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「いやぁ、これは出しゃばらなくて正解だな」


 オズワルドとヤトの攻防を眺めつつ、ウィルは呑気にそう漏らした。

 一方的に攻め込んでいるのは、オズワルドの方だ。重く力強い太刀が、けれども変則的な動きでもって、ヤトを様々な方向から襲う。

 対して防戦に回っているヤトであるが、常人ではまともに受けることすら困難であろう剣技を前に、僅かな体捌きと太刀筋だけで流しきっている事実こそ、彼の実力を証明している。

 今のこの二人の間に割って入ったところで、羽虫のように斬り捨てられるだけに違いないと、ウィルは思った。

 しばらくの間は、背後にある階段へと警戒を向けていたが、煙玉の煙が晴れて数分ほどしても、レジスタンスが来る様子はない。おそらくは下の階の制圧を進める兵士たちの対応に追われているのだろう。

 何度目かの打ち合いの後、オズワルドとヤトは互いに後ろへと下がり、間合いを取った。


「ふぅ……やれやれ、全盛期はとうに過ぎているものと高を括っていたが、とんでもない。これでも、腕には自信のあるほうなのだがな」


 構えを僅かに解いて、ヤトが呟く。涼しげな表情ではあるが、その言葉に嘘はない。

 より激しく動いたであろうに、息一つ乱す様子もないオズワルドの姿を前にすれば、そんな愚痴もこぼれ出るだろう。


「ふん。見せかけの殺気のみで、この首を獲るつもりもない者がよく喋る」


 しかしオズワルドにも思うところがあったのか、射竦めるような声を上げた。

 ヤトはそれに笑って返した。


「やはりバレていたか。おうとも。実のところを言えば、俺はレジスタンスの活動に興味はないのでな」

「なんだよそりゃ。だったら邪魔せずに、ここを通してくれよ」


 オズワルドの後ろから、ウィルは呆れ交じりの不満げな声で野次を飛ばす。


「悪いが、俺にも義理というものがある。先ほども言った通り、ここを通さぬのが今の俺の仕事だ。が、今更決死の覚悟で貴殿の首を狙ったところで、この場の情勢は変わるまい。もはや将棋……いや、ここでならばチェスの方が良いか。それで言うところのチェックメイト一手前。となれば残された駒に出来るのは、盤面自体が崩れるような奇跡にでも賭けて、詰みまでの時間を引き延ばすことくらいであろう」

「……ほんとにお前、味方だと頼もしいけど、敵だと面倒くさいな」


 ヤトは良くも悪くも、裏切るという行為をしない男だ。彼が仕事と定めたのなら、それを途中で曲げるということはあり得ないだろう。

 そして彼の守るこの廊下の先にいるのは、間違いなく『暴風の主』セルヴィン・ロウリーだ。もしもその力を行使できるだけの時間をヤトに稼がれたなら、この状況がひっくり返るような事態も、現実的なことではないか。

 苦笑いで悪態を吐くウィルであるが、その内心には僅かな焦りが生まれていた。


「くだらん」


 そんなヤトの言葉とウィルの内心を一蹴したのは、オズワルドの冷たい声だった。

 毅然とした振る舞いのまま、オズワルドは剣を構える。


「貴様の時間稼ぎにこれ以上付き合うつもりはない。退く気がないのなら、押し通らせてもらう」

「ふむ。どのように、と問うのも無粋か。ではそのお手並み、体験させていただこうか」


 言いつつ、ヤトもまた刀を構える。その表情は柔らかいままだ。

 打ち込まねばならないオズワルドと違い、ヤトはただ待ち、迫る太刀をいなすだけでいい。実力が拮抗している中で、その条件の差は大きい。

 オズワルドが距離を詰める。その太刀筋を見切ろうと、ヤトの目が細められる。そして。


「な──っ」


 勝負は、一瞬の内に付いた。

 常人では、いや、傍から見ていただけでは何人であろうと、何が起こったのかは理解できなかっただろう。

 ヤトの刀が、オズワルドの左肩の辺りを貫いていた。

 そして代わりに、ヤトの首元にはオズワルドの握る剣が突き付けられていた。

 オズワルドが寸でのところで剣を止めていなければ、今頃ヤトの首は繋がっていなかったに違いない。

 呆気に取られた表情で、ヤトは生唾を一つのみ込んで、そろりと刀から手を放しそのまま両手を上に揚げる。


「……参った。まさか剣圧だけで『攻めねばやられる』とまで思わされるとは。受け身の姿勢のまま攻めに転じれば、こうなるのも必然だろうに。俺の完敗だ」


 守りの構えを取る身体と、攻めねばという直感に支配された思考。その間に生まれた一瞬の齟齬は、達人同士の打ち合いにおいて致命的な隙となった。

 言葉にすれば、守りに徹するヤトに攻めさせたというだけのこと。しかし罠や細工もなく、ただその身から発する重圧のみでそんなことが成せるものなのか。

 オズワルドは剣を納め、肩に突き刺さった刀を無造作に引き抜く。

 そのまま振り返り、オズワルドはウィルへとその刀を差し出した。


「この刀は貴様が預かっておけ」

「それは任せてもらうが。その傷、大丈夫なのか?」

「急所は逸らした。今は一刻を争う。この程度の傷に構っている暇はない」


 滲み出る血も気をする様子もなく答えて、それからオズワルドはヤトを見る。

 重く冷たい視線から何を悟ったか、ヤトは一つため息を吐いた。


「ああ、貴殿らの想定通り、探している人物はこの先におるとも。どれ、人質役も兼ねて、案内しようか。『暴風の主』の元までな」

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