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牢の中で 4

 その日は、やはり唐突にやって来た。

 牢の中にリラが居るようになってからどれくらいのことか。少なくとも、微睡みのような眠りから覚めた時にリラの姿が見えても、違和感を覚えないくらいにはなった頃。

 しばらく前にリラが外へ連れ出されていたので、私は牢に一人でいた。

 最短でも、食事が運ばれてくる回数で考えて七回に一度の割合で訪れる時間。

 長い間、当り前のように経験してきたはずの時間だというのに、何故だろう。こうして誰もいない空間を眺めるということに、奇妙な疼きを感じる。

 あえて知っている感覚で表すなら、空腹のような虚無感と、戦闘時に時折感じる焦燥感を混ぜ合わせたような感覚。

 ただリラの姿が見えないというだけなのに、なぜこうも満たされず、気持ちが逸るのだろうか。

 しかしそれを考えたところで、答えは出てこない。

 甲冑の足音が聞こえてくるのを、私は耳聡く捉えた。

 リラが牢に戻ってくる。私の視線は自然とそちらへと向いていた。

 けれど。


 そこにあったのは甲冑と、それに引きずられるようにしてよろよろと足を動かすリラの姿だった。

 大柄な甲冑の影に隠れていても分かる。乱れた髪、傷だらけの手足、弱弱しい呼吸。

 それでも甲冑は、変わらぬ様子で鉄格子の鍵を開けると、引きずっていたリラを面倒くさそうに牢の中へと放り投げた。


「ぅぐ……」


 地面にうつ伏せに転がったリラは、小さく呻き声をあげる。

 私の頭がようやく動き出したのは、その一連の光景を眺め、甲冑の立ち去る足音が消え去って少ししてからだった。

 状況は単純だ。

 リラは魔獣と戦い、そして怪我を負った。言葉にすれば、たったそれだけのこと。

 ただその怪我の程度が。私が、そしておそらくはリラ自身も経験したことがないほどの深手だというだけのことだ。

 腹部を押さえるように丸まり、地面に転がったまま、弱く、けれども荒い呼吸を繰り返すリラを眺める。

 身に纏っているボロ布の腹部が、大きく切り裂かれている。そこから覗くのは、赤黒く変色した包帯。

 治療の痕と言えば聞こえはいいが、実際には気休めにもなっていないだろう。怪我をした戦闘後に連れていかれる医務室には機材も碌に無く、そこにいる骸骨のように骨ばった医者が、たとえどれほどの名医であったとしても、まともな治療など出来はしまい。

 自然治癒に任せようにも、硬い石の床での休息と、運ばれてくるあの粗末な食事だけで、果たしてどれだけ回復できるものか。


 ……想定は何度もしてきた。

 魔獣との戦闘で、もしも治癒しきれないほどの怪我を負ったらどうなるか。

 怪我を負ったとしても、多少間隔が空く程度で、いずれ再び魔獣との戦闘は行われる。その戦いが、満身創痍の状態でどうにか出来るほど生易しいものでないことは、私もリラも、嫌というほど経験してきた。

 故に、私たちはいつでも、ただ魔獣に勝てばいいわけでは無かった。勝ち、そして次に引きずるような深手を負わないこと。それが私たちの生き延びるための、絶対条件だった。


「ぁ、ぐ……っ……ぅぅ……っ」


 リラの呻き声が、牢に虚しく響く。

 声を上げていた方が幾分かはマシだろうに、リラは声を押し殺すように唇を噛み締めていた。その声を聴かれる相手など、私くらいしかいないというのに。

 ……分かっている。こうなってしまったら、この後どうなるのか。

 次にリラが呼ばれたら。次にリラが、魔獣と戦うことになったら。リラは勝てない。

 それが一体どのくらい後のことなのかは分からないが、この牢に居た時間から考えれば、そう遠くない先のこと。

 リラはゆっくりと、しかし、確実に。死へと近づいていた。

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