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(3)

 アルガスの中心地区に存在している正規軍の基地。そこからそう離れていない位置に、オズワルド家の屋敷は建っていた。

 広いが、豪奢というよりは堅牢な造り。

 装飾美よりも機能美を優先した建物は、一見すると味気なさを感じさせてしまうものの、それ故に建築家や手入れをする者のささやかなこだわりが各所に見られた。

 そんな屋敷の二階。その隅にある大きな部屋が、レティシアの私室だった。


「……はぁ」


 本の詰まった本棚と、机にベッド。細かな装飾品などは多少あるものの、広さの割に物の少ない、殺風景な部屋。

 飾り気のない、少女の身には大きすぎるベッドに腰掛けて、つまらなさ気に眺めていた本を閉じると、レティシアはため息を吐いた。

 レティシアは、三ヵ月ほど前に一四歳を迎えた少女だ。落ち着いた素朴な色合いのドレスを身に纏い、意志の強さを感じさせる大きな瞳は澄み渡る青色。手入れの行き届いたふんわりとした茶色の髪を、肩の辺りまで伸ばしている。

 本を適当に放って、レティシアはベッドに倒れ込んだ。宙を眺める視界に、電源の落ちた暗い色の魔石灯が映る。

 変わらない日常。

 そんな折に、ドアの向こうからノックの音が聞こえてきた。


「レティシア様。少々よろしいでしょうか?」


 それから聞こえてきたのは、聞き慣れたメイドの声。その声に反応して、レティシアは面倒くさそうに身体を起こす。


「……ええ、入って構わないわ」

「失礼いたします」


 適当に髪を撫でつけながら返す。

 入って来たのは、レティシアにとっては一番馴染みのあるメイドだ。お付きというわけではないのだが、いつの間にやらレティシアの身の回りの世話は彼女の仕事になっている。

 齢がまだ二十ほどと、屋敷に仕えるメイドの中で一番若いせいだろうか。レティシアにとっては数少ない、気の置けない相手だ。


「何か用? 暇を持て余している私に気づいて、お茶でも淹れてくれたのかしら?」

「い、いえ……すみません。紅茶はこの後、すぐにご用意いたしますので……」

「……冗談を真面目に受け取らないで頂戴。私が恥ずかしいじゃない」


 おどおどと頭を下げるメイドに、レティシアはため息交じりの声を漏らす。

 もちろん使用人という立場上、冗談だろうと真面目に受け取らなければならないことくらい分かっている。こんなものは、ただの子供じみた当てつけだ。


「すみません……。あ、それでですね、レティシア様にお客様がいらっしゃっていまして。お目通りの前に、まずは私からご報告をと」


 メイドもそれを分かっているのだろう。もう一度謝りながらも、すぐに切り替えて本題を切りだしてきた。

 その報告に、レティシアは不審げに眉を顰める。


「来客? 約束もなしに、急な話ね。……ま、いいわ。なら、客間に行けばいいかしら?」


 急ではあるが、何であれ暇つぶし程度にはなるだろう。たとえどれほどつまらない相手であっても、代わり映えのしない時間を過ごすよりはマシだ。

 そう考えながらベッドから腰を上げようとするレティシアだったが、それよりも前にメイドの声が割り込んでくる。


「それが……、実は、もうそこの廊下で待っていただいていまして。その、あまり喋らない方みたいなので、私にもよく状況が……」

「は?」


 困惑を通り越して、小さく笑顔さえ浮かべてしまいながらドアを指し示すメイドに、レティシアは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 けれども一拍を置いてから、レティシアは吹き出すように笑いだす。


「ぷっ……あはははっ! もうそこに? 何よそれ、ふふっ……。そう、それは変な奴ね。礼儀知らずだけど、暇潰しにはなりそう。いいわ、通して構わないわよ」

「はぁ、かしこまりました」


 憚る様子も無く、お腹を押さえて笑うレティシアに、困惑とも呆れともつかぬ顔で返して、メイドは一度部屋を出た。

 その間に、レティシアはベッドに手をついて息を整える。

 それから一分ほどして、再びドアが開いた。

 入ってきたのはメイドと、おそらくレティシアの予想していた人物像の中には入ってもいなかったであろう、小さな女の子。

 煤を被ったようなくすんだ灰白色の髪に、薄汚れた外套。ぼんやりとした透き通るような金色の瞳が、レティシアを見つめている。リラだ。

 肩から下げていたライフル銃は、流石に屋敷の娘との面会とあってか、メイドが恐る恐るといった様子で預かっていた。

 部屋に入ってきたリラの姿を見て、レティシアは驚きを隠そうともせずに目を見開いた。


「驚いた……。私に会いに来るのなんて、あれに媚を売りに来た貴族の誰それとかばっかりだったから、今度はどんな高貴なお方が来たのかとわくわくしていたのに。貴女、どこから迷い込んできたのかしら?」


