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 会議からさらに一週間が経過した日の夜。オズワルドの屋敷にて。

 それはレティシアとリラがダイニングで夕食を食べ終え、食後のお茶をメイドが用意してくれるのをのんびりと待っているころのことだった。


「もうそろそろ、このお屋敷で出せる料理も出つくす頃かしら? リラは、何か気に入った料理はあった?」


 その間の時間つぶしにと、レティシアはそんな他愛ない疑問を投げかけた。

 レティシアがリラの過去を聞いてからは、もう十日ほどが経っている。

 リラの過去を知り、リラの抱えているものを知ったレティシアであるが、それによってリラとの関わり方に何か変化があったわけではない。

 リラはレティシアの護衛であり、話し相手。ただその関係性の中に、それ以上の確かな繋がりが出来ていた。そのことが分かったというだけで、充分だ。


「……どれも豪華だったから、どれでも」


 リラの方も、そこまで深く考えているかは定かでないが、今までと変わらぬ調子でレティシアと接している。

 そんなわけで、レティシアとしてはこの十日間もこれまでと変わらぬ日常であったが、その周囲は少々慌ただしげな様子に感じられる。


「そう。ま、好き嫌いがないのは良いことね。ウィルは忙しいみたいだし、せめてリラには、美味しいものを食べてもらわないと」


 特に忙しそうなのはウィルだろう。先のレジスタンスによる村への襲撃に際しての対応が評価されたのか、検分の立ち合いをしたり会議に招集されたりとあちこちに駆けまわっているのが、傍からでも見て取れた。

 最近は屋敷に戻ってくることも疎らで、今日も朝早くに出かけたきり、帰ってくる様子はない。

 軽口も少なく仕事に励む姿は不安にもなるが、真面目にするべき時は真面目なのがウィルの良い所だろう。


「レティシア様、リラさん。お待たせしました」


 そんなことを考えているうちに、メイドがお菓子や紅茶のセットが乗ったカートを押してキッチンから戻ってきた。

 どうあれ、ウィルや軍の人間が頑張っているからこそ、こうして平穏な日常を送ることが出来ているのだ。

 そのうち落ち着いたなら、何か美味しいものでも用意してやろうと、そんな風に思った時。


「──え?」


 遠くから、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。

 街中に聞こえるよう、いくつもの鐘を同時に鳴らしているのだろう。音が重なり合って、身体が揺すられるような振動さえ伝わってくる。


「警鐘……?」


 それは一年に一度、訓練と動作確認のために鳴らされる警鐘と全く同じだった。

 そして今はその時期ではない。となれば何かしらの緊急事態が起こったということだ。

 当然のように思い起こされるのは、レジスタンスの起こしたこの前の騒動。


「……鳴らし方からして、屋内への避難指示ですね。となると、火事などではなさそうですが」


 メイドは呟くようにそう言って、それからレティシアへと目を向けた。


「ひとまず、レティシア様とリラさんはお部屋にお戻りください。状況が分かりましたら、報告に伺います」


 意外にも落ち着いた様子で、メイドは的確にそう促す。

 きっとそれが正しい対応なのだろう。けれど。

 レティシアはちらりとリラの方を見た。少しだけ目が合って、それからリラはこくりと頷く。


「……そうね。じゃあ、少し早いけどおやすみすることにするわ。明日になったら、何があったか聞かせてちょうだい」

「かしこまりました。それでは、おやすみなさいませ」

「ええ。おやすみ」


 静々と頭を下げるメイドに笑いかけて、レティシアは席を立った。

 リラと共になるべく自然な仕草で二階まで戻り、周りに人影がないことを確認してから自分の部屋へと入る。

 薄暗い部屋の中、ドアに背を預けてレティシアは吐息を一つ漏らす。


「……行くんでしょ? リラ」


 一応の確認として、リラに訊ねてみる。

 警鐘が鳴らされた原因は定かでないものの、このタイミングでの緊急事態など、レジスタンス絡みとしか思えない。

 リラもまた、同じことを考えているのだろう。頷いて、部屋の脇に置かれているリラの荷物へ眼を向けた。


「うん。……私も、やれることはやらないと」

「そう。でも、どこで何が起こっているかが分からないわ。この町を全部見て回るのは大変よ」

「門に向かう。多分、外からの襲撃だと思うから。もし違っても、話が聞ける」


 迷いの無い声だった。

 リラは一瞬だけ視線を逸らしてから、呟くように続ける。


「……本当なら、レティシアはここに居るべき」


 レティシアがリラの思考を理解していたように、リラもまた、レティシアの考えていることはお見通しだったらしい。

 リラの言う通りだ。レティシアが付いて行って、何が出来るわけでもない。この前のように何も出来ず、ただ周りに迷惑をかけてしまうだけだろう。

 それは、分かっている。


「……それでも。私は知りたいの。レジスタンスが、あいつらが正義という行いが、どんなものなのか。それが何を招くのか。そうすれば、私は……」


 理解を得るために言葉を続けかけて、しかしレティシアは口を噤んだ。

 それから少しだけ考えて、レティシアは静かに首を振る。


「……いいえ。これは理屈の話ね。もちろん、そういう思いもあるのだけれど、今はもっと、シンプルな理由があるわ」


 レジスタンスがどうだとか、正義がどうだとか。そういったことも、今は二の次だ。

 今のレティシアにとって、一番大事なこと。自身を突き動かすものがあるとすれば、それは一つしかない。


「私は、私の知らないところで、リラに傷ついて欲しくない。貴女が戦うのなら、私はそれを、きちんと見届けたい」


 リラが危険な目に遭うかも知れないというのに、自分だけ安全なところで待っていることなど、出来るわけがないのだから。


「我儘」

「……そうね。これがただの我儘だっていうのは、分かってる」


 それはレティシアの感情の問題であり、リラにとっては無用の我儘に違いない。

 そんなことは理解できているはずなのに、レティシアの中には、退くという選択肢は浮かんでこない。

 ガラス玉のように透き通った瞳で、リラはレティシアを見つめてくる。

 それから静かに、瞬きを二回。

 その仕草が表すのは呆れか、あるいは怒りだろうか。


「……でも、うん。レティシアが傍にいてくれるのなら、心強い」

「え……?」


 そんな風に思っていたからこそ、その返答はレティシアにとって予想外のものだった。

 けれどリラは気にする素振りもなく、レティシアから視線を逸らして、部屋の隅に置いてある荷物の方へと向かう。


「急いで準備しないと。多分、あんまり時間がない」


 話し合いの時間は終わりだというリラの仕草は、それ故に先の言葉が諦めや気休めからではなく、真に思ったままを伝えただけであると言っているようで。

 なればこそ、余計な確認なども不要だろう。


「……ええ。行きましょう」


 レティシアは、ただ小さく頷き返した。

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