んだ。
調子に乗ったわけではない。十分に力は蓄えた。
溜め込んだ貯蓄のすべてを使ってできうる限りの装備を用意した。体調や精神の様子に気を使い、最大限のパフォーマンスを発揮できるようにした。
事実、あの日僕らは幾度となく限界を超え、全てを出し尽くし、過去に類を見ない程の力を発揮した。
だが、その上で勝つことはできなかった。
どれだけの対策をしようと、どれだけの策略を重ねようと、どれだけの限界を超えようと、持ちうる全てを使い果たそうと、それには勝てなかった。
蛇のような、龍のような、あの怪物はどんな攻撃を当てようと効かなかった。どれだけ強化しようとそれが変わることはなかった。
それはまるで、常に自分よりも先にいるかのようで、僕達の力が及ぶことはなかった。
始めに死んだのは剣士の男。
仲間を守るため、命を対価に放ったその一撃は怪物の身体に傷をつけたが、それだけだった。
魂の抜けたその身体は自然と倒れ伏して、全身を丸呑みにされて消えた。
次に死んだのは大盾を持った男と、妖術師であった女。
剣士の男の死に狼狽え錯乱した彼女を守ろうとして、まとめて丸呑みにされた。
呪術師の男はその命を使って最期の呪いを放ち、魔術師の女が記憶と引き換えに魔術の知識を手にし、全身から噴き出す血で魔術陣を描き、起動した。
しかしそれでも、怪物には傷がつくのみで、その傷も二人を丸呑みにすることで回復された。
それが為されるまで、僕はただ見ていることしかしなかった。
傷を負っていたとか、意識朦朧としていたとか、そんな事は関係ない。そんなもの、彼らだって同じだった。ただ、僕が弱かった。
ここまで来て、これほどまでに準備をして、順風満帆とも言える人生を投げ出してまで来た結果が勝つことの不可能な相手との戦いであったことに、絶望してしまった。
だが、最後。神官であった彼女が神を降ろして戦いを挑んだ。止めろと言いたかった。どうせ勝てないのだと。その戦いは凄まじく、当時の僕では介入することもできず、ただ眺めることしかできなかった。もしかしたら…浮かんだ淡い期待は、すぐに消え去った。
あぁ、これは勝てる相手ではない。
彼女が死んで、そう確信した。
【嫉妬】のダンジョンには厄介な相手が多かった。
自分をコピーするかのように技を真似てくる奴らも、人の技を封じるような術を使ってくるものもいた。中には攻撃する度にダメージを反射してくるようなものもいた。
だが、それでも勝てないことはなかった。他のダンジョンで手に入る魔道具や【嫉妬】のダンジョンで手に入る魔道具を使えば対処できるものではあった。
だが、あの怪物は無理だ。
際限なく、常に戦闘相手よりも強い力を手にするなどという理不尽。勝てるはずもなかった。
勝てるわけがない戦い。それを知らずに挑んだ自分の馬鹿さに苛立った。なぜ、この場所に来たのか。
仲間が死んだ。なぜ、自分はまだ生きているのか。
彼らは命をかけていた。それは仲間を、僕を信じての行動だったはずだ。皆が死ぬ時、僕は一体何をしていたのか。
ずっと昔においてきた弱さが、今更になって顔を出した。
だから、叫んだんだ。
「巫山戯るな!」
弱い己に、強すぎる敵に、理不尽で冷たい現実に、怒りを込めて、拒絶した。
「認めない。そんなの、認めない」
結局、僕に金級冒険者の器はなかった。願いのために喜んで命を投げ打てるだけの覚悟も、強さもない。あるのは、子供のままの心だけ。
御守りのように持っていた、用途不明の魔道具。
禍々しさを感じつつも手放すことのできなかったその宝石を握り潰し、僕はただ、一つ祈った。
「全部、夢ならいいのに」
───その瞬間。
僕は、理解した。だから、もう遅すぎるのに、身体が動いた。
一つの本を取り出し、開く。
