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(26)

 リラとレティシアは、市内に三つある門の内、正門とされている一番大きな門へとたどり着いた。

 警鐘の後、街中は人影すらなくすっかりと静まり返っていたが、ここは違う。

 日中は開かれている巨大な鉄の門は、今は固く閉ざされている。

 門を取り囲む防壁の上には篝火が灯され、慌ただしく動き回る人影がいくつも見て取れた。

 何より、辺りには絶えず発砲音が響き渡り、非常時であることを否応なく伝えてくる。


「見張りの兵までいないなんて……。全員、城壁の中か上にいるってこと?」


 本来であれば門の内側にも見張りが立っているはずなのだが、見当たらない。

 そして騒々しい音は、どうやら門を構える城壁の上から聞こえてくるようだ。


「……何があったのか、聞きに行く」

「ええ。こっちから上れるわ。付いてきて」


 ともあれ話を聞かないことにはどうしようもないと、レティシアはリラの手を引いて、兵士用の出入り口を通り城壁内へと入った。

 兵士が速やかに配置に付けるよう、入ってすぐの螺旋階段を上っていけば、すぐに城壁の上へとたどり着ける。

 階段を抜け、上部の歩廊へと足を踏み入れた瞬間、籠り反響していた轟音が、鋭く耳を突き抜けた。

 とめどなく鳴り響く発砲音に、鉄の鎧が忙しなく動き回る金属音。そしてそれらを上から覆うように声を張り上げる、兵士の怒号。

 兵士たちは二人一組となり、胸壁の間からライフル銃を覗かせて空へと向けて発砲しているようだ。


「とにかく城壁を越えさせないことが最優先だ! 狙いが定まらなければ威嚇射撃で構わん! 隙を作らず撃ち続けろ!」


 一歩引いた位置で彼らに指揮の声を上げているのは、三十半ばほどのがっしりとした体躯の男。

 鬼気迫る様子の兵士たちは、レティシアとリラの存在にも気づいていない。


「ちょっと、ここで何が起こっているの?」


 レティシアは指揮をしている男へと近づいて、声を張り上げる。

 そこでようやくレティシアたちに気づいたのだろう。男は、目を丸くした。


「な……っ!? 貴女は准将の……何故このようなところに!?」

「後でちゃんと怒られるし、邪魔にもならないようにするわ。とにかく、何が起きてるのかを教えて」


 子どもの我儘であっても、兵士たちにそれを咎めている余裕はない。状況につけ込むようであるが、レティシアにとってはもはや今更だ。

 男は一瞬だけ苦い顔を作ったものの、言って聞くものでもなかろうと瞬時に判断したのか、すぐに冷静な表情へと戻った。


「現在、飛行型の魔獣が十数匹ほど、この城門付近を飛び回っているのです。黒色をしているため、目を凝らさないと見えないかも知れませんが……」


 言われて、レティシアとリラも城壁の向こうを眺める。

 城壁に灯された篝火の範囲外。距離としてはおそらく百メートルは向こうだろう。月明かりにも映らぬ暗闇の中には、しかし確かに、何かが蠢いて見えた。

 その動きが羽ばたきであるとするならば、六十センチほどもある巨大な鳥。それが十数匹も飛んでいるとなれば、この厳戒態勢も頷ける。


「……これは、レジスタンスの仕業?」

「おそらくは。奴ら、銃の有効射程ギリギリの位置を飛び回りつつ、時折攻め込む姿勢を見せてきます。そのような動きは、誰かの指示なしには行えないでしょう」

「だったら、指示してるやつを捕まえれば……」

「そうしたいところですが、視界の悪い中、魔獣に指示を出せる範囲を捜索するには人員が足りません。今は他方からの増援を待ちつつ、魔獣の侵入を防ぐことに全力を尽くしているところです」


