(28)
最初の一匹を撃ち抜いてから、三分弱が経った。
銃弾はマガジン一つを使い切り、二つ目も三発を撃って残り五発。撃ち込んだ弾丸は全て魔獣の急所を穿っていたが、それでも状況は芳しいとはいえない。
狼の魔獣から少し遅れて、他の魔獣が次々と押し寄せてきていた。
小鬼や猪のような、人間サイズのものが大半ではあるが、少数混じる大型の熊に似た魔獣が特に厄介だ。その攻撃を喰らったなら、堅い城門もそう長くは持たずに崩壊するだろう。
ただ魔獣を始末するだけならば、この数が相手でもやりようはあったかも知れない。
けれども、ここより先に一匹も通さないようにとなると、リラも多少とはいえないほどの無茶をする必要が出てくる。
息を入れる頻度が増えてきた。身体が反応するまでのラグが、大きくなってきたのを感じる。
少し離れた所で熊の魔獣が一匹、城門へと駆けていくのを横目で察知し、リラは背後へと弾丸を撃ち込む。
目測を付ける余裕もなかったが、大きな体躯のどこかしらには当たったらしい。不快げな咆哮と共に魔獣は動きを止めた。
それを確認する間もなく、逆方向から飛び掛かってきた魔獣にナイフを振るう。
刃がギリギリで牙を受け止め、逸らすことに成功するが、その勢いに押されてナイフが手から零れ落ちた。
拾い直すことは無理だと諦め、拳銃による処理に専念する。
無駄弾のないよう、動き回ることをやめて、ゆっくりと後退しつつ一匹ずつ確実に仕留める。
そうしてマガジンに残った最後の一発を、突進してくる猪の魔獣へと向けようとした時。
「っ……」
ようやく背後で、熊の魔獣がその腕を振り上げているのを認識した。
魔獣の動きが予想以上に速かったか、あるいはその動きに気づけないほど反応が鈍ってきていたのか。おそらくは両方だろう。
反撃は間に合わない。それを理解したリラは、銃口を猪の魔獣へと向け続けたまま、咄嗟に左腕で頭を庇った。
引き金を引くと同時に襲うであろう衝撃に備え、リラは身を固める。
──瞬間。熊の魔獣の目に、横合いから矢が突き刺さった。
熊の魔獣が苦悶の雄たけびと共に仰け反り、振り上げた腕は空を彷徨う。
その僅かな隙に、リラは状況を把握した。最後の一発で猪の魔獣は仕留められている。リラは飛び退って魔獣の群れから距離を取った。
「間一髪……どうにか間に合いましたかね?」
焦りの抜けきれない表情で、しかし安堵の声を漏らしたのは、弓を構えた弓兵だった。
「ここからは俺たちの出番だ! これ以上、遅れをとるなよ!」
そのさらに後ろから続々と、剣や盾を携えた兵士たちが現れ、魔獣の群れへと吶喊していく。
その状況はすなわち、リラが果たすべき役割を果たし終えたということだ。
リラはその場で地に片膝をつく。表情には出ないが、流石に疲労も貯まっている様子だ。
そんなリラに駆け寄ってきたのは、先ほどの弓兵と、大きな盾を携えた兵士。
盾を携えた兵士は、リラの身を守れるよう盾を地面に突き刺す。
「待たせてしまって申し訳ない。……だが、よく持ちこたえてくれた。君には、感謝してもしきれない」
「後は、僕らの仕事です。貴女は城門に戻って下さい。救護班も待機していますからね」
盾からちらりと顔を覗かせて、リラは背後を見た。
兵士たちは連携の取れた動きで魔獣を倒していく。数の上では未だ魔獣の方が多いが、それもきっと時間の問題だろう。
である以上、もはや後は彼らに任せてリラは戻ってしまっても、状況に変わりはない。
けれど。
「……問題ない。まだ戦える」
「いや、もう君は充分に戦ってくれた。これ以上、君の手を借りるわけにはいかないさ」
「そうですよ。心配せずとも、ここからは僕らで、ここを守り抜きますから」
そんな言葉を受けながら、リラは立ち上がった。
ゆっくりとマガジンを交換して、盾の影から身体を出す。
「ここにいる理由は、私も同じだから」
果たすべき役割は果たした。それでもこの門を、町を、大切な人を守るために出来ることが残っているのなら。ここで戦わないという選択肢は、取りようがない。
短い言葉で、それを理解したのだろう。兵士たちは互いに顔を見合わせてから、リラへと向けて笑みを浮かべる。
「……そうか。分かった。援軍、重ね重ね感謝する」
「心強い限りですが、これは負けてられないですね」
そう言って、兵士たちは各々に動き出した。リラが保護する対象ではなく、共に戦う仲間となった証だ。
リラは静かに、手にした銃の重さを確かめる。
「十六発。……もう少しだけ、待ってて」
息も落ち着いて、身体も不思議と軽くなった。
出来ることをやって、それから帰ろう。自然と浮かんできた想いを胸に、リラは戦場へと舞い戻っていった。