それは、他者の使用した奥義の模倣を放つ魔道具。
ページがめくる度に、彼らの奥義が放たれる。
どんな攻撃をも防ぐ結界が張られる。
世界を呪う呪詛が放たれる。
すべてを焼き尽くす焔が放たれる。
極光が視界を埋め尽くす。
斬撃が怪物の体を断ち切る。
仲間たちの、正真正銘、最期の技。
僕の知りうる限り、最強の技。
それでも、あの怪物は生き残っていた。だから、最後のページを開いた。
そこに刻まれていたのは、神官の少女の、終の御業。
僕は光に包まれ、髪は白に染まった。全身から力が漲り、全能感に酔いしれた。
そして、力を制御することもなく、癇癪を起こした子供のように怪物を甚振り、殺した。
全てが終わったあと、後に残されたのは僕一人。
いくら彼らの死を拒絶しようと、彼らが生き返ることはなく、僕はまた、独りになった。
そんな、全てを間違えた話。
僕がもっと早くあの宝石の使っていれば、彼らを救えたかもしれない。
僕が嘘で自分を守るような生き方をしていなければ、僕が僕の弱さを受け入れていたならば、僕は彼らとともに死ぬことができたかもしれない。
だが、僕は無様にも生き残ってしまった。
───だから、その先に悲劇が起こってしまった。
あの日、あの宝石に込められていた力を手にしなければ、僕が大人しく死んでいれば。
『龍の国』に住むスラム街の住民は僕に付き従うことはなかった。誰一人僕を慕うことはなく、あの反乱が起こることもなかった。
【龍王】の眷属を僕が殺すこともなければ、僕が【魔王】として世界に認められることもなく。【精霊王】があの地にやってくることもなかった。
【精霊王】と【龍王】の争いは発生せず、あの地に生きる人々は平穏な生活を唐突に奪われることもなく、街が血で染まり滅ぶこともなかった。
『龍の国』が空に浮かぶこともなく、断絶した大地に落ちて消える人々もいなかった。
「強大な力にはそれ相応の代償と責務が伴う」
それを知ったのは、もう随分と遅かった。
僕に未来を見る力があれば。
こんな力が存在しなければ。
或いは、全てを我がものとする力があれば。
───僕が、ただの人間でいられたら。
月を見ると、そんな事を思わずには居られない。
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「さぁ、大して面白くも美しくもない昔話はどうだったかな? おっと、僕は僕の人生を後悔している。だが、だからといって全てを消し去りたいとは思っていないよ。アレがあったからこそ、今僕はここにいる。僕を王だと慕ってついてきてくれる彼らがいる。彼らがいる限り、僕は弱さを見せることはない。だが、今日この瞬間だけは特別さ。光栄に思ってくれ給え?」
月下、目の前の魔王は戯けた様子でそんな事を宣う。
それは本心からの言葉のようで、でも嘘のようにも思える。掴みどころがなく、捉えたと思ってもすり抜けるような、飄々とした態度。ともすれば、今話した話の全てがフィクションなのではないかとすら思えてしまう。
「貴方は、……なんなんですか?」
言葉が見つからない。好き勝手暴れて、散々迷惑をかけて、誰一人守ることもできずに殺して、今更何を戸惑うことがあるのか。
「僕は何か。そう聞かれたならば、答えよう。と言っても、そう難しいことでもないけれどね?」
彼はそう前置いて、私から離れた。
何処からか杖を取り出し、やけに仰々しく、恭しく、月夜を背にして不敵な笑みを浮かべて告げる。
「僕は【幻星】。ビューティー・アムル。世界でただ四人の魔王の一人にして、『月の国』の公王。世界で最も美しく、最も嘘に塗れた男さ。以後、お見知り置きを、太陽神様?」
月が輝きを増して、彼を照らす。それはまるで彼が月に祝福されているようで、私と対を成す存在であるかの様に映る。だから、安心するのだろうか。
