接客
「お疲れ様です」
そう言って入ってきたのは望月さんだった。
「…?そちらの方は」
俺のことは誰なのかわかっていない様子だった。少し変えるだけで案外わからなくなるものなんだな。
「この子は今日から新しく入る子だよ。確か同じ学校の人だからもしかしたら知っている人かもしれないね」
その言葉を聞くと望月さんは考える様子を見せる。
「すいません。お名前をお聞きしてもいいですか」
考えてもわからなかったのか普通に聞いてくる。
『そんなにわからないものなのか』
(雰囲気も見た目のまったくの別人だからな)
確かにそう考えるとわからなくもなるか。
俺はとりあえず名前を答えることにする。
「こんにちは望月さん。藤川春斗です」
(ぷっ)
俺の丁寧な言い方に変なところでもあったのか紡久は笑っていた。
「…え?」
完全に予想外だったのか驚くように目を開き硬直していた。
「…あの藤川さんですか?」
硬直が解けるともう一度確認をするように名前を聞いてくる。
「どの藤川さんかはわかりませんがいつも一緒に昼食をとっている藤川です」
「…その話し方と姿は何ですか」
「この姿は店長の趣味だそうだ。話し方はこの姿に合わせてみているだけだ」
正直俺ですらこの話かたに違和感を持っているがこの姿になってからは自然とこの話し方になってしまう。
「そ…そうなんですか」
望月さんいまだに動揺から解放されていない様子だった。しかしこのままだと仕事が進まないため俺は着替えるように言うと休憩室に向かった。
「やっぱり知り合いだったんだね」
「そうですね。よく友達と昼食をとっているんで」
「そんなんだね。仲良くやれそうな人を見つけれてよかったね」
俺も驚いてはいたが確かに知り合いがいるというのは心強いかもしれない。
「それじゃあ、来るまで簡単なことだけでも教えておこうかな」
俺は店長の手伝いをしながら仕事を少しずつ覚えていく。
(本当に運命だよな)
作業している途中、紡久は突拍子もなくそんなことを言ってくる。
『どういうことだ』
俺は意味が分からず聞き返す。
(あの日望月という人物に出会い、学校も同じでバイト先も同じ。こんな偶然そうそうあるもんじゃないだろ)
『だからと言って運命っていういい方は変だろう』
第一俺と望月さんは運命という恋愛チックなことは何一つない。
『強いて言うなら奇跡って言ったほうが近いだろう』
起こるはずのないことが連続で起こった。そういったほうが近いだろう。
(それって何か違うのか)
『大きく違うだろう』
紡久はいまいちわかっていない様子だった。
☆★☆
「着替えてきました」
数分すると望月さんはお店の制服に着替え戻ってくる。
「おかえり、春斗くんに食器のある場所とかを教え終わったところだからちょうどよかった」
俺は店長の手伝いをしながら簡単なことだけを教えてもらっていた。
しかし、ここから先は望月さんに交代するようだ。
そうして俺は望月さんから接客のことやメニューのことなどいろんなことの説明を受ける。
「それではお客さんが来るまで簡単なシミュレーションをしてみましょう」
一通り説明を受けると次のステップにすすむ。
「わかりました」
「……」
何かがおかしかったのか変な目で見られる。
「どうかしましたか」
「先ほどから思っていましたがその話し方気持ちが悪いのでいつもの話し方に戻してください」
いつもとは違う話し方が気に入らなかったのか気持ち悪いとまで言われる。しかも気持ち悪いといわれたときに紡久も(確かに)と笑いながら同意をしていた。
さすがにひどくないかと思ってしまう。傷ついていないとはいえ思わずため息を漏らす。
「わかった。とりあえずは望月さんと話すときはいつも通りにするよ」
「そうしてください」
俺が丁寧に話すのは気持ち悪いのだろうか。とりあえず俺はいつもの話し方に戻し望月さんがお客さん役として練習をする。
「少し笑顔に違和感がありますね」
「やっぱりそうか」
髪を上げている分表情が見えやすい。そのことを意識しだしたら表情が硬くなってしまった。
慣れていかないと仕事に支障が出てしまうし練習しないとだな。
「作り笑いは必要ありません。いつもの表情でまったく問題ありませんので無理に作る必要ないですよ」
俺が考えているとアドバイスをしてくれる。
笑顔を作ろうとしていたが別に普段通りでいいのか。そう思うと気持ち楽になった気がした。
するとカランカランとベルの音が鳴ると女性のお客さん二名が入ってきた。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
望月さんはマニュアル通りの接客をすると俺のほうに近づいてくるとお客さんに聞こえないように話す。
「注文の時に呼ばれるときは私が先にお手本を見せますのでちゃんとついてきて見ていてください」
「了解だ」
ピンポン…ピンポン…。
早速呼び鈴がなりお客さんの元へ向かう望月さんについて行く。
「お待たせしました。注文をお聞きします」
すごいな…。
俺は素直に感心していた。バイトをやれる時期を考えたらまだ一か月ぐらいしか働いていないはずだが店長と同じような笑顔ができていた。
しかし、それと同時に大変そうだなとも思った。学校にいるときとはまた別の笑顔を見せているからだ。
『努力してるんだな…』
(お前は親か…)
紡久に話しかけたわけではないが紡久にも伝わっていたみたいだ。あの日以来こんなことが簡単に起こってしまうから地味に困る。
「ご注文は以上でよろしかったですか?」
「はい」
「わかりました。それでは失礼します」
そうこうしているうちに接客が終わる。そしてそのまま店長に頼まれた料理を伝えこちらに戻ってくる。
「大体流れはわかりましたか」
「まぁ大体はつかめたかな」
「なら次に来たお客さんは藤川さんが接客してみましょう」
そう言って次のお客さんを待つと数分もしないうちに今度は学生たちが入ってくる。そして来る前から頼むものが決まっていたのかすぐに呼び鈴がなる。
「先ほども言いましたが無理な笑顔はしなくても大丈夫ですので自然にすることを目指しましょう」
その言葉を受け取り伝票を持ちお客さんのほうへ近づく。
無理な笑顔はしなくてもいいということだったので先ほどより気持ちが楽に感じる。
「お待たせしました、ご注文をお聞きします」
自然と話せたのではないだろうか。
しかし、待っていても注文を言う気配がなかった。そうして女性のほうを見るとほほを赤らめていた。
『どこかおかしいところでもあったか』
(お前将来恐ろしいことになりそうだな)
さすがに不安になり紡久に聞いてみるとよくわからない発言をしていた。
どういうことだ。俺は紡久の言葉の意図をつかめず考えそうになるがそんなことをしている暇はない。
とりあえずもう一度聞いてみることにしよう。
「注文はお決まりになりましたか」
もう一度質問すると今度ははっとしたような表情をし注文をしてくれる。そして注文を聞き終わると店長に報告し接客を終える。
どんな感じだったのか結果を聞こうと望月さんに近づくと驚いている様子だった。
「どうして驚いているんだ。やっぱりどこかおかしいところがあったか」
さっきのお客さんもほほを赤らめていたしもしかしたらどこかで失礼なことをしたかもしてない。そんな不安を持っていると望月さんは首を横に振る。
「いえ、まったく問題ありませんでした」
「だったらなんで驚いた表情を?」
「あんな表情もできるんだなと思いまして」
俺は一体どんな表情をしていたんだ。
気になるが自分の表情なんて見ることはできないのでこれからの接客に集中することにした。




