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 交易の中継地点であるアルガスは、自然と人通りも多くなる。特に朝方から昼にかけては、宿で夜を越した交易商たちが町を抜けようと動き出すため、中央の大通りは、慣れていない者ではまともに歩くことさえままならないほどだ。

 ただしそれは、あくまで中央付近に限った話。

 大通りから二、三本も裏手に入ると、それまであった喧騒は一旦、嘘のように静まり返る。

 そのさらに先にあるのが、アルガスの住民たちが利用する、もう一つのメインストリート。

 道に軒を連ねる商店は既にどこも開いていて、活気に溢れている。商品を売り込む露天商の高声や、道の端で朝の挨拶を交わす主婦たちの声、道を行き交う人々の雑音。

 けれどそんな音も、あの忙しなく流れる中央通りを抜けた後では、どこか落ち着いて感じられた。


「ここが、アルガス市民にとっての中心地よ。必要なものがあっても無くても、アルガスに住む人ならまず訪れる場所ね」


 レティシアとリラのいる場所は、東西に延びる通りのちょうど真ん中の辺り。それ故か景観にも気が使われていて、右手の方にある広場のようになっている場所には、噴水なども置かれているのが見て取れた。

 道行く人々へと視線を向けながら、楽しげに言葉を紡ぐレティシアは、明るい水色を基調としたドレススカートを身に纏い、小さなポシェットを肩から下げている。頭には白色の帽子を被っていて、心地の良い外の日差しも合わさり、屋敷に居た頃よりもさらに明るい雰囲気を醸し出していた。

 とはいえ、レティシアが明るく感じられるのは服装の所為ばかりでもないらしい。


「そろそろ、リラも慣れたでしょう? 少しくらいは楽しげにしてくれないと、エスコートのし甲斐がないわ」


 そんなレティシアの隣にいるリラはというと、白いブラウスに、ふんわりとした黒のジャンパースカートというシックな出で立ちをしている。髪もきれいに梳かして整えられており、澄ました顔でもして見せれば、それこそ屋敷に住むお嬢様だと言われても通用しそうだ。


「……慣れない。動きにくい」


 そんな姿を、諦めきったような無表情で台無しにしながら、リラは呟く。


「あら、私のお下がりじゃ気に入らない?」

「そういう問題じゃない」

「でも、町を案内するのに、貴女の普段着じゃ目立ちすぎちゃうもの。そんなのは護衛らしくないでしょう?」


 こうして仕事を引き合いに出されてしまえば、リラは何も言い返せない。ウィルが出立してからというもの、終始このような調子でレティシアに言いくるめられ続けてしまっていた。リラが諦めきった様子なのもそのせいだろう。

 対照的にご機嫌なレティシアは、勝ち誇ったような笑顔で、リラの手を取った。


「さ。のんびりしていたら時間なんてすぐに無くなってしまうわ。見たいものはたくさんあるんだから」


 そう言って手を引くレティシアには逆らえず、リラはただ引かれるままにその後を付いて行くのだった。


 見たいものがたくさんあると言ったレティシアだが、予定や計画があったわけではないらしい。

 リラの手を引きつつ通りを散策し、目に付いた店があれば寄っていく。これではリラに町を案内するという名目も、半分以上果たせていないだろう。

 立ち寄る店も場当たり的で、アクセサリーを扱う露店を眺めていたかと思えば匂いに釣られてふらりとパン屋に入り、かと思えば通りかかった行商人の売る本に目を通したりと節操がない。

 店を見て回る間、レティシアはずっと上機嫌で、屋敷に居る時よりもさらに良く喋った。

 リラは当然のように最低限の相槌や反応を返す程度だったが、それでもレティシアの口数が増えれば、その分リラが口を開く回数も多くなる。


「ねえ、リラ。こっちの服と、こっち。どっちのほうが良いかしら?」


 散々歩き回った後に入った洋服店でも、その様相は変わらない。


「レティシアの気に入った方」

「それじゃ駄目。適当でも当てずっぽうでも良いから、リラに選んで欲しいわ」

「………………白い、方」


 たっぷりと悩んでから、リラは歯切れ悪く呟いた。こういった質問に、どう答えるのが正解なのか戸惑っているのだろう。

 リラは助けを求めるようにちらりと奥のカウンターに居る店主に目を向けるが、白髪混じりの店主は穏やかな表情で二人の様子を見守るだけだ。


「そう。なら、こっちにしましょう。私もこっちが気に入ったわ」


 レティシアは満足げに微笑んでもう片方の服を商品棚に戻し、リラの選んだ服を抱きしめるように腕に抱えた。

 レティシアのその声に、リラはそっと視線を戻す。


「……いいなら、良かった」

「ええ。リラが居てくれるお陰で、買い物が捗るわ」

「でも、あまり買ってない」


 リラの言う通り、様々な店を見て回ったというのに、レティシアの手荷物は相変わらずポシェット一つのみだ。

 これまでの買い物でレティシアが買ったものと言えば、パンをリラの分と合わせて一つずつと、本を一冊。パンは店で食べてしまったし、本は丁度レティシアの下げているポシェットに収まる大きさだったので、外見だけでは街に出てきた時と変化は見られない。