「……私は、ソラ。太陽の神ソルラースで、一人の女の子と一緒に遊びたいだけのただの少女」
「なるほど。では、ソラ、と呼んでいいのかい?」
「ええ。私はソラ。ただのソラだから」
彼なら、きっと何処にも行かないでくれる。
月のように、いつも隣で、淡く輝いてくれるから。
ただ穏やかに、薄っすらと、道を示してくれるから。
「…アムル」
「何かな、ソラ」
「私、月が好きよ」
「そうか。なら好きなだけここにいるといい。この国は『月の国』、絶望の中にいる者たちに僅かな希望を示す国だ」
僅かな希望。それは私のようなはぐれものたちに居場所をくれる場所。
「殺さないでくれてありがとう。私と話そうとしてくれて、ありがとう」
「なに、弱者に道を示すのも強者の務めさ。おっと、君は弱者とは言えないかもしれないが、ね?」
「ふふ。ううん、私は弱いよ。だから、ありがとう」
最初は敵対関係だった。いや、ううん。ホントの最初は同情からだった。私が信仰さえ失って消えかけてた時、力を分け与えてくれたのはこの人だった。
その御蔭で私は実体を取り戻すことができて、ずっと信じ続けてくれたウィスケと挨拶できた。他の誰もが忘れて、私すらその仕事を忘れかけていたのに、信じ続けてくれた彼。結局はお別れも言えなかったし、信仰心が強すぎるあまりに私があまり望んではいなかった方法で私を救おうとして死んでしまったけれど。
それでも、私は彼に感謝している。信じてくれて、救ってくれて、ありがとうって。
私は生きなければならない。あの日失われてしまった命のために。かつて与えられた私の使命を、大罪ダンジョンの管理をしなければならない。
そして、いつか。いつの日にか。
「会いたいなぁ…シオンちゃん」
私に初めての夜空を見せてくれた女の子。ちょっとだけ普通じゃないところはあるけれど、私の最初のお友達。私が弱いばっかりに傷つけてしまったけれど。大好きな、女の子。
「あの娘は死なない。僕が認めた魔王だ。だから死なない。いずれ時が来れば世界にその存在を知らしめるさ。あの時みたく、想像以上の御転婆を見せて、ね」
「そっか…」
「そうさ」
そうだ。シオンちゃんは死なない。私なんかに殺せるような女の子じゃない。いつか、ひょっこり何事もなかったみたいに顔を出して、一緒に遊ぶんだ。
「アムルって、実はシオンちゃんのこと気に入ってる?」
「…ただ期待しているだけさ。僕ではこの世界の理不尽に勝てなかった。だが、彼女ならもしかしたら。そんなふうに思ってしまう。
それに、だ。この世界から僕の美しさを知るものが減らないでくれることを望むのは、間違いじゃないだろう?」
「ふふ、そうだね?」
一つ、わかったことがある。アムルは素直じゃない。本心かもわからないような事を言ってはすぐに茶化すような事を言って誤魔化す。
けれど多分、私にだけは。彼の弱さを知る私にだけは、少しだけ本音を見せてくれる気がする。
だって、シオンちゃんの事を話す彼の眼差しは穏やかだから。
ここに転移する前に見た王城内での彼とも、あの日シオンちゃんに試練を与えていた時とも違う。優しく、信じる目。
「ふふ…」
これはきっと、互いの弱さを知る私たちだからこその関係性。
いつかシオンちゃんと会えたなら。その時は、三人で遊んでみたい。今は、そう思える。
アムルの心情や独白、セリフを考えるのが実は一番難しい。私自身、彼が何を考えてるのか、何が本心かもわからないので。
ただ、それでも結構好きなキャラです。推しです。白髪赤眼だからね。かっこいいね。
あとソラは赤髪赤眼(太陽神復活の際に黒から赤になった)のミステリアス!
ちなみにアムルの髪は白に染まる前は赤。つまりお揃い、なのです!




