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(4)

 屋敷の二階にあるバルコニーは、下に広がる庭園を見渡せる位置にある。

 小さな丸テーブルと、それに合わせた二組の椅子がある以外には目立った装飾もないが、それ故に眼下に広がる景色を邪魔することもない。広さもさほどあるわけでもなく、来客をもてなすための場所というよりは、プライベートで景色を楽しむための憩いの場だ。


「そこに座って。それは……、まあ適当なところに置いておくといいわ」

「うん」


 椅子を指し示すレティシアは、それからリラが肩に下げなおして持ってきたライフルに目をやって、苦笑交じりに告げる。

 リラは小さく頷いて近くの壁にライフルを立てかけると、示された椅子にちょこりと腰を下ろした。

 二つの椅子は、向かい合うと隣り合うとの中間ほど、互いの顔と庭園をそれぞれ斜めに臨める位置だ。

 メイドが手慣れた様子で、テーブルにティーカップやティースタンドを用意しているのを脇に、リラは眼下の庭園へと目をやる。

 あえて表現するなら、落ち着いた雰囲気の庭といったところだろうか。パッと目に入るのは、生垣や木々の鮮やかな緑と石畳の白色。そこから目を外してようやく、木々の合間に見える淡い色の花の存在に気づける。屋敷の外観と同様華美な色を排した、静粛とももの寂しげとも取れる造りだ。


「花は好き?」


 ふと声を掛けられて、リラは顔を向ける。椅子に座ったレティシアが柔らかな笑みを浮かべていた。

 少しだけ悩むように黙ってから、リラは答える。


「…………分からない。多分、嫌いじゃない」

「そう。なら良かった。まあ、この庭は花園と言えるほどたくさん花が咲いているわけじゃないけれど」

「でも、咲いてる」


 リラの言葉に、レティシアは庭園へと目を向けてため息を吐いた。


「ええ。癪に障ることに、花が咲き乱れているよりも、この屋敷の庭みたいな方が私は好きね」


 不快感を露わにしつつも、レティシアは素直な心境を述べる。

 そんな何でもないような話をしているうちにメイドは紅茶を淹れ終え、二人の前にカップを置いた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 リラが礼を言うと、メイドははにかむように笑った。ライフル銃を肩から下げた突然の訪問客など、困惑や警戒があって然るべきだったが、レティシアとのやり取りで多少なりともメイドの緊張の糸もほぐれたらしい。

 それからメイドは、窺うような視線をレティシアへと向けた。


「お二人でお話をなさるのでしたら、私はここを離れていた方がよろしいでしょうか?」

「あら、それは気の利く提案ね。聞かれて困るような話をするつもりはないけれど、せっかく親睦を深めるのなら、二人きりっていうのも悪くないわ」


 思いがけずというように楽しげに言うレティシアに、メイドはパッと顔を綻ばせてから頭を下げた。


「かしこまりました。では、何かございましたらいつでもお呼びつけ下さいませ」

「ええ、ありがとう」


 レティシアの声にもう一度小さく微笑みを見せてから、メイドはその場を去っていった。


「……別に、居てくれて問題なかった」


 それを見送った後、リラがぼそりと呟く。

 レティシアは苦笑交じりの顔で「そうね」と相槌を打った。


「あの子はいつでも使用人が付いて回るのを、私が窮屈に感じてるって思っているの。ほんと、下手な気遣いよ」


 言葉とは裏腹に、その声色は柔らかい。

 リラは特に言葉を返すことなく、手元のティーカップへと目を落とす。

 乳白色に金色の縁取りがされた陶器。その中の深く赤みがかった液体は、けれども同時にカップの底が見えるほど透き通っていて、カップが揺れると微かに残った茶葉が揺らめくのが見える。

 そこから立ち上る湯気がバルコニーに吹くそよ風に乗って、優しく鼻腔をくすぐった。柑橘系の果物にも似た、酸味と甘みの混じった香り。果物ほど強くはなく、しかしはっきりと感じられるそれは、ふんわりと身体中に広がっていくようだった。

 そうしてカップを見つめるリラをどう受け取ったか、レティシアは自分のカップを手に取って笑いかけた。


「まあ、どうあれ二人きりというのなら、マナーを気にするのも馬鹿らしいわ。お茶もお菓子も、好きなように楽しんで頂戴。私もそうするから」

「うん。そうする」


 レティシアがカップを傾けるのを眺めてから、リラもカップを口元にもっていってそっと傾けた。

 鼻で感じた香りと同じ風味に、甘い口当たりの後から微かな渋みが口の中へと広がっていく。一口飲みこむと、風味と共に紅茶の熱が身体に染みわたって、じんわりと体温を上げる感覚がした。

