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 そんな調子でレティシアの気の向くままに店を回っていた二人だったが、昼を過ぎ、日もそろそろ傾いてくるだろうかという頃になると、その歩みも散歩に近いものに変わってきていた。


「少し、ここで休憩しましょうか」

「分かった」


 歩き疲れが出てきたのか、レティシアは町中を流れる川に掛かった小さな石橋を目に留めると、服が汚れるのも気にせず橋の欄干に腰を下ろした。

 合わせて、リラもその隣にちょこんと腰を下ろす。手にしていた、レティシアの買った服の入っている布袋を、少しだけ置き場に迷ってから抱えるように膝の上に置いた。

 いつの間にか商店通りは抜けていて、辺りには静かな住宅街の町並みが広がっている。

 疎らな人通りを眺めながら、レティシアはゆったりと腕を伸ばした。


「はぁ。こうして町を巡るなんて普段しないから、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったわね」

「町に住んでるのに、意外」

「たまに出歩くにしても、普段は使用人が一緒だから。そうなるとどうしたって目立ってしまって、あんまり好きじゃないのよね」

「そう」


 ぷらぷらと足を揺らしながら、リラは呟く。


「まあ、貴女からすれば、町を案内すると言われたのに散々買い物に付き合わされて、いい迷惑だったかもしれないけれど」


 そのそっけない反応がおかしくて、レティシアは意地悪な笑みを浮かべてそう言った。

 リラは表情を変えずに首を横に振る。


「問題ない。レティシアの家とその周辺の地形は分かったから、ひとまずは充分」

「じゃあ、楽しかった?」

「……よく分からない」


 肯定か否定かを求められた問いかけに対して、不可解とも取れる返答は、けれどもリラにとっては素直な感想なのだろう。

 最初こそ、感情を表すのが苦手なのだろうと考えていたが、そうではない。

 実際にはそれ以前。言葉の通り、リラは自分の感情というものがよく分かっていないようだった。

 唯一感情らしいものが見られるのは不満を表す時くらいだが、それも意思表示というよりは、反射的な反応に近いものと言えるだろう。


「……まあ、悪印象よりかはずっと良い評価ね」


 残念そうな吐息と共に、レティシアは言う。

 そんなリラだからこそ、その本人にすら分かっていない感情の色を僅かにでも見てみたいと思ってしまうが、今のレティシアでは不足らしい。

 レティシアの反応を受けてか、リラはしばらく俯き加減に考え込んでから口を開く。


「…………でも、レティシアが楽しかったなら、よかった」

「そうね。貴女のお陰で、今日は楽しかったわ。話し相手として、貴女がいてくれてよかった」

「……ありがとう」

「お礼を言うのは私のほうよ」


 そのどこかずれた反応がどこまでもリラらしく感じられて、レティシアは苦笑交じりにそう答えていた。

 涼やかな午後の風が、レティシアの頬を優しく撫でる。


「そろそろ帰りましょうか。お話は、帰ってからでもたくさん出来るものね」

「うん」


 呟いて、レティシアは欄干を降りた。

 そうしてスカートを軽く叩いてから、屋敷のある方角へと歩を進めかけて。


「……リラ?」


 ふと、リラの様子に気付いて振り返る。

 リラは欄干の傍に立ったまま、反対方向の通りをぼんやりと眺めていた。

 その視線の先へとレティシアも目を向けてみるが、目を奪われるほどの物は見当たらない。


「どうかしたの?」

「……ううん」


 もう一度問いかけると、ようやくリラは反応を示して首を横に振った。

 ゆったりと振り返り、リラはレティシアを見る。


「少し、回り道する」

「回り道? 構わないけれど、どこへ?」

「どこでも。そんなに長い時間はかけない」


 そう答えると、リラはレティシアの手を取って改めて屋敷のある方へと歩き始めた。

 レティシアは引かれるままにリラの後を付いて歩きだす。

 変な様子だ、とは思ったものの、それ以上にリラに行動の主体を任せるというこの状況が不思議と喜ばしく感じられて、レティシアは小さく、零れ落ちそうな笑みを浮かべていた。

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