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「男は一時的に、ここに幽閉している」


 案内されたのは、民家の隣にある納屋だった。この辺りは魔獣の襲撃による被害が少なかったのか、納屋自体に損壊は見られない。

 オズワルドに続いて、レティシアたちも中へと入る。

 木と埃の匂いが漂う屋内では、二人の兵士が見張りをしていた。


「准将。何かございましたか?」

「少しばかりこの男に用が出来た。お前たちは外での見張りに切り替えよ」

「はっ、了解しました」


 オズワルドの指示に些かの疑問も挟むことなく、兵士は納屋を出て行った。

 兵士の二人が居なくなったことで、背の低いリラやレティシアにも、その奥に座り込んでいる男の姿がようやく目に入った。


「准将? いやぁ、驚いたな。まさか、かの有名なオズワルド准将が、私のようなものの前に現れるとは」

「……この……人、が……?」


 レティシアの口から声が漏れ出る。それは放心にも似た呟きだった。

 無理もない。思わず目を疑ってしまうほどに、目の前にいる男は『普通』なのだ。

 歳は四十にいかないくらいだろうか。短く切られた髪と、もみあげから顎へと生えそろった髭。

 大柄な体躯ではあるが、明らかに武人ではない。纏っている雰囲気が、オズワルドやウィル、リラのものとは明らかに違う。

 穏やかな表情、暖かな雰囲気。手足を縄で縛られ、座らされているというその状況がまるで似合わぬほどに、その男は普通の人であった。

 そんな男の、のんびりとした笑顔には目もくれず、オズワルドは踵を返す。


「後は好きにしろ」


 それだけを告げると、オズワルドは我関せずといった面持ちで納屋を出て行った。

 残された男はそれをため息交じりで見送って、それからようやくレティシアやリラの存在に気付いたのか、きょとんとした表情を浮かべる。


「おや、君たちは……。一体どんなご用かな? 私のような者とは、あまり関わらないほうが良いと思うけれど」

「え、あ……」


 ゆったりとした口調は、それだけでレティシアの意気を削いでいく。

 本当にこの男が、村を襲ったというのか。村人の誰かが間違えられて、こうして縛られてしまっているのではないか。そんな発想さえ浮かんでくるほどに。

 それでもどうにか気を保って、レティシアは小さく口を開いた。


「……貴方が、この村を魔獣に襲わせたの?」

「ん? ああ、そうだよ。魔獣を三匹ばかり手懐けてね。その辺にいる野生の魔獣を引き連れて、この村へと向かわせたんだ。私は魔獣に指示を出せるギリギリのところに居たから、上手くいけば逃げられると思っていたんだけれど……、いやはや、アルガス軍の兵士は優秀だね」


 その言葉で、レティシアは身体から血の気が引く感覚を味わった。

 悪びれることもなく、当り前に。それこそ道端で空模様の話をする時のように気楽に、男はそう答えた。

 違う。

 この村本来の空気に溶け込むような、庶民的で和やかな雰囲気を纏っているせいで測りにくかったが、この男は決して無辜の民などではない。

 握った拳が震えそうになるのを努めて抑えながら、レティシアは質問を続ける。


「どうして……。こんな村を襲って、あんたたちに、レジスタンスに何の得があるっていうのよ?」

「ふむ。もっと混乱が大きくなっていれば、食料物資を確保できただろうけど、それは叶いそうにない。でも、今回の襲撃は、その行為自体が目的でね。アルガスから目と鼻の先にある村。そこが襲われたとなれば、当然大きな話題となる。町の人々には不安が生まれ、不信が募る。そういった燻ぶりは、いずれの時には我々の有利に働くものとなるだろう」


 子供だから理解できないと思っているのか、あるいは話したところで影響のないものだからか、男はすらすらと答えた。


「それ、だけ……?」


 確かにそれは、レティシアには理解の出来ないものだった。

 意味は分かる。理屈も分かる。けれど、それでも。


「それだけのために……、魔獣を操って、村を襲って、たくさん怪我人を出して……。これだけのことを、しでかしたっていうの?」

「ああ、その通りだ。これによって、我々レジスタンスは目標へとまた一歩近づくことが出来る。私は、大義を成したんだ」

「ふざけないで!」


 誇らしげな男の声を、レティシアは掻き消すように声を張り上げた。

 理解が出来ない。

 この男の言っていることも、思考も、行動も。何一つとして、レティシアには理解が出来なかった。


「あんたたちは、祖国の、リトシアの為と言って活動してるんでしょ? その行動は馬鹿らしいけれど、私だって少しくらいは、その感情を理解できると思ってた。けれどこれは何!? 町の人の不安? 燻ぶり? そんなものとこの村の人の命、どっちが重いかなんて秤にかけるまでもないことじゃない! それに、この村には元リトシアの国民もたくさんいる。それを傷つけるなんて、あんたたちの大義とやらにも当てはまらないただの蛮行よ!」


 感情のままに、レティシアは吐き捨てる。思い出すのは七年前、故郷の村で行われた蛮行。

 目の前の男も、レジスタンスも、こんなものはあの時の連中と同じだ。ただ己の欲の為に他者を傷つけるだけの、野蛮な存在ではないか。

 だというのに、男は小さく、悲しげに笑みを浮かべた。


「……なるほど。君は聡明な子だね。頭ごなしにではなく、我々という存在を理解しようとした上で、否定している。もちろん、その感情を否定するつもりはない。私の行いが、かつての同胞を傷つけたであろうことも、だ。だけどね。大義を成すために、犠牲というものは必要なんだよ。この村の同胞も、私という存在も、後の大義に捧げられる、尊い犠牲だ」

