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「あ、リラさん。良かった、まだこちらにいらしてたんですね」


 調理場から出て、レティシアのところへ戻ろうとしていたリラは、廊下の向こうから聞こえてきたメイドの声に振り向いた。

 今日は夕方になるまで、屋敷で軍の呼び出しを待つ以外にないということで、彼女的には一番楽な格好であるボロ布を纏った普段着姿だ。背中にライフル銃まで背負った少女が、屋敷を歩き回っているというのも異質な光景であろうが、それを気にするものがいないくらいには、リラもここに馴染んだということだろう。


「レティシア様の代わりに、リラさんを呼びに来たのですが……、ご用事はお済みですか?」

「ん。レティシアがお腹空かせてそうだったから、お昼の様子を見に来ただけ。問題ない」

「分かりました。実は、軍の方からお呼び出しがありまして。レティシア様が先に、裏口のほうでお待ちになっています」

「裏口……」


 リラはこくりと首を傾げる。今までレティシアと出かける時は、表から出るのが当たり前だったので、裏口の場所など知るわけもなかった。


「はい。屋敷の裏手から出られる出入り口があるんです。人通りのない路地から出られるので、表が混雑している時にはたまに使うんですよ。ご案内しますね」

「うん。ありがとう」


 小さく微笑んでから先を歩きだすメイドに、リラは付いていく。

 一度玄関前まで出て、反対側の廊下へ。そこから使用人たち用の部屋の前を通り過ぎて、さらに奥へと進んだ先にあるドアをくぐる。

 普段はあまり使わなさそうな掃除用具や、雑多な家具が置かれた小部屋だ。こんな場所になど、わざわざ来ようと思わなければ訪れることはないだろう。リラが知らなかったのも当然だ。


「あちらが、裏からの出入り口になります」


 そう言って、メイドは部屋の隅にあるドアを指し示した。

 裏口というだけあって、手入れこそされているものの意匠も何もない木造りのドアはどことなくもの寂しい。

 リラはドアを開ける。微かに軋む音を立てながらドアは開いた。

 そこから伸びる路地は、建物と建物の隙間という感じで、人が二人並んで通れるかどうかという広さだ。街の喧騒もどこか遠く、まさに裏路地という言葉が相応しい。

 いや、それよりも。リラはきょろきょろと辺りを見回した。

 待っているという話だったが、路地にレティシアの姿はない。こんな狭い道で見つけられないわけはあるまい。

 どういうことだろうかと、リラは後ろにいるはずのメイドへと振り返ろうとして。


「──動かないでください」


 後頭部に、硬いものを押し当てられた。その無骨な感触は、拳銃のそれに相違ない。

 そしてリラにかけられた声も、間違いなくメイドのもの。

 客観的にこの場を見ることが出来たなら、リラはメイドに拳銃を突き付けられているという構図だ。

 十秒ほど、沈黙が流れる。


「……何がしたいのか、分からない」


 その時間で何を考えたか、リラが呟いた。

 メイドはカチャリと、両手で構えた拳銃を構え直す。


「私がずっとみんなを、レティシア様を騙し続けていたというだけです。私は最初から、レジスタンスの一員で、この国に復讐するためにここにいて。いつかこうなるだろうと思い続けていた未来が、現実になっただけ。……だから、もう、こうするしかないのなら……、レティシア様を使ってでも、私は、私のやるべきことを果たします」

「そんなことは聞いてない」


 決意を込めるように紡いだメイドの言葉を、しかしリラは一蹴した。

 意にも介さぬ様子で、リラは振り返る。メイドは怯んで一歩後ずさりをしてから、必死に睨みつけつつ、リラの眉間へと銃口を向ける。


「レティシアが危ないのなら、私は助けに行く。でも、あなたが居場所を知ってるなら、教えてもらってからのほうが早い」

「っ、そうさせないために、私がこうしているんです。 貴女に邪魔はさせません! この国に……、あの子を、妹を奪ったこの国に復讐する! それが、私にとって、何よりも大事なことなんです!」


 誰に向けて言い聞かせているのか、メイドは声を荒げた。

 それでも、真っ直ぐにメイドを見るリラの瞳に変化はない。ただいつも通りの、平坦な声が狭い路地に響く。


「あなたには撃てない。撃ったら、レティシアを助けられなくなるから。あなたのやるべきことも、大切なものも、私と一緒。なのに、何でこうしてるのか、分からない」


 レジスタンスであるとか、国への復讐だとか、そんなことはリラにとってどうでもいい。

 リラが危ないのなら、助けに行く。それを当たり前に行うはずの人間が、そうせずに悩んでいる。そんな事実だけが、リラにとって唯一の疑問だった。


「違う……! 私はずっと、あの子を騙して……、いつか必要になる時のために、ずっとそうして……だから、私は……っ!」


 メイドはリラと目を合わせることも出来なくなって、俯いてしまった。その胸中に何を思うのかは、彼女以外には知りえないこと。

 リラを狙う銃口が、苦しげに揺れていた。

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