(38)
ウィルたちとは門を挟んで反対側、町の端にレティシアとリラはいた。
「リラ。いくら丈夫だからって、身体には気を付けなきゃ駄目よ? お腹が空いたらちゃんとそう言って、お風呂も、いつもいつもとはいかないでしょうけど、入れる時には入って。髪だって、ちゃんとお手入れしないと、すぐ傷んじゃうんだからね」
「……努力する」
次々と出てくるレティシアからの小言に、リラは渋々といった様子で答える。
別れ際に、心残りを植え付けるものではない。
このまま別れの挨拶を済ませて、出立を見送るというのが、去り行く人ののために出来る思いやりだったはずだ。
けれども少しだけ悩んで、レティシアは口を開いた。
「……本当はね、貴女に、この町に残るようお願いしてみるつもりだったの」
リラはピクリと反応を示す。
自分の中に残った思いは全て伝える。それもまた友達に対する礼儀だと、そう思った。
「もしそれが叶ったら、貴女をあのお屋敷に受け入れて、一緒に暮らそうって思ってた。あいつには、私の幸せを守るのが責任って自分で言ったんだから、文句も言わせないし」
楽しげにレティシアは語る。その未来は、間違いなく幸せに溢れたものに違いない。
それでもレティシアは、寂しげな笑みを浮かべつつ首を振った。
「でも私、それと同じくらい、貴女はそれを望まないってことも分かってる。それは楽しくて幸せだろうけれど、ただ、それだけでしかないから」
「……うん」
もしもレティシアが心の底から願ったなら、きっとリラは受け入れてしまうだろう。それがたとえ、リラの心の底から願うものでなかったとしても。
だからこそ。別れの言葉は、レティシアから言わなければならない。
「だから私は、笑顔で見送るわ。貴女はこれからも旅を続けて、色んなものを見て、色んな経験をしてきて。リラがどこにいたって、貴女は私の、一番大切な友達だから」
「うん。分かってる」
リラは迷うことなく頷いた。その肯定だけで、レティシアにとっては充分だ。
涼やかな風が頬を撫でる。それが心の中に寂寥を運んできてしまう気がして、レティシアは努めて明るい声を上げた。
「そうだ。リラに贈り物があるのよ。ほら、初めて町を案内した時、作ってもらってたでしょ? 少し前に受け取っていたんだけれど、渡すならこのタイミングって決めていたの」
「……確か、そんなこともあった」
少しだけ曖昧な様子で、リラは答える。元々貰う気もなかったリラにとって、それはこの一ヶ月近く、様々な思い出の残る中でも些事の部類だっただろう。
レティシアは苦笑いを浮かべて、後ろ手に隠し持っていた袋を掲げる。
「さ、そしたら上から来ているそのローブを脱いで。折角だから、これを着た格好でお別れしましょう」
リラは小さく首を傾げてから、それでも素直に従って、ボロボロの外套を脱いだ。
レティシアはプレゼントを袋から取り出すと、ゆっくりとリラに腕を回し、丁寧に着付けていく。
「……これをプレゼントしようと思ったのは、あの時のほんの気まぐれ。けれど今は、心からの想いを込めて、リラにこれを贈れるわ」
そう言って、レティシアは一歩、リラとの距離を取る。
リラが身に纏ったのは、漆黒のローブ。闇夜や物陰にも溶け込んでしまいそうな黒地に、これもまた目立たない色合いで縁取りをされている。
動きやすさと隠密性を兼ね備えたシンプルな全体像に、しかし一ヶ所。胸元の部分にだけ、金色の糸で小さな花の刺繍が施されていた。
「………………」
リラは無言のまま、視線をローブへと落とす。もぞりと腕を動かすと、新品の布のしなやかで柔らかい感触が肌をくすぐった。
そうしてしばらくの間、下を向いたまま固まっていたリラは、やがて一度だけ瞬きをして、顔を上げた。
真っ直ぐに、レティシアと視線が合う。
「……ありがとう」
「ぇ──」
今度は、レティシアが固まる番だった。
けれどもそれは、ほんの一瞬のこと。
レティシアの表情が、柔らかくほどけていく。別れの寂しさごと、溶かしていくように。
それも当然のことだろう。
「……やっぱり、思った通りだったわね。初めて会った時からずっと、リラには笑顔が一番似合うだろうって、そう思ってたの」
最後の最後に、何物にも代えがたい贈り物を、もらってしまったのだから。