「何よ、それ……。そんなことをしたって、ただ怒りが増えるだけよ。もう決して帰っては来ないものの為に、一体どれだけのものを犠牲にすれば気が済むっていうの!?」


 レティシアの声に、男は少しだけ不思議そうな表情を浮かべ、それから合点がいったように一つ息を吐いた。


「帰って来ない……。ああ、そうか。君は我々が、復讐の為に行動していると思っているんだね。確かに、そういう側面もあるだろう。けれど、我々の本質はそこにはない。我々は過去のためでなく、未来のために、この身を捧げるんだ」


 男の瞳に、不気味な色が宿る。

 その色に足元から湧き上がるような怖気を感じて、レティシアは一瞬たじろいでしまう。

 強く固い意志を抱いた瞳は、時にこれほどまでに人を不安にさせるというのか。

 そのまま、男は続ける。


「我々は必ず、リトシア王国を復権させる。辺境へと飛ばされはしたが、王家の血筋は未だ途絶えていないからね。我々の活動が世に知れ渡り、この土地を制圧した暁には、王の血を引く御方を擁立し、再びあの美しく平和なリトシア王国を蘇らせるんだ。我々の後に続く、リトシアの若者や子どもたちのためにも」

「そんなこと、誰も望んでない……! その王の血筋とかいう人だって、争いなんてもう嫌だったから、辺境で大人しくしているのよ! リトシアでも、テイルノートでもどっちでもいい。私たちはただ、平和に暮らしたいだけよ!」


 間違ってなどいないはずなのに、正しいことを言っているはずなのに。

 何故だか推し負けているような感覚がして、レティシアは必死に叫んだ。

 しかし男は怯む様子もなく、ただ残念そうに首を振る。


「君は子どもだから、まだ分からないんだよ。このままテイルノートの領土下にあれば、リトシアの国民だった者はいずれ圧政に苦しめられる。子どもたちをそんな苦しみから守ることは、私たち大人が果たさなくちゃいけない、義務なんだ」

「分からない……分かるわけない! そのためならいくら人の命を犠牲にしてもいいような義務なんて、分かりたくもないわ! 私は……私は、ただ……」

「……君も、元はリトシアの子だね? その様子だと、君も大切なものを奪われたんだろう。だから、再び奪おうとしている我々に怒りを抱く。その気持ちは、とてもよく分かるよ」


 いつの間にか、目には涙さえ浮かんでいたレティシアへ向けて、男はただ優しく語った。

 それは諭すでも宥めるでも、言い聞かせるでもない。最初と同じ、世間話のような口調。

 男にとってこれに意味などなく、それに対する肯定も、否定も、あるいは無視でさえも、レティシアの意志だけを表すものだ。


「それでも。君の目にどう映ろうと、我々は奪われたものを取り戻そうとしているだけだ。かつての不当な戦争で、不当に奪われたものを。……全ては取り戻せない。失われて、決して戻っては来ないものもたくさんある。それでも、我々は取り戻さなければならない。そうして得られたものがたったの一欠片であっても、それを少しずつ大きくしていって、いつか元通りの形に治めなければならないんだよ」

「そんな、こと……」

「そうしないということは、奴らの行いを正当だと認めることと同じだ。奴らが犯したことも、奪ったものも、全てだ。君は我々の行いを蛮行と咎めるようだが、であれば奴らの蛮行は? 全てを奪い去り、何の罰も受けずにいる奴らの蛮行を、君は……」

「やめて……っ!」


 レティシアのか細い声が、男の声を遮る。

 レティシアは頭痛にも似た感覚を覚えて、片手で頭を押さえる。思考がぐるぐると空回り、何かを吐き出さねばと思うのに、吐き出すべき答えが見つからない。


「違う……私は……私が、言いたいのは……!」

「そこまでだ、レティシア」


 声と共に、レティシアの肩に手が置かれる。ウィルのものだ。

 ウィルはレティシアの身体を優しく引いて、男との間に入る。


「これ以上、こいつと話しても無意味だ。戻るぞ」


 感情の無い声だった。

 男は変わらぬ穏やかな笑顔で、ウィルに同意する。


「ああ、そうした方がいい。出来れば、私と話したことも忘れることだ。きっと君には、毒にしかならない」


 そう言う男を静かに一瞥して、ウィルはレティシアを促した。レティシアは抵抗することなく従う。

 リラは少しだけ考えるような素振りを見せてから、二人の後に付いてその場を後にした。

 外に出ると、タイミングを計っていたかのようにオズワルドが姿を現す。


「……気は済んだか?」


 そんなオズワルドの声に、レティシアは何かを言おうと顔を上げるが、開いた口からは何も出て来ずに、歯を噛み締めて俯いてしまう。

 オズワルドにはこうなることが分かっていたのだろうか。

 何の答えも得られず、迷いを植え付けられ、無力であることだけを教え込まれる無意味な結末を。

 オズワルドの言った通りだ。

 レティシアは、ここに来るべきではなかった。

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