(15)
「……何か、慌ただしい」
「え?」
先に異変に気付いたのはリラだった。
工業地区を抜けて、基地の門前まで来たリラとレティシアは、そこで立ち止まる。
門の向こうからは、普段であっても兵士たちの声や足音などが漏れ聞こえてくるものだ。
だからこそ、レティシアはその喧騒など気にも留めていなかったのだが、リラにそう言われて耳を澄ましてみると、確かにどことなく、その音の調子は平時のものよりも大きく、忙しなく感じられた。
「……何かしらね?」
レティシアは眉を顰めて呟きつつ、門の傍に立っている兵士の傍へと歩み寄って声をかける。
「ねえ、なんだか少し騒がしいようだけれど、何かあったのかしら?」
「うん? ……って、あ、貴女はオズワルド准将の娘さん!?」
どことなくぼんやりとした印象を抱かせる兵士は、レティシアの顔を見るなり表情を変えて姿勢を正した。門番を任されるだけあって、人の顔を覚えるのは得意らしい。
オズワルドの娘、という言葉にレティシアは一瞬不快げな色を浮かばせるが、すぐに取り繕って続けた。
「挨拶はいいわ。人に会いに来たのだけれど、中には入れる?」
「あー、申し訳ないのですが、今はちょっと……」
「何があったの?」
レティシアの問いかけに、兵士は少しだけ言葉に迷って頭を掻いた。
だが、説明もせずに追い返すというのも気が引けるのか、兵士はその困り顔のまま口を開く。
「うーん……まあ、すぐに町でも噂になってしまうと思うのでお話ししますが。どうやら南西の村が魔獣の襲撃に遭っているらしく……。レジスタンスによる犯行の可能性もあるとのことで、対応を行っているところなんです」
「な……っ」
レティシアが息を呑む音が聞こえた。
「……なんで、村が襲われるのよ? レジスタンスが村なんかを襲って、何の意味があるっていうの?」
「それは、僕からは何とも……。今の時期ですと収穫物の奪取か、あるいは単に我々への挑発行為という可能性もありますが」
「っ…………」
「だ、大丈夫ですよ。我々も全力で救援に動いていますし、何より今は准将が自ら村へ向かわれていますから。村民の方々は、必ず無事に助け出します」
レティシアの雰囲気が変わったことに、付き合いの薄い兵士でも気づけたらしく、気を遣うように明るい声で言った。
レティシアのその顔に浮かぶのは、滲み出るような怒りと微かな怯えの感情。
村が襲われるという行為に対してレティシアが抱くものは、結局のところ本人以外には推し量ることしか出来はしない。
けれども。
「レティシア」
その声に、レティシアははっとして顔を上げる。それから隣を見下ろすと、リラが真っ直ぐにレティシアを見つめていた。
色の無い、一見無感情に映る瞳。
レティシアは、いつの間にか強く握りしめていた手をゆっくりと開いて、リラの手に触れる。
「……ごめんなさい、大丈夫よ」
柔らかくほどけた表情で、レティシアは言った。
「貴方にも、仕事の邪魔をしたわね」
「いえ。どうぞお気を付けて」
人のいい笑顔を浮かべる兵士に背を向けて、レティシアはリラの手を引いて門の前を立ち去る。
すぐそばの路地を曲がる。兵士の視界に入らないそこで、レティシアは振り返った。
「…………リラ。私の我儘、聞いてくれない?」
その顔に浮かぶのは静かな、けれどもはっきりとした、決意の表情。
それをリラはじっと眺めて、それから小さく、頷いた。