 歌うように楽しげに訊ねるレティシアの声を聞いているのかいないのか、リラは瞳だけを動かして部屋をもの珍しそうに眺める。

 それがひとしきり済んでから、リラはようやくぼそりと口を開いた。


「……依頼を受けてきた」

「依頼? 何のことかしら?」


 その答えに、レティシアの笑みに不審の色が混じる。


「傭兵としての依頼。あなたの護衛と……話し相手、を依頼された。報酬は寝床と食事」


 抑揚のない声でそう告げて、リラは外套の中から紙を取り出して突きつけるようにしてレティシアに見せた。どうやらそれが依頼状らしい。

 リラの隣に居たメイドが、そんな姿を困ったような顔で眺めて、それからレティシアの方へと目を向ける。


「……レティシア様?」

「……依頼……傭兵、ね……」


 リラの説明を聞いた辺りからだろうか、レティシアは顔を伏せてしまっていた。ベッドにおかれた両手が、シーツを力の限り握りしめている。


「……一つだけ聞かせなさい。その依頼とやらは、誰に頼まれたの?」


 顔を伏せたまま、歯の間から絞り出すようにレティシアが聞く。

 大抵の人間なら、異質な雰囲気を感じ取れる怒り交じりの声色だったが、リラは意に介す様子もない。

 その声に、リラはただ、少しだけ頭を傾けてから、


「……確か、准将とかいう人。この屋敷の持ち主だって聞いた」

「──っ」


 分かっているようないないような、曖昧な言葉。

 それを聞いた瞬間、レティシアは思わず、リラを睨みつけるように顔を上げていた。

 それでも大声を上げようと開いた口をどうにか押し留めて、レティシアは努めて静かに言葉を紡ぐ。


「……悪いけれど、出て行って頂戴。そんな依頼、やらなくていいから」

「レティシア様、それは……」

「それは困る。もう依頼は受けた後。やらないわけにはいかない」


 メイドの声を遮って、リラが答える。相変わらずのぼんやりとした口調だが、はっきりとした答えだ。


「……そう。本当に傭兵みたいなことを言うのね。傭兵って職業も嫌いだけれど、それは我慢してあげる。職業で人を判断するのって、馬鹿らしいもの」


 自身を落ち着かせるように、レティシアはそう吐き捨てた。

 けれど、それでも治まらぬというように、レティシアは敵意さえ感じさせる瞳でリラを睨みつける。


「けど、あいつの依頼っていうのだけは聞き逃せない。あいつの依頼で私の護衛? 話し相手? ふざけないで。侮辱にもほどがあるわ」

「レティシア様……。ですが、この方の持っておられる依頼状は確かなもののようですし、主様のご厚意を……」


 そこまで言いかけて、メイドはしまった、というように口を噤んだ。


「厚意? 厚意ですって!?」


 しかしその時には、既にレティシアの怒号が部屋に響き渡っていた。

 ベッドから立ち上がり、レティシアは感情のままに口を開く。


「あの男にそんな意識があるとでも言うの!? 目的のためなら何だってするあの男に! 私の父さんと母さんを殺した、あんな奴に!?」


 捲し立てるレティシアに、メイドは何も返せずに顔を俯かせてしまった。

 そうして重苦しい沈黙を孕んだ空気が流れる中。


「何を言っているのか、よく分からない。分からないことを理由に、帰らされるのは困る」


 リラはそんな空気すら知らぬ無表情で、そう口にした。


「っ、あんたは……っ」


 ともすれば、煽るようにさえ聞こえる言葉。

 けれどもそれは、レティシアの激情に冷や水をかける結果となったらしい。開きかけた口が閉じる。

 それから自身のふんわりと柔らかそうな髪をぐしゃりと掴んで、レティシアは力が抜けたようにベッドに座り込む。そうして俯き加減に、小さくため息を吐いた。


「……ごめん。お茶、淹れて来てもらえる?」

「はい……。かしこまりました、レティシア様。失礼します」


 燃え尽きた炭のような声で呟くと、メイドも申し訳なさげに頭を下げる。