 そんなリラの言葉に、レティシアは不満げに口を尖らせる。


「私は物が買いたいんじゃなくて、買い物がしたいんだからいいの。この服はちゃんと買うしね」

「よく分からない」

「分からなくても良いのよ」


 首をこくりと傾けるリラに、言い聞かせるように答えて、レティシアは店内へと目を向けた。


「……んー、折角だし、リラにも何か一つくらい買いたいわよね」

「……別に、必要ない」

「そう言わないで。ちゃんと貴女に合うものを見つけてあげるから」


 そう言って、レティシアはぐるりと店内を見回す。

 商品は婦人用のドレスが主で、レティシアやリラくらいの子供に合う服というのは多くない。

 いくつか、リラの背丈に合いそうな服を着たトルソーが目に付いたが、それらはゆったりとしたワンピースや、装飾に彩られたゴシックドレスといた種類のものだ。

 それを見て、レティシアは小さく息を吐く。


「個人的には似合いそうだと思うけれど、あれじゃリラは喜ばないわよね」

「動きにくいのは、困る」

「でしょうね。どうせなら長く着てもらえるものがいいけれど、貴女のお仕事を考えると……」


 いつになく真剣に、レティシアは悩み始める。

 そうして、無言で待つことには慣れているリラでさえ、何かしら行動を示したほうが良いだろうかと思い始めるくらいの時間がたった時。


「……そうね」


 ふとレティシアは顔を上げると、すっきりとした表情で、奥に居る店主の方へと歩いて行った。リラもその後をトコトコとついて行く。


「ん、いらっしゃい。お会計かね?」


 カウンターに腕を預けて、のんびりと二人の様子を眺めていた店主は、レティシアが来るなり孫娘でも見るような穏やかな笑顔を向けた。

 レティシアは「ええ」と答えて手にしていた服をカウンターに置く。


「それと、このお店はオーダーメイドの注文も受け付けてくれるのよね?」

「ああ、やっとるよ。ちぃとばかし時間は貰うが、出来はここの商品を見ての通りさ」


 差し出された服を綺麗に畳み直しながら、店主は自慢げに言った。


「それなら安心ね。時間っていうのはどのくらい?」

「そうさねぇ……。今の時期だと小物やシャツ、スカート類なら三週間。ドレスやなんかの大物となると、ふた月は掛からないくらいってところかね」

「三週間。……うん。それなら一つ、お願いしたいものがあるの」

「注文なら承るよ。どんな品だい?」


 店主が尋ねると、レティシアはわざとらしく困ったようにチラリとリラを見て、それから店主へ向けて悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 店主は一瞬だけきょとんとした表情を見せるが、すぐにレティシアの意図を理解したのか、吹き出すように笑みを零す。


「はっは! こりゃデリカシーの無いことを聞いちまったよ。となると……お嬢ちゃん、字は書けるかね? 書けるなら、とりあえずこれに商品の種類と、色合いやら希望するものを書いとくれ」

「ええ、ありがとう」


 店主はカウンターの引き出しから紙の切れ端と羽ペンを取り出して、レティシアへと差し出した。

 渡された紙とペンを受け取ると、レティシアはさらさらと紙にペンを走らせていく。

 それを待つ間に店主は服を手慣れた様子で布袋の中にしまい、手持ち無沙汰に待機しているリラに手渡した。

 そう待たずに、レティシアはペンを置いて、紙を店主へと返した。


「……よし。こんな感じでお願いするわ。足りない部分があれば言って頂戴」

「はいよ。ふぅん、綺麗な字を書くもんだねぇ……」


 そんなことを呟いて、店主は内容を一つ一つ確かめるようにうんうんと頷きながら読み進めていく。

 しばらくして読み終えたのか、店主は「ふむ」と声を漏らして顔を上げた。


「これならまあ、三週間あれば問題なく作れるよ。採寸も……ちょいとそっちのお嬢ちゃん、こっち来てくれるかい」

「ん」


 手招きをされて、リラは一歩カウンターへと近寄る。

 と、カウンターの奥から伸びた店主の腕がぱっ、ぱっとリラの腕と肩を順番に掴み、最後に背丈を測るように頭の上に乗せられてから、再びカウンターの奥へ引っ込んだ。


「このくらいね。んじゃあ、この通り作らせてもらうよ。お代は前払いで、その服と合わせて銀貨五枚ってとこかね。持ち帰るためってことで、その袋はサービスしとくよ」

「ありがとう、それで構わないわ。よろしくお願いするわね」

「ああ、任せとくれ。……とはいえ、そっちの不愛想なお嬢ちゃんの満足がいくものとなると、骨が折れそうだがねぇ」


 レティシアがポシェットから出した銀貨を受け取りながら、店主は苦い笑みで独り言ちる。

 リラは言葉を選ぶように瞳を揺らして、それからポツリと口を開く。


「……くれるなら、何でもありがたいとは思う」

「だからこそ、なんだがね。お嬢ちゃんも大変だ」

「ふふ、そうかも知れないわね」


 店主の言葉に、レティシアはただ楽しげな声色で曖昧な同意を示した。

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