 レティシアが考え付く程度のことは、兵士たちも想定していて当然か。

 そんな折、別の兵士が男のもとへと駆け寄ってきた。


「指揮官に報告します! 付近の森から魔獣の群れが迫ってくるのを確認! 数は目算で五十、残り五分ほどでここに到達されるものと思われます!」

「なに!? くそ、我々が空に構っている間に、地上から門を突破するつもりか……。こちら側の増援は!?」

「それが、他方の門も小規模ですが魔獣の襲撃にあっているらしく、こちらへの派兵は、難しいとの連絡が」


 その報告で、いよいよもって男は苦い顔を隠せなくなった。

 五十匹もの魔獣に攻められては、堅牢な城門とはいえ長くは持たないだろう。とはいえ、空を飛ぶ魔獣を抑えるので手一杯の現状で、地上に割く兵力はこの場にはない。

 この状況を、無理やりにでもなんとかするには。


「……レティシア。私が」

「っ、駄目よ! 話を聞いてたでしょ? いくらリラでも、数が多すぎるわ!」


 リラの思考が分かってしまって、レティシアは慌てて止める。

 もしも地上に回せる戦力があるとすれば、それはリラだけだ。しかし如何にリラといえど、それだけの魔獣を相手にしては、無事は済まないだろう。

 それはリラ自身が、良く分かっているはずだというのに。


「でも、それ以外に」

「……分かった。今すぐ、疑似太陽弾の準備に取り掛かれ」


 それでもなお続けようとしたリラの声を遮ったのは、苦い顔をしていたはずの男の声。その表情はすでに、城門の守備を任された兵士のそれへと戻っていた。

 代わりに戸惑いを示したのは、報告をしていた側の兵士。


「なっ、し、しかし、疑似太陽弾の使用には、最低でも准将と領主様の承認が必要では……!?」

「ふっ、駄目でも私の首が飛ぶだけだ。ここに准将がいても、同じ判断をなさる。さあ、急げ!」

「っ、直ちに!」


 笑みさえ作って指示を飛ばす男に、兵士は姿勢と正してから駆け出した。

 それを見送る男に、レティシアが訊ねる。


「疑似太陽弾って?」

「巨大な魔石を加工して作った、特殊な照明弾です。使用すれば、辺り数キロを一時間ほどの間、真昼のように明るく出来ます。闇夜でさえなくなれば、人数を減らしても空は抑えられますから」

「そんなものが……」


 確かにそうして空を照らせたなら、魔獣たちの姿を捉えることも容易になるだろう。

 使用に領主と准将の承認が必要になるほどの、文字通りの奥の手だ。


「間もなく疑似太陽弾を使用する! 各自閃光に備えつつ現状を維持! 疑似太陽弾使用後、本来の銃士隊は上に残し、その他の者は地上戦に向かう! その為の準備も出来る限りしておけ!」

「了解!」


 張り上げられた男の声に、銃声の合間から、それに負けぬほどの声量で返事が来る。


「……魔獣が来るまであと五分。時間との勝負か」


 それを確認して、男は静かに呟いた。

 疑似太陽弾を用意し使用した後、兵士に地上戦の準備をさせて送り出す。それを五分以内に行わなければ、この城門は大きな打撃を受けることとなる目算だ。


「間に合うの?」

「正直に言えば、厳しいです。多少なり、この城門の耐久度を信用し、頼るより他ない状況になるでしょう。……せめてあと数分、時間があったなら」


 レティシアの問いかけに、男は現実的な答えを返した。

 それから男は、安心させるようにレティシアたちへと笑いかける。


「なので、ここは危険になります。お二人は今のうちに街へ戻り、近くの家に避難を──」

「なら、私が時間を作る」


 今度は、リラが男の声を遮る番だった。

 思いもよらぬことだったのだろう。男は目を丸くして固まった。

 代わりに、レティシアが声を上げる。


「リラ、さっきも言ったけど、いくらリラでも数が……」

「大丈夫。時間を作るだけなら、私でも出来る」


 あくまで目的は、兵士たちが準備を終えるまでの時間稼ぎ。魔獣を全てリラ一人で撃退するよりは、はるかに容易だろう。

 しかしそれは、あくまで比較の話だ。どちらにせよ、兵士が来るまでの数分間、五十匹もの魔獣をリラ一人で相手をしなければならないことに変わりはない。

 どう返すべきか悩むレティシアに、リラは肩から下げていたライフル銃を下ろして、レティシアへと掲げる。


「……信じて、待ってて」


 リラの目が、真っ直ぐにレティシアを見た。

 感情の読み取れない透き通った金色の瞳は、けれどもレティシアには疑いようのないものであって。

 結局、小さなため息を一つ吐いて、レティシアは渡されたライフル銃を受け取った。


「分かったわよ。……ちゃんと、無事で戻ってきてね」

「うん。行ってくる」


 頷いて、リラは当たり前のように城門から飛び降りた。

 二、三度、城壁の僅かな窪みに足をかけ勢いを殺しつつ、リラは軽々と着地する。


「な……あの子は、一体……」


 それを傍から見送った男は、呆気にとられた様子で呟く。そんな感想がこぼれるのも無理はない。

 その横で、レティシアは手渡されたライフル銃を抱きかかえたまま、じっとリラを見下ろす。

 リラは一度だけ短く、意識して呼吸をした。

 それから、腰に下げた得物を取りだす。右手には拳銃、左手にはナイフ。


「三十二発」


 拳銃の弾丸は、既に装填されているものに加えて、替えのマガジンが三つ。全て合わせても魔獣の数には足りないが、やるべきことは変わらない。

 手にした得物を構えることもなく、ただ静かに佇むその姿は、けれども何者をも拒むような、冷たい空気を纏っていた。

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