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第一話 リコちゃんとの出会い

第20回 #書き出し祭り

作者予想に正解したpaper_Saiさん( @Yuk16_44 )への景品になります。


◆「座敷わらしのリコちゃん」のハッピーエンドバージョンを読みたい!


とのことでしたので、書いてみました。


▼元はこちらです

「座敷わらしのリコちゃん」

https://ncode.syosetu.com/n6849io/


 僕のお母さんは何かと古い人間だった。


 得意料理はどこか古風な和食ばかり。流行っている作品よりも古典文学が好きだった。いつもお父さんの三歩後ろを歩いて、ゲーム機は全部「ピコピコ」と呼ぶ。ずっと不思議だなぁと思ってたんだけど……まさか、お母さんが死んだ後になって、その理由が明らかになるとは思わなかった。


 どうやら今、僕――笹島アキトの目の前にいる“座敷わらし”とやらが、お母さんのセンスを一昔前の古いモノにした原因だったらしい。


「そっか、キミエちゃんは死んじゃったのかぁ。残念だなぁ……私ね、キミエちゃんとはすごく仲良しだったんだよ? って言っても、座敷わらしは子どもにしか見えないから、小学生の間くらいまでだったんだけどさ」


 そう言って胸を張る、おかっぱ頭の女の子。

 その見た目は僕と同じ小学五年生くらいだけど。


「私は座敷わらしのリコ。よろしくね」


 そう言って笑う彼女は、一切の衣服を着用していない。

 いや、座敷わらしって着物姿とかじゃないの?


「あの……目のやり場に困るんだけど。なんで全裸?」

「あらあら? 子どものくせにそんなこと気にするの? 意外とおマセさんなのねぇ。でも私は服とか何も持ってないからさぁ。アキトのやつを貸してよ。適当なのでいいからさ」

「まぁ、それは構わないけど」


 僕は肩に下げていたスポーツバッグを床において、その中から寝巻き用に持ってきたジャージを取り出した。女の子に着せる服ではないと思うけれど、コレならサイズの違いもあまり気にならないだろう。なにより、可愛い女の子が裸でいると思うと、ドキドキしちゃって耐えられない。ド田舎の古い家だとは思ったけど、まさか全裸の座敷わらしに遭遇するのは想定外だった。


 二ヶ月前、お母さんが交通事故で死んだ。

 それからは、今まで「普通」だと思っていた日常が何もかも変わってしまった。お父さんは毎日忙しそうにしていて、僕は学校から帰っても一人で過ごすことが多くなって……はじめの頃は寂しくて涙が出る時もあったけど、もう最近は慣れてしまって、ただ淡々と勉強やゲームをしながら過ごしていた。だけど、夏休みが始まってすぐに。


『アキト。夏休みだが、母さんの実家でお前を預かってもらえることになった』


 急にそんなことを言われても困る。

 が、ボクの意思など挟まる余地もなく、それはもう決定事項になってしまっていたらしい。


 僕は不満を飲み込むと、心の中で愚痴を吐いた。なにせお父さんは普段からあまり僕の文句を受け付けてくれないので、こういう時は諦めて腹をくくるしかないのだ。いつものスポーツバッグに着替えや歯ブラシ、宿題、ゲームなんかを詰め込んで、お父さんの運転する車に揺られて数時間。到着する頃には既に夕方だった。

 こうしてお母さんの実家に来るのは初めてのことで、もともとド田舎だと聞いてはいたけれど、想像していた以上に周囲には何もない。畑、森、山。見える範囲にあるものはそれだけである。


――いいかい。大人になるまで、私の実家には絶対に行ってはいけないよ。子どもをさらってしまう、悪い「隠し神」がいるからね。


 生前、お母さんは脅すようにそんな話をして、決して僕を実家に近寄らせなかった。まぁ、隠し神がいるなんて理由よりも、たぶんお祖母ちゃんとの仲があまり良くなかったから、変な理由をでっち上げただけだろうとは思うんだけど。とはいえ、なんか怖いんだよなぁ。


 僕は内心ちょっとビクビクしながら、古い家の建て付けの悪い引き戸をガラガラと開けた。


「いらっしゃい。あんたがキミエの息子だね」


 初めて会うお祖母ちゃんはちょっと冷たい感じだった。

 まぁでも、表面上は歓迎してくれたので一安心だ。お世辞にも居心地が良いとは言えない雰囲気だけれど、とりあえず母さんが昔使っていたらしい部屋に案内される。


 そしてそこで、僕は全裸の座敷わらしと対面することになったのだった。


「ふふ。まさかキミエちゃんの息子が泊まりに来るなんて思わなかったなぁ。ねぇ、こっちにはどれくらい滞在する予定なの?」

「とりあえず夏休みいっぱいかな」

「ふぅん。じゃあいっぱい遊べるね」


 僕のジャージを着たリコちゃんは、なんだかすごく嬉しそうな顔をしていた。おかっぱ頭はともかく、雰囲気がフランクで想像してた「座敷わらし」っぽくないんだよなぁ。お母さんが“隠し神”がうんぬんと言っていたこともあって、僕は内心で彼女のことを警戒してるんだけど。


