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(5)

 リラをオズワルドの屋敷近くまで送り届けた後、ウィルはオズワルドに率いられるまま軍の基地へと向かっていた。

 まだ夕方よりは昼という言葉の方が合う時間帯。アルガスの町中は混み合うというほどではない、落ち着いた賑わいが広がっていた。


「しかしまあ、良い町だな。レジスタンスの噂は広がってるだろうに、大きな混乱も無い。元の治安が良いってことか」

「………………」


 屋敷から基地までは数百メートルほどだが、歩くとなるとそれなりの時間は掛かる。

 その間無言というのも気まずいので話題を振るものの、やはりというべきかオズワルドからの反応は薄い。

 それにもめげず、ウィルは勝手気ままな調子で話を続ける。


「あー、そうそう。今更だが敬語使えないのは勘弁な。努力はしたんだが、昔『お前が敬語を使うとむしろ煽っているように聞こえる』なんて言われたのがトラウマでさ」

「元より傭兵に礼節なぞ期待しておらん。指摘するだけ時間の無駄だ」


 ようやく返ってきた返事にも、愛想は微塵も無い。

 けれどもウィルは、会話の糸口を見つけたというようにニッと笑う。


「そうか。いや、寛大な雇い主で良かった。そんな寛大な准将にお願いなんだが。さっきから周りの目がちょっとばかし痛いんだけれども……。俺は捕まった罪人とかじゃないって、アピールしてもらえません?」


 それは半分冗談、半分本気の言葉だった。

 何しろ町中を准将とともに歩いているのだ、当然ながら目立つ。通りを警備する衛兵が姿勢を正してこちらを見るのは准将が居るからだろうが、それ以外の通行人や露店に立つ商人たちからも、何やら不穏な視線が感じられた。何だか、少しばかり気まずい。

 そんな提案に、しかしオズワルドは立ち止まることもなく冷ややかな目でウィルを見下ろした。


「ふん。市民の奇異の目が、私と同行している所為だとでも思っているのか?」

「うん?」


 お前は思い違いをしている、というような旨を感じる言葉だったが、言われたところでそれ以外の理由も思い浮かばない。

 しばらく考えたが、結局ウィルは、分からないので気にしないことにした。


「まあ、いいや。それよか、仕事の前にある程度敵の規模を知っておきたいんだが。レジスタンスの戦力とか人数、魔術師がいるかどうかも重要だな。その辺り、教えてくれないか?」

「レジスタンスは統治に対する反抗勢力の総称だ。正確な数を算出することは出来ん。軍では推定として数を数百から千ほどとしているが、そのほとんどは元リトシアの平民。数通りの戦力にはなるまい。魔術師の類も、現状では確認されていない」


 どうやら仕事の話ならばきちんと受け答えをしてくれるらしい。オズワルドは低い声で要点だけを簡潔に答えてきた。


「国に楯突こうなんて魔術師もそうそう居ない、か。あいつらの相手は面倒だからなぁ。それは助かる」


 魔術師という存在は戦場において、いわば意志を持つ大砲だ。

 多くのものにとっては無害で、無価値で、しかし自然界において確かに存在する力。魔力。

 それが滞留し結晶化した魔石は、様々な機械や道具の動力源になっているが、極稀に、魔力そのものを扱うことの出来る人間がいる。

 それが魔術師。魔力を理解し、術理を操る存在だ。

 魔術師はその力で時に大地を隆起させ、時に風を呼び寄せ、時に爆発を生み出す。

 そんな魔術師の力は兵士数十人分にも匹敵すると言われ、どんな国でも宮廷仕えとして重用されている。

 だが、だからこそレジスタンスという国家に対する反抗勢力に、魔術師が属するというのも考えにくい話だ。

 ひとまずの所、魔術師の心配はしなくても良さそうだと、ウィルは内心で息を吐く。


「で、レジスタンス相手に軍はどう動くつもりだ? こういう相手は、一気に攻め落とすっていうのは難しいだろう?」

「レジスタンスの活動には出資者が居るはずだ。そこを叩く。それが考え得る中では最も効率的だろう。資金源が断たれれば、武器も人材も不足しているレジスタンスの活動は、確実に減縮する」

「道理だな。で、出資者とやらにアテはあるのか?」

「当初は隣国の関与を疑ったが、現在に至るまで繋がりは確認されていない。よって今はリトシアの元貴族を中心に調査中だ。その結果が出るまでは防衛に回り、被害を抑えることが優先目標になるだろう」

「なるほど。今は後手に回るしかないか」

「手当たり次第に潰したところで、ただ徒に兵を消耗させるだけだ。特にレジスタンスのような手合いは、潰されればそれだけ士気を高めるのでな」

「違いない」


 整然と語るオズワルドの言葉には口を挟む余地もなく、いつの間にやら話を振ったウィルのほうが、相槌を返すくらいしか出来なくなっていた。

 そうこうしているうちに露店の並ぶ商店街を抜けていて、辺りは人気が少なくなっていた。

 恐らくこの辺りは工業地区。鍛冶屋や鉄工所などがあるのだろう。人が住んだり商売をするには不向きな地域だ。

 少しして、ウィルは頭に手を当てながら聞きづらそうに口を開く。


「……なあ。何でリラを軍の仕事に就かせなかったんだ?」

「質問の意図が分からんな。あの娘の扱いに不満があると?」


 ウィルの方を見ようともせずに、オズワルドは静かに返した。

 それに小さく苦笑を浮かべて、それからウィルはゆっくりと首を横に振った。


「……いや。リラに関しては、あんたに感謝してる。あいつには同世代の子との関わり合いが必要だとは思っていたし、何より……。傭兵なんてしながら連れ歩いちまってる俺が言うのも何だが。出来ればあいつに、人殺しはさせたくない」


