64 青空の下で
「お、生きてた」
気がつくと瓦礫の上にいた。
側にはイズルが横たわっている。
死んではいない。
気を失っているだけだ。
寝ているイズルを見た。
確かに女だ。
初めて見たときは、その鋭い眼に女だとは思わなかった。
今は穏やかな表情で寝ている。
その寝姿と胸を見るとルナどのと変わらない女だ。
(・・・抱きしめてしまったな・・・)
落下するとき、イズルが苦しみに耐えられない顔をしていたので思わず助けようと抱きしめてしまった。
イズルはずっと帝国を壊すまいと、その身体に覚醒の力以上の『月の清水』の力を取り込んだ。
ずっと苦しかったのか。
その力を手に入れるずっと前から。
「・・・でもまぁ、奇跡だな。太后様との約束は何とか果たせることが出来た。・・・奇跡だ・・・」
あの戦いの中で、某もイズルも死んでいない。
双方生きている。
これこそ奇跡というものであろう。
「・・・・・・なぜ、生きている?」
イズルも気がついた。
そして周りを見た。
自分は確かに崩壊する館に巻き込まれた。
「なぜ、生きてるんだ?」
イズルがもう一度尋ねた。
「あれ見てみろ」
透き通った青空に龍達が飛んでいた。
奇跡が起きたのはあの偉大な存在のおかげだ。意識が薄れていく中、龍神達に助けられた。
1匹が近づいてきた。
「サハリからの願いで、お前達を助けた。その女の身体に入った力は我らの力で取り除いた」
そういえば、不思議な感覚を感じた。苦しんでいるイズルを抱いて落下したとき、大きな光りに包まれた。
その中でいつの間にか我らは宙に浮き、ゆっくりと地面へと下降した。
「感謝いたす」
龍神に深々と頭を下げた。
「礼には及ばん。お前の力も必要だった」
「どういう意味だ?」
「『月の清水』力は我らとてその力で全力で挑まれれば、無事では済まなかっただろう。お前が戦って弱まらせたからこそ、力を取り除けた」
「いや、某だけではない。ロベルト、アイネどの、マカミどの、サハリどの・・・ルナどの、皆の力が必要だった」
その言葉に龍が笑った。
「サハリは100年前、ギケイが後の子孫がこの大きな帝国の災厄に巻き込まれたとき、子孫を助けて欲しいという願いから、我らと約束を交わした」
「どんな約束を交わしたのだ?」
「我らが子孫を助ける代わりに、サハリはマカミ、バートらと共に我らの素石を狙う者どもらから我らを守り、この世界の秩序を守った。その約束は守った。後はお前達で生きろ・・・この言葉を忘れずに」
龍はそう言って大空へと飛んでいった。
残されたのは某とイズル。
「大丈夫か?」
呆然となっているが、イズルはもっと呆然と帝国が崩壊した様を見ていた。
「負けたのか・・・なのに生きてる・・・」
イズルが晴れ渡った青い空の下で大きな絶望にうなだれた。
守るべきものを守れなかった。
自分がそこで生まれ、そこで育ち、それを守り、そして自分の子孫に託さねばならぬものを守れなかった。
残ったのは最強の太刀『暁』だけだった。
「曾祖父様・・・わたしはあなたのようにはなれなかった・・・」
イズルが震えながら『暁』を見ている。
武士であればことあとどうするか。
イズルも武士の作法を代々教えられているだろう。
「・・・・・・お主の母上から、頼まれた」
所々切り裂かれているが、あの戦いで散り散りになることなく、某のへそ辺りに大事にしまっていた太后様から頼まれた文をイズルに渡した。
「・・・・・・」
「せめて、読むだけでも読んでくれぬか」
イズルは文を受け取り、読み始めた。
―ヒノ、私は人生何の苦しみも無く今まで脳天気に生きてきました。そのせいで、あなた達を助ける力など持てませんでした。
私は夫の命令に言われるがまま、あなた達のもとから去り、アサヒが亡くなり、カリンが去った後も、1人で帝国を守ろうとしているあなたに対し、国のことなど何も知ろうとしなかった私はどうすれば良いのかまったく分かりませんでした。
