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(2)

 テイルノート王国のほぼ最西端に位置している町、アルガス。

 この付近にある町としては人口、規模ともに最大のもので、隣国から王都へと向かう際にはほぼ間違いなく立ち寄ることになる町だ。

 元々の気候も良く、辺りに点在している農村で得られる畜産物だけでも収益としてはそれなりのものだが、それに加えて交易の要所。テイルノートにとっては重要な都市の一つと言えるだろう。

 だがここ数ヶ月、アルガス周辺では問題が起こっていた。それも、武器と兵士を必要とする問題だ。

 いかに要所といえど、情勢が不安定になれば交易商も避けて通るようになってしまう。アルガスを避けるだけならまだしも、中継地点が確保できなくなった結果、王都との交易自体が滞るようにでもなってしまえば、テイルノートにとっては大打撃だ。

 そして、そういう場所は得てして、傭兵という人手が求められる。

 ウィルとリラがアルガスを目指していたのも、傭兵としての仕事のためだった。

 アルガスは地方都市にしては珍しく、中規模とはいえ基地と軍隊が存在しているという話だったが、それでも戦力は多ければ多いだけ良い。傭兵としての身分を明かし、きちんと許可が下りれば仕事には事欠かない。……はずだったのだが。


「許可できないな」

「……はい?」


 ウィルはその最初の一歩で躓いていた。

 森を抜け、予定通り昼を過ぎた頃にアルガスへと辿り着いたウィルとリラは、アルガスの町をぐるりと囲う、砲撃でさえビクともしそうにない堅牢な壁の下、大きな両開きの門の前で、衛兵による入門審査を受けていた。

 簡単な手荷物検査と、入場理由の開示。傭兵としての身分を明かすための紹介状の提示。それなりの都市に入る際には必ずこなす検査を一通り終えて、後は許可を待つだけ、と思った矢先に、衛兵から言われたのが先の言葉だった。

 入国検査や入門検査はもう何度もこなしてきたが、こんなところで足止めを喰らったのは、初めての経験だ。


「いやいや、まあ待て。手荷物も身分もちゃんと検査したじゃないか。ここで駄目と言われる理由が、俺にはさっぱり分からないんだが……」

「ふん。お前の申告では、そこの子どもは傭兵仲間ということになっているが?」


 不遜な声を上げる衛兵の視線の先には、話を聞いている様子もなく、目の前の巨大な壁をぼんやりと見上げるリラの姿があった。

 ウィルは合わせるようにチラリと視線をリラへと向けてから、衛兵へと向き直って笑顔を作る。


「そりゃ、同業者なんだからそう書くだろう?」

「ふざけるな! こんな幼い子どもの傭兵がどこに居る!?」

「……んー、やっぱそうなるかぁ」


 衛兵からの至極もっともな怒号に、ウィルは小さく頭を掻いた。


「大方、余分に税のかかる小間使いか奴隷扱いになるのを避けるために同業と申請したのだろうが、誤魔化すにも限度がある。どうしても傭兵として通りたいのなら、その娘の紹介状も提示するんだな」


 傭兵が国や主要な都市に入る際には、基本的に紹介状が必要になる。

 貴族やその知人といった、それなりの身分の人間から直接受けた依頼をこなしたり、一番多いのは戦争に参加して生き残るというパターンだろうか。ともあれ傭兵として何らかの功績を立てれば、紹介状を発行してもらえる。

 そしてまだ功績を立てていない、つまり紹介状を持っていない駆け出しの傭兵の場合は、紹介状を所持している傭兵仲間がその身元を証明する場合が多い。

 その意味で言えば、ウィルの行動は何も間違っていないのだが、とはいえリラの姿を見て不審に思う衛兵の考えもまた、当然だった。


「そう言われてもなぁ……。無いものは出しようがないわけで」


 リラと旅をして回るようになって数ヶ月ほど。こなした仕事は村周りの魔獣退治や農作業の手伝いが大半だ。それなりに大きな仕事もあるにはあったが、貴族や領主といった人間に繋がれるほどのものではない。