 いつも浮ついた、軽口染みた雰囲気を感じさせるウィルにしては、真面目な口調。

 オズワルドは無言でウィルの方へちらりと目を向ける。


「けど、あんたは軍人だ。それも、人でも状況でも、冷酷なくらい物事を正しく見られる軍人だろう。そんなあんたがリラを見たら、迷うことなく前線に送り出すんじゃないかって、門の前で会った時には思った」


 大抵の人間には、リラと多少関わりあった程度で彼女の力量を推し量ることは難しい。

 しかしオズワルドにとっては、門の前でのあの僅かなやりとりだけで、リラの資質を見抜くには充分だっただろう。

 また僅かに、沈黙が流れる。


「……確かにアレは、純粋に戦力として考えるなら、貴様よりも遥かに上だろう」


 それでもすぐに、オズワルドは口を開いて低く重たい声を紡いだ。


「だがアレの目は、戦い方を知らぬ者の目だ。戦闘技術や経験という話ではない。アレは退くことを知らず、ただ戦い抜くことしか知るまい。前線に送り出したなら、敵か自らか、どちらかが朽ちるまで暴れ回る狂戦士の類といったところか。……それを分かっているからこそ貴様も、『枷』を持たせているのだろう?」

「……『枷』か。確かにリラの奴は、邪魔だと思ってるかもな」


 些細な問いかけに答えながら、たったあれだけで良くそこまで見抜けるものだ、とウィルは内心で思った。軍人としてのオズワルドの目は、どうやらウィルの想像をはるかに超えていたらしい。


「本来ならば狂戦士であろうと何であろうと扱いようはあるが、あのなりで暴れられては他の兵士の士気にも関わるのでな。加えて、アレの護衛対象である『准将、クレイグ・オズワルドの娘』というのは、レジスタンスが価値を見出し得る存在だ。万一レジスタンスに動きがあった場合、その存在は役に立とう。何故か、と問われれば、それらを踏まえた上での判断だというのが答えだ」


 オズワルドの言葉は冷たいほどに理屈的で、それ故に納得を促されるような力があった。私的な感情を排した、機械的な判断だ。

 そんな解答に、ウィルは見定めるようにオズワルドを眺める。

 けれどもその鉄仮面から内心など伺えるはずもなく、ウィルは諦め交じりのため息とともに笑みを作った。


「……まあ、いいさ。その理屈は正しいと思うし、どんな意図があろうとあんたの結論は俺にとっても有難い話だ。なら、やっぱり俺はあんたに感謝するべきだよな」

「好きにしろ。貴様の感情の行き場など知ったことではないと言ったはずだ」

「感謝くらいは、素直に受け取ってもらいたいもんだが」


 そんな呟きにも当然答えることはなく、オズワルドは路地を曲がる。

 曲がった先で、オズワルドは立ち止まった。


「ここだ」


 ウィルの目に入ってきたのは、予想していたよりもずっと普遍的な基地だった。

 広々とした入り口には鉄製の門が付けられているが、今は開け放たれている。入ってすぐの所に馬の繋がれた厩舎があり、他にもいくつか倉庫のような建物が点在していた。

 敷地の面積としては、流石に王都に備わるような基地ほどとは言えないだろうが、狭苦しいという印象は感じられない。


「立派な基地だな。これが王都でもない普通の町にあるってんだから驚きだ」

「本格的な仕事は明日から行ってもらう。今日のところは基地内施設の把握に努めよ。案内は兵に受け持たせる」

「……うん、話が早いのにも慣れてきた。分かったよ、オズワルド准将。……あー、これから准将の下で働かせてもらうわけだし、握手くらいは?」


 苦笑交じりに言って、ウィルは窺うように手を差し出す。

 それを眉を顰めた不機嫌そうな表情で見下ろして、しかしオズワルドはその手を取った。


「……一つだけ、貴様に忠告しよう」

「うん?」


 一瞬だけの握手の後、オズワルドは無愛想な顔のまま口を開いた。


「傭兵といえど、市民に奇異の目で見られたくなければ、服装に気を遣う程度の礼節は持ち合わせるべきだ」


 それだけを告げると、オズワルドはウィルの返事も待たずに踵を返して、基地の中へと歩き去っていってしまった。

 基地の入り口前に、ウィルはぽつんと取り残される。


「……あー、っと」


 それからウィルは自身の服へと目を落とした。

 服装自体は、別段目を引かれるものもない麻布の服に革鎧。傭兵や旅人としては一般的な見た目だろう。

 けれどもその服の前面は、朝方森で魔獣に襲われた時に付いた、いや、より正確に言うならリラの機嫌一つによって付けられた魔獣の血で、赤黒く彩られていた。

 その場で着替えておけばよかったものを、森を出るまでは汚れるだろうから、とそのままでいたのがいけなかっただろうか。いつの間にか血も乾いていて、すっかり着替えるということを忘れてしまっていた。


「俺が変な目で見られてたのは、これの所為か……」


 この後、ウィルは基地施設の案内を任された兵士がやって来るまでの間に、物陰で着替えることにしたのだった。

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