そんな私が、出来ることと言えば私が知っている者達にあなたを守って欲しいとお願いすることだけでした。
ユリハはあなたを守ると誓ってくれました。サハリさまも力を貸すと言ってくださり、マカミさまにも協力をお願いしてくれました。
どうかカリンを許して、この先の人生を皆と共に生きてください。
「今さら・・・何なんだよ・・・」
イズルは涙を流しながら震える手で文を最後まで読んだ。
何も知らなかった幼い時、大好きだった母上。だが、国のことを知ったとき何も助けてくれず大嫌になった母上。
そんな母上がしたためた謝罪の言葉。
今や自分の安住の場所であった帝国が瓦礫とかし全てを失った今の自分に、この言葉をどう受け止めて良いのか分からなかった。
「おまえ、母親の願いでわたしと戦ったのか?」
「ああ・・・お主の母親は全力で、苦しむお主を助けたかった。だが助けれる力を持っていなかった。だから某に頼んだ。無責任かもしれぬ・・・ただお主の母上も必死だった」
荒れ狂う娘を自分では止められないのだから、他人に止めて欲しいなどとよくぞ言った。
だが、母からすればそれほど娘を助けたかったのだろう。
それが偶然にも、武士の血を受け継ぐイズルと同じ武士である某だった。
一応命は助けることが出来た、だが心がまだ助けられていない。
どうするべきか。
イズルは今、全てを失いヒノという1人の女にもどってしまった。
「・・・お主の曾祖父も同じ事を味わったであろう」
「曾祖父が?」
「サハリどのやマカミどのから、初代帝王の事を聞いた。むこうの世界で、お主の曾祖父は一族のために全身全霊をかけて敵と戦った。そして兄に裏切られたと。この世界に来る前から隠してたその痛みを時々見たと、サハリどのとマカミどのはもうしておった」
「そうだったのか!完全無欠の強者だったと・・・」
「その痛みが無ければ、ギケイと名乗ったその武士は、今一度この世界で全力を出すことは無かっただろうとも、もうしておった」
「・・・・・・」
龍のせいか【覚醒】の力が消えたせいか、先ほどまで大きく思っていた己が今は小さく感じてしまった。
その小さな心で必死にヒノを慰めようとしているが、やはりなかなかヒノの心は立ち直れない。
女の心はどうすれば癒やせるのか。
おんな・・・。
「あ・・・そういえばお主、女だったのだな・・・」
何か別の話をしてせめて気分を和らげよう。
お主は女。
つぎは・・・。
「・・・・・・・」
「えっと、身体は大丈夫か?苦しくない?」
気を紛らわそうとこの話を選んだが、間違えたものを選んでしまったか。
イズルの眼が何だか怖い。
「お前、さっきわたしを抱きしめただろう?」
「はい?」
確かに苦しんでいるお主を守ろうとしてとっさに抱いた。
柔らかかった。
ではないな。
「ばか・・・」
「すまぬ・・・」
某もイズルに謝った。
そういえば「女が傷ついている時に、男は余計な事をしゃべるな」と師匠が言っていた。
今さら思い出すなよ。
「お前はこれからどうする?」
「冒険者を続けるだろう。この大きな世界を見ながら・・・飯を食うにはちょうど良い・・・お主もやってみたらどうだ?」
「・・・・・・」
イズルが複雑な顔をしていた。
「・・・わたしと一緒に旅をしてくれる者がいるのか?」
「いるのではないのか。例えば、ア・・・」
アイネどのの名前を出そうと思ってすぐに止めた。
余計な事を言ってはいかん。
「そうだな・・・えっ・・・」
余計な事を言ってはいかん。
だれか助けてくれ。
「無理してしゃべるな」
「はい・・・」
イズルに助けられた。
「お?」
龍達が消えた上空から今度はフウカが飛んできた。
フウカの背中に1人の人間が乗っている。
ルナどのだ。
ルナどのが笑顔で手を振っている。
ルナどのを見て、ようやく心が落ち着いた。
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