其の百七 【神獣王】
【神獣王】───それは封鍵生物の一体にして、神界への鍵の一つ。その容貌は白い体毛に覆われた巨大な虎。
その住処であるとされる、何の変哲もない山の、誰もいない山頂に足を踏み入れた時、私は異界に引き込まれた。
おかしいと思ったんだ。【神獣王】がいるというのにまるで圧を感じないと。誰もいないし嘘でもつかれたか情報が古いんじゃないかとか思った。
けど違った。実際には場所は合っていて、ただ、次元が違っただけで。
結局、私はちゃんと目的地に着いたし、目的の彼にも会えた。ただ、一つ想定内の想定外があるとすれば。
「質問するならこの槍どかせ〜!」
【神獣王】の住処である異界に引き込まれると同時に氷槍で身体を貫かれ、地面に縫い止められたことだ。
『断る。その程度で死にはしないだろう。満足いく答えが出るまでは拘束させてもらう』
「横暴だ!離せ!自由にしろ!」
『死にたいのか?』
あ、ダメだこれ。
そう思った時にはもう意識は飛んでいた。
───寒い
猛烈な寒さを感じ目を開く。
私の身体は半分以上凍っていた。
「ぁ、ぇぁ?」
『目覚めたか、では話してもらおうか』
凍えるような寒さ。眼前に吹き付ける猛吹雪。
奥から覗く巨虎の蒼き眼光。
この一瞬、私は被捕食者である事を脳裏に深く刻みつけられた。
奴に文句言う、それは勇気ではなく蛮勇に過ぎないことが今わかった。
「ぁ、ぁあ」
声が出ない。凍えと恐怖で口が上手く回らない。
『フン』
つまらなそうな巨虎が声を上げたあと吹雪が止まった。
雲に閉ざされた空から暖かな陽光が指す。
『話せ』
ひどく高圧的な態度だが、今は仕方ない。私にできることはこれ以上怒らせない内に要件を終えて帰るしかないのだ。
「わたし、私は、謎の神にこの世界に呼ばれた。その神は私に暇つぶしに人類存続の危機を起こせと伝えた」
ああ…これ、言ってしまったけど殺されないかな…そしたら全力で逃げるしかないけど…逃げれるか…?
「私はそれを受け、私自身の目的のために魔王を目指した。しかしその道は険しく私以上の力を持つ存在がゴロゴロいた。だからさらなる力を求め、龍の棲む『天空の国』に向かおうとし…途中でこの島に訪れ出ることができなくなった。あらましはこんなところ」
何故ここに来たか。〝ここ〟というのが何を指すのかは曖昧だけど…この答えで問題はないはずだ。
『貴様は何故魔王を目指す』
「魔王になりたいから。元の世界で魔王に憧れ、そのチャンスが訪れたから望む」
『それが人類の敵だと知りながらか』
「ああ」
『そこまでして何を望む。その先に待ち受けるのは破滅だぞ』
「魔王として生き、魔王として死にたい。私の願いはそれだけだ」
私の思う〝魔王〟というのは破滅を持って完成する。何かを願い、そのために命を賭し、人類と敵対を来てまでそれを追い求め…あと僅かなところで破滅を迎える。それが〝魔王〟だ。ならば破滅は恐れるものではなく、私の〝魔王〟を締めくくるものであるはずだ。
『ならば、今死ぬか』
〝死〟
強烈な〝死〟のイメージを押し付けられ、思わず意識がとびかける。
だが、それをなんとか堪え、口を開く。
「ここで死ぬわけには行かない」
『何故だ?お前は既に魔王となった。ならばこの死はお前の望みに合った死だろう?』
未だ収まらない〝死〟の予感。だけど、耐えなくてはならない。ここで話すことができなければ、ここで意地を通すことができなければ、その時こそ、本当に殺される。
「魔王とは勇者に殺されるものだ。だから死ねない。だから、死なない。勇者に殺されなければ、私の〝魔王〟は終わらない。そして──」
『ならば今この場に勇者を呼ぶか?』
「まだ話は終わっていない」
『何を言う。命乞いでもするつもりか』
命乞い。或いはそうかも知れない。けれど、それでも。言わなくちゃならないことがある。
「先に貴方は私を魔王だと言った。故に死んでも構わないと。だが、そもそもの話だ。私は私を魔王として認めていない。私の〝魔王〟は始まってすらいない」
『貴様は【魔王】だ。貴様が何と言おうと、何と思おうと、間違いなく、それは純然たる事実だ』
「ならば問おう。何処の世界に、友一人救えぬ魔王がいる。何処の世界に、仲間を殺して逃げる魔王がいる。何処の世界に、力を持たぬ魔王がいる。何処の世界に、完全でない魔王がいる?
