(22)
「……その後は、話すほどのことはない。また牢に入れられて、でもそれから食事が運ばれてくることもなくなって、そのうちにウィルが来た。ウィルに連れ出されたから、ウィルと同じ傭兵をすることにした。それだけ」
「それだけ、って……」
本当に、ただそれだけのことだというように淡々と、リラは話を終えた。
レティシアはシーツを握りしめていた手を放して、しかしどこへやることも出来ずにベッドの上に置きっぱなしにする。
それは、レティシアの現実からはあまりにかけ離れていて、理解の及ばない話。
それがリラの生きてきた現実なのだとしたら、あまりにも。
「……ごめんなさい。私の我儘で、貴女に辛いことを話させた」
そうなることは分かっていたというのに、レティシアはそう言わずにはいられなかった。
「……辛いこと」
返ってきたリラの反応は、小首を傾げるというものだった。
「別に、私は何も辛くない。私は生き延びられたから。辛かったのはきっと、死んだあの子」
いつも通りの声で、感情の見えない声で、リラは言う。
それは強がりでもなく、きっとリラの本心からの言葉なのだろう。
けれどもそれが本心であることと、事実であることは、決して同一ではないことが、今のレティシアには分かる。
そうしなければ崩れていってしまうような気さえして、レティシアはリラを抱きしめた。
「それは違うわ。大切な人を亡くすことが、辛くないわけない。悲しくないわけないじゃない……」
たとえ自分で自分の感情を上手く理解できていなかったとしても、だからといって心に抱くものが何もないなど、あり得るはずがない。
「だから貴女は、その子を撃てなかった。だから、その子は自分で自分を撃ったのよ。目の前にいる子が大切だったから、生きていて欲しかったから。そうなんでしょ……?」
どうして、こんなにも胸が苦しくなるのか。
レティシアが泣くことじゃない。リラがその時抱いたであろう感情は、リラだけのものであって、それを表現できるのも、していいのもリラだけのはずなのに。
それなのに。それでも抑えきれない感情が沸き上がってくるようで、レティシアはリラを強く抱きしめる。
「……レティシア、痛い」
「……ごめんなさい」
リラが無感情に抗議の声を上げる。
けれどレティシアには、こうすることしか出来なくて。
リラは、されるがままレティシアに身を預ける。
「レティシアが、謝ることじゃ……」
言いかけたリラの言葉が途切れた。
レティシアに抱きしめられたまま、視線を宙に漂わせる。
「……私は」
そのまま、ポツリとリラが口を開いた。
「私は、レティシアに話せてよかった。あの子の……リラのことを、レティシアに知ってもらえて。それに、レティシアが、多分……私の代わりに、泣いてくれて」
「ぇ……」
そうして紡ぐリラの言葉は、なんだか少しだけ、いつものリラとは違う気がして。
「本当は、私がそうするべきなんだと思う。でも、私には……。あの時何を感じたのかも、今、何を感じているのかも、何も……分からなくて」
口癖のようにリラの口から出てくる、分からないという言葉。
リラの話を聞いた後となって、レティシアにもようやく、その言葉が言葉通りの意味だけを含んだものではないということが、理解できた。
リラの分からないという言葉は、自分の感情が分からないという事実であると共に、それを分かりたいという、リラなりの苦悩が現れ出たものだったに違いない。
「だから、それをレティシアが教えてくれて。今の私には、出来ないけれど……、きっと、そうしたかったんだろうって、思えたから。だから、ありがとう。……でも」
そうして、リラは優しくレティシアの腕を解いて、身体を離した。
くしゃくしゃになったレティシアの顔と、表情のないリラの顔とが真っ直ぐに向かい合う。
その瞳は、どちらともが揺らいで見えた。
「やっぱり、レティシアがそんな顔をしているのは……、困る」
レティシアにはその声が、必死に絞り出した叫び声のように聞こえた。
レティシアが泣いてくれたことも、それによって自分の感情の表し方を知れたことも、リラにとっては非常に大きなものだっただろう。けれど。
「私は、きっと……、レティシアには笑っていてほしい、んだと思うから。それがきっと……今の、私の気持ち」
「……リラ」
それ以上に、リラの心を占めた思いが、それだった。
その理由も、原因も、レティシアにはすぐに分かった。
自惚れとは思わない。それはレティシアも同じく抱いた気持ちで、それを否定などしていいわけがない。
大切な存在には笑顔でいてほしい。そんなことは、当り前のことなのだから。
「……ズルいわね。そんな風に言われちゃったら、笑顔にならないわけがないじゃない」
そう言って、レティシアは笑った。
それを見つめるリラの無感情な顔も、レティシアには柔らかな色を含んでいるように感じられた。




