(35)
ウィルたちのいる地点から、二百メートルは離れたところにある民家の屋根上。
「……間に合った」
ライフル銃を構えた射撃姿勢のまま、リラは小さく息を吐いた。
リラのやるべきことは変わらない。それをこなせる力が、今のリラにはある。
リラは静かにライフル銃のボルトを引く。弾き出された薬莢が、乾いた音を立てた。
「が……っ!?」
唐突に腕に響いた衝撃は、青年から思考の余地を奪い去ったことだろう。
それに対し、レティシアたち三人の反応は早かった。
首元を押さえる腕の力が緩んだのを感じて、レティシアはその腕に思い切り噛みついた。鋭い痛みに、未だ動揺の最中にいる青年は、自らその拘束を解いてしまう。
その隙にレティシアは地面を転がるようにして青年の腕から抜け出した。
「くそ、取り押さえろ!」
レジスタンスのうちの誰かが、背後でそんな声を張り上げている。
振り返るよりも先に、割って入った長身の影が、レティシアへと迫るレジスタンスの腹部に掌をめり込ませていた。
その影、オズワルドの背中を、レティシアは苦々しげな顔で睨みつける。
「っ、あんた……」
「下がっていろ」
それだけを告げて、オズワルドはレジスタンスたちへと向かっていった。
急ぐわけでもない悠然とした足取りで、かつ徒手空拳でありながら、オズワルドはナイフを手に突進してくるレジスタンスたちを軽々といなし、返す拳の一撃だけで意識を刈り取っていく。
それから目を離して正面を向くと、逆方向にいたレジスタンスの粗方をウィルが撃退しているのが見えた。
「悪いが、しばらく悶えてな!」
落としていたポーチを拾い上げ、ウィルは中から魔獣用の催涙弾を地面に叩きつけた。
袋から飛び散った刺激物の粉が、地面に倒れるレジスタンスたちに降りかかる。
「が、あああああああっ!」
「滅茶苦茶痛いだけだから安心しな。……さて、と」
一投で周囲にいたレジスタンスを行動不能に陥らせたウィルは、そのまま残る目標を見定めた。
「な、……こんな、ことが……くっ!」
動きがあったのは、レティシアを人質に取っていた青年。
辺りを見回し、地面に落ちた拳銃を見つけて駆け出す。
必死に伸ばした手が拳銃に届くかという瞬間、しかし再びの虚空からの弾丸によって、拳銃はどこかへと弾き飛ばされてしまった。
伸ばした手の行き先を失った青年の肩口に、剣の刃が突き付けられる。
「あんたたちにも正義があるんだろうが、終わりだよ。もう、大人しくしとけ」
「っ……くそ、くそ……くそおおおおおおおおおお!」
静かに語るウィルに、青年は吠えるように声を上げて、振り返りざまに殴りかかった。
けれどもその拳は虚しく空を切り、代わりにその無防備な背中に剣の柄を叩きつけられて、青年は気を失うとともに地面へと倒れ伏した。
ウィルはそれをただ見下ろす。
「はぁ……、これにて一件落着、だな」