「ていうか、座敷わらしって本気で言ってるの?」

「あ、そこから? まぁ、そうだよね……」


 リコちゃんはうんうんと頷くと、小さく「えい!」と口にして、ふわりとその場で宙に浮いた。よくよく見ても、糸なんかで吊るされているようには見えない。


 え、これはマジのやつかな。


「ついでにアキトも浮かせてあげるよ。えい」

「うわわ、ちょっと、え……え?」

「ふむ。アキトは私と力の波長が合うみたい」


 僕もその場で二、三秒ほど浮いた。

 が、すぐに床に下ろされてしまう。


 もう少し浮いていたかったなぁと残念な気持ちになったけれど、それでもちゃんと浮いたってことだけは確実だ。ひとまずリコちゃんが人外の力を持ったナニモノかというところだけは間違いないだろう。だからといって全面的に信用するわけではないが。


「はぁ、疲れた……神通力って肩凝るんだよねぇ」

「そうなの? そういうのって体に負荷がかかるんだ」

「あったり前田のクラッカーだよ!」


 あー、その表現! お母さんがよく使ってたけど、めちゃくちゃ古い表現なんだよね。お母さんの年齢からすると一世代くらい前に流行った言葉で……あと「許してちょんまげ」とか「冗談はよしこちゃん」とか。お母さんがどうしてそんな昔の言葉を使うのかずっと不思議だったんだけれど。そうか、リコちゃんが元凶だったのか。


 一人静かに納得していると、リコちゃんは胸を張る。


「さて、これで少しは信じてくれた? 改めまして、私は座敷わらしのリコ。座敷わらしは子どもを守り、幸運の力を操る怪異なの。ひと夏の間だけだろうけど、よろしくね?」

「よろしく……なんか想像してた座敷わらしと違うな」

「そんなこと言われてもねぇ。正直に言っちゃえば、私はこの家の外に出られないからさぁ。他の座敷わらしがどう過ごしているのかなんて、全然知らないんだよね。キミエちゃんがこの家を出ていってからアキトが今日来るまで、この家に子どもなんて来なかったし」


 なるほど、それは寂しかったろうな。だからこんな風に嬉しそうな顔をしているんだろうか。なんて思っていると、遠くの方からお祖母ちゃんが「夕飯が出来たわよ」と呼ぶ声が聞こえる。


「呼ばれちゃった。行ってくるね」

「はいはーい、また後でね。あぁ、それと――」


 立ち上がろうとする僕を、リコちゃんが神通力で止める。


「一つだけ気をつけて。このあたりには隠し神――子どもをさらう“コトリ”という、恐ろしい怪異が住んでいるの」

「隠し神……」

「そう。キミエちゃんがアキトにどこまで教えたのかは分からない。でも、どうか私の言うことをよく聞いてほしいの……守ってほしいことは三つ。決して一人で出歩かないこと。周囲の人をよく観察すること。そして、暗い穴の底のような目をした人間には近づかないこと。わかった?」


 僕が「分かった」と言うと、リコちゃんは満足そうに頷いて部屋の奥の方へと下がっていった。少しだけ背筋がゾクゾクするような……妙な感覚が残る。


 気を取り直して居間の方に行けば、食卓に並ぶ料理は豪勢だった。お母さんは和食しか作らない人だったけど、お祖母ちゃんの料理レパートリーは本当に豊富みたいで……唐揚げ、麻婆豆腐、グラタン、コンソメスープや春雨サラダ。かなり多国籍なメニューになっていて、雑多で興味深いなと感じた。たぶん、僕の好みが分からなかったから、いろいろと考えてくれたんだろう。


 正直、僕は和食よりこっちの方が好きだな。

 魚の骨を取るのは面倒くさいし。


「アキトはお箸の使い方がすごく綺麗なんだねぇ」

「うん。お母さんに厳しく躾けられたから」

「……そうかい」


 お祖母ちゃんはそれだけ言うと、なんだか遠い目をして黙り込んでいる。そうだよな……体の調子が悪いからお母さんのお葬式には来られなかったけれど。どんなに折り合いが悪くても、やっぱり思うところはあるんだろう。お祖母ちゃんが内に隠している感情を想像するだけで、僕は少しだけ涙が零れそうになった。


 静まり返って、少し気まずくなった夕食の時間が終わる頃。

 玄関の方から男の人の声がして、お祖母ちゃんが席を立った。誰が訪ねてきたんだろう。たしかお祖父ちゃんは、僕が生まれる前には亡くなっていたって話だったから、おそらく僕とは関係のない人物が訪ねてきたんだろうけど。