魔王とは完全なものだ。世界における最強であり、故に自由で、故に勇者に殺される。
勇者とは勇気あるものだ。絶望する民の心を照らす希望の光だ。どれだけ弱かろうと、どれだけ絶望しようと、何度でも立ち上がり成長する。勇者は完璧には成らない。果てなき高みに居る魔王を殺すため、世界の希望となるために常に成長の余地を残す。勇者が勇者である限り、その成長に終わりはない」
そう、世界が認めるチート野郎。
それが勇者であるならば、対する魔王もチートでなくてはならない。
だからこそ、限りある成長の中で、その最大限まで力を得なくてはならない。
「完璧でない魔王は勇者の敵足り得ない故に、私は魔王ではない」
魔王とは、ステータスをカンストさせていなければならないのだ。
『貴様の在り方はわかった。だが、この世界の異物に好きにさせるわけにもいかない。それが我が存在意義である故に』
………難しいことだ。
現状、どちらが〝正しい〟かで言えば、それは世界を守るために異物を排除しようとするあちらだ。それはわかる。だけど、だからといって殺されるわけにもいかない。まだやりたいことは成していないし、やるべきことも残っている。
「私はまだ死ねない。まだその時じゃない。だから、どうすれば見逃してもらえる」
足掻こう。
〝理不尽〟に抵抗しよう。
本当は命乞いなんてしたくはない。
たとえ死ぬとしても、潔く死にたかった。
だってそれは〝魔王〟らしくないから。
だけど、そんな事言ってられない。
今の私に、そんな事をいうだけの価値はない。
〝魔王〟のプライドがなんだ。
〝魔王〟らしさがなんだ。
そんなことを言えるほど私は〝魔王〟に近くないし、このまま一切の抵抗もできずに死ぬほうが〝らしくない〟だろう。
『待て』
僅かの逡巡。
私を貫く氷槍が消える。
『力を示せ、我を認めさせるだけの力を。それが弱者の戯言ならば──』
「いいよ、それで。もう十分だ」
その決断は伝わった。脅されなくても、満足させてみせるさ。
「〈人龍〉」
いつの間にか人に戻っていた四肢が再び龍のものへと置き換わり、あの日失われた右腕が生え直す。
「〈槍騎士〉」
象るは槍騎士。かつて騎士の意地を貫いた男の名を冠す。
「〈一投入魂〉」
掲げる槍に力が籠もる。ただ一撃に私の生の全てを込めて。
「手伝え、ウード」
その愛を、証明しろ。
「〈聖魔混ざりし精龍槍〉」
放たれた槍は直線に。
『何?』
【神獣王】の眼を穿ち、蒼空を晴らす。
轟音とともに衝風が吹き荒れ、雪の散った広間で二つ。
隻眼となった獣は小鹿のように震え立つ幼龍を確と見据える。
『貴様、これでもなお力不足と称すか』
「あぁ…ははっ、……全く足りないよ」
どこか悔しそうに、本心からそう言う私を見て、彼はため息をつく。
『合格だ。目が覚めたら褒美をくれてやる』
「えっ…やったぁ…。はじ…めて、の………報酬、だぁ」
そうして、私は穏やかに眠りについた。
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『眠ったか』
見た目相応に穏やかに眠る幼女はとてもじゃないが自身に傷を、それも致命になりうる傷を与えたものとは思えない。
この世界にも、このような歪さを持つものがいないわけではない。見た目と実力が乖離しているものなどいくらでも存在する。だが、それでも。
これほどまでの乖離を持つものがいるだろうか。
たかが数年の歳月で、世界の始まりから生きているとすら言える我に恐れを抱かせるような存在が他にいるだろうか。
『ミリシアめ、面倒なことをしたな』
しばし頭を悩ませ、原因を作った旧友を恨む。
奴が龍の力を解かなければこれほどの力はなく、どれだけ理想を話そうと所詮弱者の戯言として処理しただろう。だが、そうではなかった。
自身の力を見せ、無抵抗に終わらせていいようなものではないのだと証明してみせた。
『【精霊王】の奴もだ。この地でなぜあの創られたものが活動できる?』
龍の力だけならば問題はなかった。だが、娘には精霊が憑いていた。いや、憑いているのではない。娘そのものが龍であり、精霊なのだ。
だがそれはいい。精霊が自身の存在を捧げてまで共にいることを選んだというのは驚きに値するがそれまでだ。気まぐれな精霊であればそういうこともあると言える。
おかしいのは精霊そのものだ。娘に憑いていた精霊はどう見ても人工だ。自然に生まれた精霊ではない。
おそらくは一世代前、龍王に滅ぼさせた文明の遺産なのだろうが…
なぜ、人工の存在であるモノがこの地で活動できる?
その存在がどれほど精霊に近かろうと、人工は人工だ。であるならば、神木を前にその効力を失うはずだ。
事実、あの娘が付けていた髪飾りは外れた。
人工精霊が保っていた装備装着の機能が効果を失ったのは確かだ。
だというのに…なぜかあの娘は人工精霊の力を一撃に込めた。込めることができていた。
どうせあの嫌われ者が何かしたんだろうとは思うが…
『こうなれば我も手を貸すしかあるまいな』
奴らが手を貸しているというのならばいまさら我が手を貸したところで問題はあるまい。
試練には褒美を、それが神々の道理である故に。