 その熱を逃すように、リラは小さく息を一つ吐き出す。湯気が吐息に誘われてふわりと揺れる。

 それからリラは、テーブルに置かれたティースタンドに手を伸ばした。

 サンドイッチやバタースコッチのマフィン、色とりどりのクッキーなどが乗った中から、チェック柄のクッキーを一つ手に取る。

 クッキーの端をひと欠片にも満たないくらい齧って、その後残りを口の中に放り込む。


「口に合うようなら良いのだけれど。どうかしら?」


 レティシアからの問いかけに、リラはもそもそと口の中のクッキーを飲み込んでから頷いて見せた。


「うん。食べやすい」

「……それは、誉め言葉なのかしらね」


 小さく苦笑しながら、レティシアも同じ種類のクッキーを一つ摘まむ。バターとチョコレートの仄かな甘みが、軽い口当たりに溶けていった。


「さてと。お茶と言ったらお話がつきものだけれど、……貴女は話すよりも聞く方が得意かしら。そうね、何か聞きたい話でもある?」


 冗談半分の口調でレティシアは訪ねてみる。

 リラは紅茶が熱いのか、ちびちびとカップを傾けていたが、その声にカップを置いて少しだけ考えるように視線を動かした。

 数秒して、リラが口を開く。


「……この街のこと。今は、傭兵が必要な状況だって聞いた」


 その言葉にレティシアは一瞬だけ眉を顰めるが、すぐにそれはため息へと変わった。


「また随分と、お茶の席には似合わない話を聞きたがるものね。……まあ、そういう素直なところが貴女らしさ、ってことなのかしら」


 呟くような声には、リラはよく分かっていない様子でこくりと首を傾げるだけだった。

 レティシアはゆっくりとカップを傾けて口を湿らせる。


「分かった。この街に居て、知らないでいるのも問題だしね。折角の客人からのリクエストなら、話すとしましょうか」

「ありがとう」


 小さく笑みを返して、レティシアは静かに眼下の庭園へと視線を向けた。


「話し出してしまえばそう長い話でもないわ。……七年くらい前、この辺りで戦争があったのは、傭兵なのだし知っているかしら?」

「何となく。この辺は、別の国だったって聞いた」

「ええ、そう。リトシアっていう小さな国だったわ」


 レティシアの話の通りアルガス周辺は、元はリトシアという小国だった。

 リトシアは東をテイルノート、西を別の大国に囲まれつつも、農作物と、北部にある山から採れる鉄鉱石や、魔石の輸出によって細々と存在していた。

 自国内で大きな問題を抱えているわけでもなければ、他国に対して不利益をもたらすような行いをしているわけでもない、良くも悪くも影響力の無い国であったが、テイルノートにとってみれば、この辺りの土地は西の大国との交易の際には必ず通ることになる要所だ。

 加えて、リトシアの所有している魔石鉱山は、テイルノートにとってこの上なく魅力的な資産だった。


 魔石とは、魔力が圧縮され塊となった物質で、加工することにより機械の動力などのエネルギー源として利用することが出来る。レティシアの住むこの屋敷のように、ある程度資金を掛けているところならば、灯りとして魔石灯を使用しているところも多いだろう。

 山に空いた洞窟など、魔力が滞留する場所に魔石は生成され、採り方さえ間違えなければ半永久的に採取が可能な鉱石であるため、その採掘場所を押さえるということはそれだけで膨大な利益につながる。


 交易の上での障害であり、貴重な魔石の鉱床を持つ国、リトシア。そこに対してテイルノートの抱いていた感情を推し量ることは、そう難しくなかった。

 そうして八年前。リトシアにあった鉄鉱石の鉱脈が潰えたことで鉄の輸出が予定通りに行われなくなってくると、テイルノートは大義名分を得たとばかりに宣戦を布告し、そのままリトシアとの戦争へと発展した。


「最初から勝ち目なんてあるわけないのに、それでもリトシアは、文字通り矢尽き刀折れるまで戦ったわ。……そんなの無意味どころか、ただ失うものが増えただけなのにね」


 電撃戦を想定し、数ヶ月で戦を終わらせるつもりだったテイルノートだが、リトシアの抵抗は予想以上で、結局戦争は十ヶ月近くも続くこととなった。

 泥沼の中、それでも王都を落とし、リトシアの全面降伏によって戦争が終結したのが今からおよそ七年前のこと。

 リトシアは大きく三つに分けられ、それぞれ別の領主が治めるテイルノートの領地となった。そしてその内の一つこそが、このアルガス周辺の土地だ。


「それから七年。戦争が終わってからも、元リトシア国民の中にはレジスタンスとしてテイルノートの支配に抵抗する人たちがいてね。最初は細々としたものだったんだけれど、組織化されたのか準備が整ったのか、いよいよ手が付けられなくなってきたの。何よりもの痛手は、レジスタンスの存在が世間や他国にまで広まってしまったことかしら。で、隠しておけないなら、ってテイルノート側も本格的にレジスタンスの鎮圧に乗り出したのが、数ヶ月前ってわけ」


 そうして争いが表面化した結果噂が広まり、ウィルやリラのような傭兵がやってきた、というのが今の状況。


「詳しい。よく知ってる」

「ありがと。ここにいると、そういう話はいくらでも耳に入って来るのよ。それこそ、嫌になるくらいね」


 端的が過ぎるリラの褒め言葉にもさらりと返して、レティシアは楽しげに頬を緩めた。

 涼やかな風が吹いて、レティシアの髪を軽く揺らす。


「……この街も、表向きは平和だけれど、最近は嫌な話もたくさん聞くわ。レジスタンスの活動によるものだけじゃない。レジスタンスが世間一般にも知られるようになって、皆不安になっているのよ」


 締めくくるようにそう言って、レティシアは温くなりだした紅茶をゆっくりと飲み干した。


「……でも、あまり不安そうに見えない」

「ん? それは、私がってこと……?」


 呟かれた声に、レティシアはカップから口を離してきょとんとした表情を浮かべた。

 リラはこくりと頷いて見せるが、当然のようにそれ以上の言葉を発することはない。

 その言葉の意味を考えるように、レティシアも静かに視線を泳がせた。

 数秒の静寂の後、レティシアがぽつりと口を開いた。


「……どうなのかしら。私は、多分思っていることが顔に出やすい方だと思うから、そう見えるのなら、貴女の言う通りなのかもね」


 リラが、無言で首を傾ける。

 リラのそんな反応を分かっていたというように、レティシアは柔らかく微笑みを浮かべた。

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