 テイルノートに入る際も、商人の護衛という形でまとめて通過したので、リラの紹介状を手に入れるという考え自体が頭から抜け落ちていた。


「……ちなみに、実は兄妹ですってので通ったり……」

「見た目によっては、血縁証明書の確認を省略することもあるだろうがな」


 つまりは無理ということだ。ウィルとリラが並んでいるのを見て、兄妹だと判断する者もそうはいまい。


「書類がないのであれば、小間使いか奴隷として申請し直せ。その扱いなら通行を許可しよう」


 衛兵としても、昼過ぎの穏やかな時間をこんなやりとりで潰すのは本意ではないのだろう。呆れ交じりの声でそう提示してくる。

 ウィルは考え込むような呻き声を上げつつしゃがみ込んで、リラと目線を合わせた。


「あー、リラさんや。聞いてたと思うが、なんでも小間使いか奴隷としてなら通してくれる、って話なんですよ」


 わざとらしく低姿勢なウィルの言葉に、リラはしゃがんだウィルを見下ろしつつ、しばらく考えるように黙って、


「……ウィルが小間使いなら、問題ない」

「ぬ、そう来るのか。……うーん、妙案だとは思うけれども、それだと今度は、俺が傭兵として仕事を受けられなくなっちまう」

「私、ウィル二人分は働く」

「いやぁ、いくらなんでも二人分は無理だろう。一人半くらいじゃないか?」

「余裕」


 言っていることはともかく、譲る気はないらしい。こうなるとリラは頑なだ。


「……これは、どうしたもんかね……」

「そこで何をしている?」


 ウィルが本格的に困り顔を浮かべだしたそんな時。門の方から声が聞こえてきた。

 低いが、良く響く声だ。十数メートルは離れているというのに、身体の芯から静かに威圧されるかのような声だった。


「お、オズワルド准将!?」


 門の方へと振り返った衛兵の、驚きと怖気の混ざった声に、ウィルも立ち上がってそちらへと目を向ける。

 やって来たのは、漆黒の軍服を身に纏った壮年の男だった。

 血色の悪い土気色の肌に、細く冷ややかな目。一見して抱く印象は、穴倉から獲物を求めて顔を覗かせる蛇だ。

 すらりと背の高い身体はそれ故に痩せても見えるが、実際のところは引き締まっている、という表現が適切なほどに無駄がない。だが、だからこそ、その冷徹な風貌と相まって這い上がるような重圧を覚えさせる、そんな男だ。


