其の十 ファーストコンタクト
「ちょっ!待っ─」
──てよ!?
(あれ?声が出ない?)
あの男を一度止めようと叫んで、その途中で飛ばされた。あの感覚は…転移。またあれを思い出していら立ちを覚えるが…今はそれどころじゃないことに気付いた。
(これ、閉じ込められてる?)
声が出なくて、しかも身体が動かせない。視界は…少し見づらいけど、周囲の様子は確認できる。
(石の中にいる…わけではないか)
転移と言えば、だけど今回はそうならなかったらしい。とは言え何かの中にいるのは確かだから…現状を整理する。
まず、ここはどこか。街のそばに飛ばすと入っていたけど…なぜか何かの中に埋められている。周りは見えるから透明なもの。それでいて全身にひどく冷たい物を押し当てられている感覚だから…
(氷の中)
私は今、氷の中に転移させられている。
(アイツやりやがった)
私に殴られた意向返しのつもりか?だとしたら…たぶん街が近くにあるっていうのは本当だ。流石に、これ以上そんな嘘つくなんてダサいことをあの自称世界で一番美しい奴がするわけがない。となればきっと服もアジトもあるはず。そこにたどり着けるかはしらないけど。
(課題でも与えてるつもりか)
これくらいクリアできなきゃ魔王になんてなれません。っていう。だとすれば、絶対に脱出して目にもの見せてやりたいところだけど…
(キツイなぁ)
正直かなりキツイ。窒息に関してはこの身体、龍は息をしなくても生きられるようだから問題ない。寒さに関してもこの程度なら多分問題ない。ただ、問題は…
(魔力がない)
もう完全に尽きた。もともと無いはずの魔力を生命力とも違う何処からか無理やり持ってきて生き返ったわけだし…なんで生き返れたのか知らないけど。というかあれほんとに死んでたのかも知らないし。ただ一発殴るとしか考えてなかったからなぁ…。
それはともかく。
今の私に魔力はもう残っていない。その上で、この足も、腕も、反動を無視して攻撃したからぶっ壊れてる。いくら龍の再生能力があっても、変にねじれてしまった状態で固定されてしまえばどうしようもないのだ。
これはもう、魔力が回復して身体強化ができるようになるまでは待ちだろう。それでも脱出できるとも限らないけど…。
(眠い…)
疲れた。頭の中ぐちゃぐちゃだ。もう何も考えたくない。一度今は無理だと考えたら急に疲労がやってきた。
(あぁ…おや…すみ…ぃ…)
次起きたら、なんとかなると、いいなぁ…。
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太陽の国上空に浮かぶ一つの光。緑色に光る半透明の体を持つそれは、精霊。
実体を持たず、世界の一部として生き、気づけば消えていく存在。永遠を生き、飽きるまで生を謳歌し、退屈となれば消える。それが、精霊。
この精霊もまた、長くを生き、退屈に染まっていた。故に、この地で行われる祭りを最期に終わりを迎えるつもりであった。
──その存在を見つけるまでは。
精霊は一つの生命体でありながら、世界の一部である。故にその感覚は特殊であり、世界そのものを知覚する。五感や第六感を通して世界を知覚するのではなく、より直接的に世界を知ることができる。
だから、彼はそれに気づくことができた。
少し離れた氷山の頂にのみ存在するはずの永久氷。絶対に溶けることのないとされるそれがなぜか、山の中腹というあるはずのない場所に存在することに。
退屈に満ちていた彼は一目散に駆け出した。その結果がどうなるとしても、その真相がなんだとしても、ただこの瞬間、好奇心に身を任せて。
精霊がその氷の下にたどり着いた時、氷の中に封印される少女の姿に気付いた。齢幾つという程の、幼子と言っても良い存在。
そんな彼女の手足はぐちゃぐちゃに傷つき、全身に浴びた血が氷を赤く染め上げていた。明らかな重体だが、少女は死んでおらず、意識を失っているだけのように見えた。
”なぜ、ここまで怪我をしているのか”
”なぜ、溶けるはずのない氷の中にいるのか”
”なぜ、これ程傷ついていてもまだ生きているのか”
”なぜ”、”なぜ”、"なぜ"
幾つもの“なぜ”が彼の中に浮かんでは消えていく。
