(23)
村が魔獣の群れに襲撃されてから、三日が経った。
「……市内の混乱は、おおよそ想定内といったところか」
「はい。我々への抗議や不信の声も上がってはいますが、現状ではそれ以上の大きな騒ぎへと発展しそうな動きは見られないかと」
レジスタンスの目論見通り、襲撃に関する情報はすぐにアルガス市内に広がった。
町のすぐそばにある村での事件ともなれば当然、市民には不安や混乱の様子も見られたものの、人的被害が怪我人だけに留まったこともあってか、表に見られる範囲での騒ぎは最低限に抑えられているように感じられる。
そんな折、ウィルは軍内部での報告会議に呼び出されていた。
広々とした室内にはオズワルド准将をはじめ、十人ほどの軍人の姿が見られる。
襲撃の場に居合わせたとはいえ、一介の傭兵がこんな場に招集されるなど、それなりに信頼を得られた証拠だろうか。などとウィルは呑気な事を思った。
会議室の一番奥に座るオズワルドは、小さく頷いてから口を開く。
「魔獣を操っていた男の聴取はどうなった?」
「当人は未だ有益な情報を口にしていませんが、男の訛りや断片的な情報から身元の特定は出来ました。元はリトシアの王都で庭師をしていた男で、リトシアの貴族や王族とも親交があったようです」
軍人の一人が、そう報告を口にすると、今度は別の若い顔をした軍人が手を上げて発言の意志を示した。
「それに関連して、男と親交のあった有力者の消息を洗い直したところ、一部の死亡報告書に偽装工作が行われている可能性が出てきました。現在確認作業を進めていますが、仮に偽装があった場合、元リトシア宮廷魔術師のセルヴィン・ロウリーの生死、及び消息が不明となります」
「セルヴィン・ロウリー。……『暴風の主』か」
オズワルドが静かに漏らした声に、周囲が僅かに騒めく。
それを傍目に見つつ、ウィルはこっそりと隣に座る青年に声をかけた。あまり無駄話をするものでもないだろうが、情報を知らぬまま話が進むのは困る。
「その、セルヴィン・ロウリーってのは?」
「先の戦争で活躍した魔術師の名前です。風を自在に操り、テイルノート軍を圧倒したことから『暴風の主』という異名で恐れられていました。彼が居なければ、先の戦争の終結も数ヶ月は早まったはずだと言われています」
「なるほど。それは大物だな」
「はい。報告では、セルヴィンはテイルノート軍による五度目の侵攻作戦の際、砲撃による爆発に巻き込まれ死亡したとされていたのですが……」
仮にそれが虚偽で、本当は未だどこかで生きているのなら。
宮廷魔術師ともなれば、貴族と同等か、それ以上の私財を持っていてもおかしくはない。あるいは隠し持っていたそれを用いて、レジスタンス活動を支援しているという可能性も充分に考えられる。
当然、現状では未だ可能性の話ではあるが、それは決して無視出来ない事柄だろう。
たった一人で、戦争を数ヶ月長引かせられるほどの力を持つ。それが魔術師という存在だ。
もし本当にセルヴィンという名の魔術師が生きていて、レジスタンスを支援していたとしたら。資金力や求心力というだけではない、純粋な武力としての脅威にもなり得るだろう。
「確認にはどれほどの時間を要する?」
「五日ほど、期間を頂ければ」
「そうか。ならばその間は確認作業に専念せよ。正確な情報が分かり次第、速やかに報告するように」
「はっ、了解しました」
「続けて、村を襲った魔獣の調査報告を行ってもらおう」
その返事で充分だと、オズワルドは報告を行った軍人から視線を戻して、話を進めだした。
その声で、今度はウィルの隣に座っていた青年が挙手と共に話し出す。
「はい。村の襲撃に使用された魔獣はほとんどが野生のものでしたが、死骸の中に三匹ほど調教の跡が見られる個体があったため、こちらにいる傭兵のウィル氏の立ち合いの元、調査を行いました」
周りの視線が自分へと向けられるのを感じて、ウィルは小さく会釈を返した。
魔獣に関する知識は多少持ち合わせているので、いくつか簡単に助言をしただけだったのだが、それなりに役立てたらしい。
「発育状況や体毛の付着物、胃の内容物などから調教が行われていたのは森林付近、かつここから南方に離れた地域であると推測されます。そしてこの条件で隠れ潜みつつ、魔獣の調教を行える土地の調査行ったところ、該当し得る土地は四ヶ所。いずれも私有地でしたので、他部署に別途調査を依頼しました」
「その調査報告についてはこちらから」
青年の報告を引き継いで、今度は女性の軍人が声を上げる。
「先の報告にあった四ヶ所はいずれも貴族の別荘地として所有されていましたが、一ヶ所。五年ほど前に複数の商人が共同で購入し、貴族の手を離れたものがあります」
女性の言わんとしていることが何となく察せられて、ウィルはオズワルドの方を見た。
オズワルドは眉一つ動かすことなく、続く言葉を待っている。
「そこからこの商人たちについて商業ギルドに確認を取ったところ、その全員が最低限の活動記録しか残っておらず、ほぼ商人としての実態がないことが判明しました。私見ですが、こちらを優先してさらなる調査を行うべきかと存じます」
「……そこが、レジスタンスの拠点となっている可能性があると?」
「現状での断定は危険とはいえ、無視は出来ないものかと」
そう締めくくられた女性の話は、おおよそウィルの予想通りのものだ。
そこがもしレジスタンスの拠点であるならば、事態は大きく動くことになるだろう。
しばらくの間、辺りに重たい沈黙が流れる。この先の行動を決定付けるオズワルドの一言を、皆が待った。
そうして、オズワルドは口を開く。
「……状況は把握した。各員は一度、所定の作業へ戻るように。本件に関する方針と、その人員編成は私が行い、近日中に指令を出すこととする」
重要な局面にして告げられるものとしては、随分と普遍的な命令。
けれどもこの場に集った軍人たちは、それに困惑を示す様子もない。
そこにあるのはオズワルドの言葉に対する絶対の信頼であり、それこそがオズワルドが軍人として積み上げてきた功績の証であった。