「……たかが二人の通行許可に、随分と手間取るものだな」


 男、オズワルドは重厚な低い声でそう言いながら、衛兵をじろりと見る。


「も、申し訳ありません、准将! こちらの者たちの申請に、その、少々不備が見受けられまして。念のため、確認が必要だと判断していた次第でございます」


 たったそれだけのことで、衛兵は完全に委縮してしまったらしく、蛇に睨まれた蛙のように固まりながらそう答えた。


「不備だと?」


 その答えに、オズワルドは視線をウィルの方へと向けた。

 見定めるような、見透かすような視線。

 それ受けながらも、ウィルは緊張を感じさせない笑みを浮かべて口を開く。


「オズワルド准将……。七年前の戦争の立役者、クレイグ・オズワルドか? まさかこんなところで会えるなんて、思ってもなかったよ」

「いかにも、私がオズワルドだ。……貴様は傭兵だな。昨今の情勢を聞きつけてやって来たか」

「そんなところだ。手が足りてないんじゃないかと思ってな」


 その声には答えず、オズワルドは再び隣に居る衛兵を見た。


「申請の不備というのは何だ?」

「はっ。それが、この者の申請によるとこちらの……子どもも、傭兵ということになっていまして。税を逃れるための虚偽ではないか、と」

「……子ども、か」


 呟いて、オズワルドはリラを見下ろした。見上げるリラの視線と、真っ直ぐにぶつかる。

 沈黙の中一瞬だけ、オズワルドの冷ややかな目が、さらに細められたような気がした。

 それからオズワルドが口を開く。


「……貴様、何故傭兵などしている?」


 侮蔑を隠そうともしない口調。

 泥に沈むような重い声と、それに負けぬほどの高圧的な視線を受けながら、リラは臆する様子もなく小さく瞳を揺らして、それからすぐにぼそりと答えた。


「……私には、それが出来るから」

「そうか」

「ぐっ──!?」


 瞬間、金属音と共に風が舞った。

 オズワルドの腰に差されていた剣が、いつの間にかウィルの首元へと振るわれている。

 ウィルが咄嗟に引き抜いた短刀が、それを寸でのところで受け止めていた。音も動きも、気配さえも感じさせない一太刀だった。


「え……じ、准将!?」


 二拍ほど遅れてから、衛兵が驚きに満ちた声を上げる。

 一介の衛兵とはいえ、戦闘訓練を積んだ人間の反応が、オズワルドの剣にはまるで追いついていなかった。


「っ、おいおい……。准将ってのは、いきなり他人に刃物を向けんのも許されるのかよ」


 微かに冷や汗を掻きつつ、それでもウィルは笑顔を浮かべて悪態を吐く。

 しかしオズワルドは、ウィルなど眼中にもないというように顔を逸らして、リラの方を向いた。


「なるほど」


 その視線の先には銃口がある。外套の中から伸ばされたリラの小さな右手には、拳銃が握られていた。その人差し指は引き金に伸ばされ、後はそれを引くだけで、弾丸がオズワルドの身を貫くだろう。

 無骨な鉄の塊を手にしながらも変わらず無表情なリラの瞳には、けれども微かな敵意と警戒の色が浮かんでいる。

 それを確かめて、オズワルドは小さく口角を吊り上げた。身体の力を抜いて、ウィルの首元に突きつけた剣を下ろす。それに合わせてリラの人差し指が引き金から離れ、右腕がゆっくりと下ろされる。


「構わん。申請はそのまま通せ」


 剣を鞘に収めて、オズワルドは衛兵へと命令する。


「しかし……」

「ふん。飼い主に噛みつける牙を持った奴隷もそうは居まい。早急に済ませ、仕事に戻れ」

「り、了解しました!」


 衛兵は姿勢を正して敬礼をすると、逃げるような調子で門の方へと走り去っていった。

 それを見届けてからオズワルドは、短刀をしまい小さく息を吐いているウィルへとその目を向ける。


「……手が足りていないのではないか、と言ったな。確かに今のアルガス周辺は、我が軍だけでは手が足りぬ状況だ。傭兵の仕事も、軍の指揮下に付くという条件に従う限りは保証しよう」

「はは、准将は剣に劣らず、話も早いな。怒るべきか感謝するべきか、戸惑っちまう」

「貴様の感情の行き場など知ったことではない。必要な手であれば、何であろうと使うまでのことだ」


 ウィルの軽口に、オズワルドは静かに答えた。

 しかしそれから続いたオズワルドの言葉は、リラに向けてのものだった。


「……だが、それでもその娘に、正規の仕事を与えるわけにはいかんな」

「………………」


 短くも有無を言わさぬその声に、リラはほんの微かに目を細めた。

 いつも無表情で、ぼんやりと視線を浮かべているリラだが、不機嫌だけは少しだけ表情に出る。外套の中に隠された右手が、一度は収めた拳銃に触れた。

 それを冷ややかな目で眺めてから、オズワルドは構わず背を向けて歩き出す。


「来い。貴様らにそれぞれ仕事を割り振る」


 リラの右腕を、ローブの上からウィルがそっと抑える。

 静かな瞳で見上げると、ウィルは苦笑交じりの顔でリラの頭をポンポンと叩いて、オズワルドの背を眺めた。


「……やれやれ。行くぞ、リラ」

「…………うん」

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