(6)
一通りお茶とお菓子を楽しんだ後、ひとまずリラに屋敷の中を案内して回ると、粗方見終えた頃には既に外は薄暗くなり始めていた。
そんな時間に外へ出掛けに行くわけにもいかず、レティシアはリラを連れて自室に戻っていた。
そうして特にすることがあるわけでもないので、リラには自由にしていて構わないと言ったのだが。
「……それ、やらないと駄目なの?」
「汚れると困るのなら、止める」
「いえ、それは別に構わないのだけれど……」
リラは床に座り込むと、黙々と銃の整備を始めていた。
下には古ぼけた布を敷物として敷いているので床が汚れる心配はなさそうだが、問題はそこではない。
自由にと言われての行動が銃の整備というのは、レティシアに少なからず戸惑いを浮かばせた。
ベッドに腰掛け、また本でも開こうかと思っていたレティシアだったが、こうあってはそんな場合ではない。立ち上がると、リラの横にしゃがみ込んでその様子を眺め出す。
「…………」
それにちらりと一瞬だけ目を向けて、リラは構わずに整備を続ける。
リラの持っている銃は、ライフルと拳銃の二丁だ。
ライフルはボルトに付いたレバーを操作して排莢や装填を行う、単純なボルトアクション式。リラの身長に合わせてだろうか、狙撃銃としては全長が少しだけ短めに造られている。
拳銃の方は引き金を引くと自動で排莢、再装填が行われるセミオート式のものだ。こちらは、一般的に出回っている拳銃とそう大差ない造りをしていた。
「んー、銃ってよく分からないわね。この長い銃って遠くから撃つものよね?」
けれどもそんな銃の性能や構造ついての知識など、レティシアは持ち合わせていない。得体の知れないものを見るようにライフルを眺めながら、レティシアは訊ねた。
「うん。狙える場所なら」
短く答えつつ、リラは慣れた手つきでライフルを分解していく。
レティシアの目には壊しているようにしか見えないのだが、あえて言うようなことはしない。
「……でも、私を護衛してくれるというのなら、出来れば近くに居て欲しいわ。貴女は私の話し相手でもあるのですもの」
その代わりのように、そんなことが口をついて出た。
レティシアにとってすれば、護衛などというのは物のついで。別にやってもらおうとは思ってもいないことだ。
だが同時に、リラは護衛という仕事を大真面目にこなそうとしているのも、何となく分かっている。
レティシアの言葉に、リラは少し考えるように手を止めた。
「……多分、これは使わない。使いにくいから」
呟いて、リラは再び手を動かし出す。
分解されて身軽になった銃身を手に取り銃口から綿布を取り付けたロッドを入れていく。
そうして何度かロッドを往復させると、綿布が煤で汚れていくのが分かった。
それを横目に、レティシアは意外そうな顔をリラへと向ける。
「あら、そうなの? まあ、大きくて重たそうだものね」
「撃てば当たる。けど、動くのに邪魔。これで撃つより、近くまで走る方が楽」
言わないながらも不満が溜まっていたのか、リラにしては長い返答が返ってきた。
「ふーん?」
分かったような分かっていないような声を漏らして、レティシアはリラの手元に再び目を向けた。
バラバラになった部品をそれぞれを手早く、けれども丁寧に布で拭って、組み立て直す。迷いの無い手つきだった。
「……邪魔だっていうのなら、いっそ持たなくていいんじゃないの? それとも、何か思い入れがあるのかしら?」
ライフルの方の整備が一段落したらしいことを感じて、レティシアが口を開く。
それは当然の疑問だ。邪魔と思いながらも持ち続けるというのは、何かしらの特別な思いがあるときくらいだろう。
「別に。ウィルに無理やり持たされてるだけ」
そんな疑問に身も蓋も無い答えを返して、リラは薬室に一発だけ弾を込めると、ライフルを窓の方へ向けて構えた。
銃の横に見えるレバーを起こして引き、戻す。一度目で弾丸が装填され、もう一度同じ動作をすると排莢される。軽い金属音を立てて、弾丸が銃から弾き出された。
簡単に動作確認を終えて、リラは銃を下ろす。
「……けど。きっと、必要になるときもあるから」
それから呟いた声は、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえる言葉だった。
いつもと変わらず、感情の読みにくい声から、けれども微かに感じられたのは、静かな意志。必要な時に、必要なものが無い無力さを吐き捨てるような力が宿っていた。
そんな雰囲気を知ってか知らずか、レティシアは「そう」と頷く。
「……貴女って、本当に戦う人なのね。兵士たちもよく言っているわ。いざという時のために、準備を怠るなー、って」
「必要になってからじゃ、準備は出来ない」
「そうでしょうね。……なら、私はその時が来ないように祈っておくのが良いかしら?」
少しだけ意地悪げな表情で、レティシアが訊ねる。
リラはレティシアの方を向いて、数秒ほど考えるように視線を揺らしてから、こくりと頷いた。
「……うん。無駄になるのが、一番良い」
これが必要になる時というのは、すなわち戦う時。それもきっと、相当に厄介な状況の時だろう。そんな状況は、レティシアもリラも望みはしない。
無駄に終わるのなら、それに越したことはないのだ。
持っているライフルを床に敷いた布の上に置いて、リラはローブの袖を摘まんでぐしぐしと頬を擦った。
ローブの汚れか、銃の手入れで手に付いた煤か、頬に薄黒い汚れが付く。
そんな子供じみた仕草に、レティシアは柔らかく顔を綻ばせた。
「……まったく。銃のお手入れも良いけれど。貴女はまず、自分のことをしっかりするべきね」
楽しそうなレティシアの声に、リラはよく分かっていないような表情で首を傾けた。