“わからない”
何一つ、わからない。だから、気になる。だから、教えてほしい。
“君は誰だ”
“君の名前は”
“君の性格は”
“君の夢は”
“君の憧れは”
“君の──”、“君の──”、“君の──”
───“君のことが知りたい”
彼の中に湧いた初めての感情。少女が誰で、どんな事をして、どんな風に生きるのか。それが知りたくてたまらない。彼女のことが知りたくて、気になって、胸が、ドキドキする。
興奮が身を焦がし、退屈が消えていく。全身に再び血が通うように、色を失っていた世界が色づいていく。
消えようとしていたはずの心が、消えたくないと言う。まだ、終わりたくないと、まだ、生きたいと叫ぶ。
──“もっと、君といたい”
その感情を受け入れたとき、彼は気づく。ああ、これが恋か、と。この感情が、恋なのだと。
それに気づいたとき、知識としては知っていた“恋”が加速した。
“恋”。それは人間がその短い一生の中で大切にするもの。自分の心を沸き上がらせ、それ以外考えられなくするほどの、刺激的で幸福なもの。
“恋”。精霊である自分には無縁なものだと思っていたもの。“恋”。消えようとした自分に生きる意思を与えたもの。“恋”。自分にかつてないほどの感情の発露を許したもの。
───“恋”とは、なんと素晴らしいのだろうか。
激情が募る。早く、早く、早く彼女に会いたい。こんな氷越しではなく、直接。邪魔される事なく彼女の姿を見たい。彼女の笑顔を、声を、感情を知りたい。
『世界よ、我が意志に従い、氷を溶かせ』
精霊とは、一つの生命でありながら世界の一部であるもの。故に、長くを生きたものにとっては世界に干渉することなど容易いことである。
溶けることのないはずの氷が溶けていく。ゆっくりと、彼女が現れる。全身を赤に染めた少女が氷から解放され、力なく地に倒れ伏す。
精霊は彼女を宙に浮かせ、身を清めると、地を均し、聖域を生み出した。その内部は周囲から観測されることはなく、常に適温が保たれ、心が安らぐ。
浮いたままの少女に柔らかな光が集う。次第に傷ついた身体は癒やされ、痛ましい姿は見る影もなくなった。
その様子に安堵した彼は少女をそっと地面に横たえ、静かにその時を待つ。その様子は平穏で、されど、彼の心は煩いほどに騒いでいた。
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「ん…んぅ…」
心地よく、穏やかで優しい光に包まれて目を覚ます。思わず二度寝したくなるほどの幸福感を振り切って瞼を開く。
視界に映る夜空にはあいも変わらず緑月が浮かび、星々が輝いている。
最後の記憶は何だったかと身を起こしながら辺りを見渡して、気づく。
「あれ…?」
身体が治っている。それに、氷に閉じ込められていたはずなのに外にいる。その上辺りは雪が降り積もっているのに、自身の周りだけは快適な空間が保たれている。
そして、視線を向ければそこに映り込もうと動く緑光。光の塊のような、幽霊のような、いわゆる精霊ともいわれるような存在に見える。おそらくはこの謎の生物が私を助けてくれたのだろう。そしてなぜだかわからないが私に話しかけられるのを待っている。
(よくわからないが…これはチャンスか)
この世界で初めて話が通じそうな相手だ。ここはしっかりと、初対面を大事なしたいところではあるけど。
(魔力は満タン。気力体力も問題なし。いざとなれば戦える)
なら、あれだ。私は私の夢を追う。変なナルシストにボコされた後でも、ちょっとくらいカッコつけてみたっていいじゃない。
「我を救いし者よ、何を望む?」
ボロが出ないよう言葉数は少なく。沸き立つ心を抑えつけ、淡々と。
「汝の望みを我が叶えよう」
そう口にすれば、精霊らしきものの輝きは一層強まった。思わず目を閉じそうになりながらも目を逸らさずに見続ければ、脳内に声が届いた。
『麗しきお嬢さん!どうか私と結婚していただけますか?』
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それが、私とコイツのファーストコンタクトだった。




