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「指揮官! 疑似太陽弾の発射準備、整いました! 合図があればいつでも打てます!」


 その声が上がったのは、報告から四分弱が経過したころだった。


「よし。魔獣の接近はどうなっている?」

「到達まで、残り三百メートルほどかと。間もなく目視でも確認が出来ると思われます」

「分かった。私の声に合わせて発射の合図を送れ」


 手早く指示を行った後、男はレティシアへと顔を向ける。


「間もなく疑似太陽弾を使用します。強い光が出ますので、顔を覆って、下を向いていて下さい」

「わ、分かったわ」


 言われるがまま、レティシアは目を瞑った上からライフル銃を持った腕で顔を覆い、下を向いた。

 それを見届けて、男は宙へと声を上げた。


「総員、閃光に備えろ! 疑似太陽弾、打て!」


 男の声から一瞬も違わず、ひときわ大きな爆音が辺りに響いた。

 微かな光の尾を伸ばしながら、城門から何かが打ち上がり、そして。

 辺りが光に包まれた。

 顔を地に背けてなお白む視界を、リラは数度の瞬きでどうにか持ち直す。

 そうして見上げた空は、快晴。空に残り続ける光の球が、まさに太陽の如く辺りを照らしていた。

 見れば、遠くを飛ぶ黒色をした鳥型の魔獣たちが、突然の光にやられてよろめいている。

 けれども今、リラが相手をするべきは、彼らではない。

 聞こえてくるのは、地鳴りと荒い呼吸音、僅かばかりの奇声。


「っ、魔獣の集団、城門へ到達します!」

「装備の換装と出撃、急げ!」


 まず見えてきたのは、いつか森で出くわした、狼型の魔獣。数は二十匹ほどだ。その足の速さで、先行してきたか。

 リラ、そしてその後ろにある城門との距離は僅か百メートル。

 リラは右足を半歩だけ引いて、姿勢を低くする。

 たったそれだけの予備動作で、リラは駆け出した。

 魔獣にも負けぬほどの素早さで、それでいて蛇のように軌道の読めない疾走。

 一番先頭を行った魔獣は、あるいはその真横にリラがいることも、その頭に銃口が突き付けられていたことにも気づけなかったのではないか。

 銃声と共に、魔獣の身体が吹き飛ぶ。それはリラからの、宣戦布告だ。

 城門を襲えという命令を受けていようと、その命を受けた魔獣に付き従っていようと、関係ない。

 目の前にいるのは圧倒的な脅威であると。これを排除すること以上に、優先するべきものはないと魔獣たちに自覚させるための一撃。


 リラの横をすり抜け、城門へと一直線に駆けようとしていた魔獣たちも、たたらを踏んで身を翻す。

 取り囲まれる形になったが、同時にこれで城門に魔獣が群がることはなくなった。

 こうなれば、後はやるかやられるかの大混戦だ。

 小柄な体躯が、次々と飛び掛かってくる魔獣の隙間を縫うようにして動き回る。

 すれ違いざまに振るわれるナイフが、魔獣たちの身体を掠め、僅かに肉を抉り斬っていく。

 付けられた傷に怯み、動きを止めたが最期、急所を狙いすました弾丸が、その身を貫く。


「一体……何が起こっているんだ……」


 そんな光景に戸惑いを隠せないのは、城門から眺めていた兵士たちだ。

 城門が突破されるか否かという瀬戸際に、地上の状況を確認しようと目を向けた先にあったのが、魔獣の群れ相手に大立ち回りを繰り広げる少女の姿とあっては無理もない。

 返り血を浴びながらも、踊るようにして魔獣を翻弄し続けるリラの姿は、あまりにも現実離れして映って。


「あれは本当に……人間なのか……?」


 そんな呟きが、どこからか漏れ聞こえた。


「っ、ふざけないで!」


 怪物にでも出会ったかのような、恐れ混じりその声を、レティシアが掻き消す。


「リラも人間よ! 私と……私たちと同じ。死ぬことが怖くて、それ以上に死なせることが怖くて、必死に抗おうとしてるだけの普通の女の子なの! そんなリラの想いを、リラが守ろうとしているものを見て! あの子のことを、ちゃんと見なさいよ!」


 幼い身体を使い潰すように戦うリラの姿は、知らぬ者からすれば恐ろしくも見えるだろう。

 けれど、そうしてリラが戦う根底にあるのは、ただ大切なものを守りたいという純粋な想いだ。

 リラは誰よりも優しくて、だからこそ誰よりも強くて。

 それを知っているレティシアが、きちんと言葉にして伝えられたなら。

 その姿は決して、恐怖を抱くようなものではなく。


「彼女の言う通りだ! あの子は今、我々の至らぬ部分を補ってくれている! 彼女もまた、我々が守るべき市民であるにも関わらずだ! この城門を任された我らが、その高潔な意思に報いなくてどうする!」


 その想いは同じく大切なものを、この町を守ろうという兵士たちに、届かないはずがなかった。

 レティシアの言葉と、指揮官の男の声で、兵士たちの顔つきが変わった。


『よし、急ぐぞ! 女の子一人守れなくて何が兵士だ!』

『俺は鎧などいらん! 一秒でも早く出向いて、あの子の負担を減らさねば!』

『彼女は救世主だ! 怪我の一つも負わせてなるものか!』


 各々に自身を鼓舞しつつ、迅速に動き出す彼らの表情には、既に迷いも恐怖もない。

 一瞬の内に変わった様相を、呆気に取られて眺めるレティシアに、指揮官の男は真っ直ぐに頭を下げた。


「失礼をしました。貴女のご友人は、間違いなくこの町の救世主ですよ」

「あ、ありがとう」

「礼を言うのはこちらのほうです。さあ、後は我々に任せて、貴女は一度中へお戻りください。ご友人も、それを望まれているでしょう」

「……そうね」


 これ以上ここにいて、レティシアに出来ること、やるべきことはもうないだろう。兵士たちの様子を見て、それを確信できた。

 ライフル銃を一度、強く抱きしめてから、レティシアはその場を後にした。

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