 そうしてメイドは手にしていたライフル銃を、どうしたものかといった様子で一瞬の逡巡を見せてから、ドアの横にそっと置いて部屋を出て行った。

 ドアが閉まると、部屋の中にはレティシアとリラの二人だけになる。

 俯いたまま、レティシアが口を開いた。


「……貴女にも、ごめんなさい。はしたないところを見せたわね」

「別にいい。私に分からなくても、理由があるのなら怒るのは当然」


 何でもないというような、どこかずれても感じられる答えに、レティシアは顔を上げて、ほんの少しだけ驚いた表情を作る。


「何よそれ。普通、初対面の人間が急に怒り出したら呆れ返るものよ?」


 それこそ呆れた様子で、レティシアが言った。

 しかしリラは、その言葉の意味も分からないというように、無表情のまま首を傾ける。

 その仕草に嘘はない。

 レティシアの口から、何ともつかぬ吐息が一つ漏れ出る。


「……そう。貴女、おかしな子ね」

「よく言われる」


 そんな答えにレティシアは、気が抜けたように小さく笑みを浮かべて、それからベッドに倒れこんだ。


「はぁ……。なんだか馬鹿らしくなっちゃった。私の事情で貴女に当たるなんて、筋違いもいいところだっていうのに」


 そうしてだらしなく大の字に寝ころんだままたっぷりと十秒以上、息を整えるようにただ宙を見上げ続けた後、レティシアは改めて起き上がり、リラを見た。


「貴女が受けた依頼は、私の護衛と話し相手、だったわね?」

「うん」

「分かった。私の事情で、貴女を困らせるのも気が引けるし、好きにするといいわ。もちろん、貴女が突然怒り出すような奴のお守りなんて御免だというのなら、無理強いはしないけれど」

「問題ない。引き受けられて良かった」


 そう答えるであろうことは、何となくレティシアにも想像できていた。ぼんやりとした無表情は、けれども思考が真っ直ぐな所為か、驚くほどに分かりやすい。

 レティシアはベッドから立ち上がり、軽くスカートを整えなおしてみせてから、楽しげな笑みを浮かべてリラへと手を差し出した。


「レティシアよ。一応はあの痩せ狐の娘ということになっているけれど、名前で呼んで頂戴」


 レティシアの自己紹介に、リラはレティシアを見上げ、そっと手を握る。


「リラ。……よろしく」

「リラ……、リラね。うん、すごく素敵な名前。貴女にぴったりの名前だわ」


 口の中で確かめるように呟いて、レティシアは柔らかく笑みを深めた。

 そんな言葉に、リラは目の前にいるレティシアでさえ見逃してしまうほど、ほんの微かに目を見開いて、それからカクリと首を傾げる。


「…………よく分からない。けど、ありがとう」


 そうして二人が握手を終えると、丁度タイミングを見計らったかのように部屋のドアからノックの音がして、おずおずとしたメイドの声が聞こえてきた。


「……レティシア様。その、ただいまお茶の準備をしているのですが、どちらへお持ちしましょうか?」

「あら、いいタイミング。……そうね、天気も良いし、バルコニーに用意してもらえるかしら? お茶もお菓子も、二人分お願いね」

「は、はい、かしこまりました。失礼します」


 メイドにお茶を淹れるよう言った時とは打って変わって、明るい調子のレティシアの声に、メイドは驚きと安心が混じりあったような声で返して、コトコトと走り去っていったようだ。

 それが聞こえなくなってから、レティシアは再びリラのほうへと振り返る。


「さ。それじゃあ、貴女の歓迎も兼ねてお茶にしましょうか。付いて来てくれる?」

「うん。ありがとう」


 こくりと頷くリラを見て、レティシアは自然と笑みを浮かべていた。

ほぼ書きあがってはいるので、多少の手直しをしつつ1週間から十日ほどで完結予定です

よろしくお願いします

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