 そんな風に、僕がすっかり油断していた時だ。

 まるで卵を腐らせた時のような強烈な異臭に、視界が歪む。反射的に目を向ければ、そこに立っていたのは一人のオジサンであった。年の頃はお父さんと同じくらいか。ちょっと薄汚れた感じのツナギを着て、暗い穴の底のような瞳で僕のことをジロジロと見ている。


 そしてオジサンは僕に汚れた歯を見せつけてきた。


「……君が、キミエの息子かい?」


 胸の奥がキュッと絞られ、背筋がゾワゾワする。


「そ、そうだけど」

「そうか……」


 何が可笑しいのか分からないけれど、オジサンは僕のことを見てニヤつきながら、野菜や肉なんかが入った段ボール箱をキッチンまで運んでいく。その近くにいるお祖母ちゃんは、まるで異臭など感じてもいないかのように振る舞っているけれど。そうか……お祖母ちゃんは体が悪くて買い物にも出られないから、知り合いに買い物代行をお願いしているって言ってたっけ。


――暗い穴の底のような目をした人間には、決して近づいちゃいけない。


 リコちゃんの言葉を唐突に思い出した僕は、全身に痺れるような悪寒を覚える。脳内でもう一人の僕が「逃げなきゃ」と叫んだ。足音を立てないように、でもなるべく早足で、静かにその場を離れて……。


 どうにか部屋に戻ると、リコちゃんは僕の持ってきたゲーム機で遊んでいた。


「リ、リコちゃん!」

「あー、勝手に借りてるよ。今どきのピコピコはすごいんだねぇ。私が知ってるのより、すごく進化してる。時代の進歩はすごいねぇ」

「それは今はいいから!」


 僕は必死の思いでリコちゃんに詰め寄ると、さっき遭遇したオジサンの話をする。せっかく警告してもらっていたのに、早速出会ってしまうなんて……あれがリコちゃんの言っていた、隠し神――コトリなんだろうか。


「んー……厳密な話をすると、その人はコトリそのものと言うより関係者、協力者って言った方が正しいんだけどね。いずれにしても、現状ではあんまり近づかない方が良いかな。うーん……ねぇアキト、これ欲しい?」


 リコちゃんはそう言って、手のひらにビー玉のようなものを乗せて僕に見せてきた。キラキラしていてとても綺麗だと思うけれど……これは一体なんだろう。


「これはねぇ、座敷わらしの力の塊」

「力の塊?」

「そう。さっき見せた神通力だったり、幸運を引き寄せる力だったり……そういうものを使うための、核になるモノなんだよ」


 それって、かなり大事なものなんじゃないの?

 僕が疑問に思っていると、リコちゃんはクスリと笑う。


「もちろん全部の力をあげるわけじゃないよ? ほんの一部だけ。それでも、アキトは不思議な力を使えるようになる。身を隠すのには有効だろうし、少しだけ幸運を引き寄せられるようになるから」


 なるほど、それは確かに便利だろう。

 正直、神通力で体を浮かせるとかはちょっと憧れちゃうんだよなぁ。でも……ヘンテコな力を受け取ると、いらないトラブルも引き寄せそうではあるし。ちょっと突然過ぎて、どう判断したらいいか分からないけど。


 僕がそう悩んでいると、リコちゃんはビー玉をサッとポケットにしまった。


「別に無理強いはしないよ」

「えっと……」

「普通の人間として生きていくなら不思議な力なんて必要ないんだから。まぁ、あった方が安全かなぁとは思うけど、必須ってわけでもないしね」


 リコちゃんはそう言って、またゲーム機に没頭し始める。

 でも僕は……僕は、コトリに目をつけられたかもしれないのだから、どうにかして逃れる方法が必要なわけで。他に選択肢がないというのなら、リコちゃんの神通力をちょっと貸してもらうの方も悪くない選択だとは思うのだ。


「……ごめん。やっぱり座敷わらしの力がほしい」

「そう? 私は構わないけど」


 そうして、リコちゃんはポケットからさっきのビー玉を取り出して、「はい、あーん」と差し出してきた。あ、そんな感じで力を受け取るんだ……僕は少し気恥ずかしくてドキドキしながら、口を開けてビー玉を受け入れた。

 舌の上でビー玉を転がしても、特に飴なんかのような甘い味がするわけでもない。それはガラスのようにツルツルだけれどほんのり温かくて、そして口の中でゆっくりと融けていく。


 ビー玉が全て無くなると、僕の体に不思議な力が漲ってくるのがわかった。


「ふふ。どう? 力は使えそう?」

「たぶん。ちゃんと出来るかは分からないけど」

「大丈夫。私がじっくり教えてあげるから」


 リコちゃんはそう言って、なんだかルンルン気分といった様子で、ちょっと音の外れた鼻歌を披露し始めた。


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