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サンドアートナイトメア (朗読用短縮版)

作者: shiori

今回は朗読しやすいように短縮版を作りました。忙しい人のためのサンドアートナイトメアと言ってもいいと思います。

 視覚障がい者を主人公にした物語ということで、書き始めた当初から障がい者であっても楽しめる、朗読版があればいいなぁと思って書いてまいりました。

 この気持ちに賛同していただける方がいれば、読みやすいように言葉を整理したので、この際に朗読にチャレンジしていただければ本当に感謝でいっぱいです。


 私がこういう作品を書くに至ったのは、去年に心臓の手術を受けて、一か月ほど入院しなければならないことがありまして、なかなかやりたいことも出来ない期間がありまして。


 そうした経験を経て、元の生活に戻ることが出来た中で、残された人生で自分に何が残せるだろうと深く考えるようになりました。


 もっと今を生きる人々に勇気を与えるような作品を作りたい。

 もっと視野を広げて社会を見つめ直してほしい。


 そんなことを思いながら、自分に書けるものを書こうと思って書いたのが、今回のサンドアートナイトメアです。


 物語を通して、何か心に響くものがあればと思っています。



 この短縮版は全長編から泣く泣く切り取ったエピソードがある中で出来た短縮版です。

 出来れば本編のほうも読んでいただければ、理解が深まることと思います。

 どうぞよろしくお願い致します。


 私、前田郁恵まえだいくえには色が判別できません、光も見えません。

 

一歳を迎える前に全盲になった私は色も光もない目隠しの世界で生きてきました。


 私にとっての色とは言語的に伝えられたものであり、光とは私にとって皮膚を通して伝わる太陽や蛍光灯からの熱の温かさでしかありません。


 それが私にとっての自然であり、ずっと通って来た世界です。


「心も身体もそばにあるのに遠くに感じる。目が見えないということはそういうことだと思うの」


 目が見えないということはどういうことかと問われれば私はそう答えるでしょう。


 私は触れたものの形を覚える、音だけでは足りない情報を触れることで補っていく、それは視覚で捉えるよりも遠い認識であるかもしれないけれど、それを補うために他の器官を敏感に働かせて生きているとも言えます。


 例えば、声で年齢や性別はある程度分かるけど、体格までは分からない。

 触れてやっと分かることはたくさんある、その意味でいえば、私にとって新しい発見は、日々の中に転がっていると言えるかもしれない。


 

 父から点字で書かれた手紙と砂絵のプレゼントが届いたのは、夏季を迎えたころだった。


「触ってみて?」


「絵にですか?」


 看護師の奈美さんの言われた通り、私は初めて砂絵というものに手を触れた。

 ザラザラとした手触りをしていて 一粒一粒が微妙に大きさの違う砂粒に触れていると微かにぬくもりを感じた。


 砂であれ小石であれ、長い間、陽の光を浴びてきて、自然界の中で立派に生きてきた。それは私なんかよりずっと立派に生きてきたんだと感じた。



 その後、私はずっと砂絵が送られてきた意味を考えていた。


「郁恵、その砂絵、気に入った?」


 砂絵に触れて考え事をしている私に真美は尋ねた。


「うーん、なんだか不思議な感じ」


 私は話しかけてきた真美にそう答えた。


「郁恵は知ってる? 砂浜は足が取られるくらい砂がいっぱい積もってるのよ」


「公園よりずっとすごい?」


「当然よ、広大に広がる砂浜は公園よりずっとスケールが大きいのよ」


「そうなんだ・・・、真美は詳しいね」


「郁恵は行ってみたいと思わない? その砂浜へ」


「え・・・でも私は・・・、真美は行ったことあるの?」


 想像と現実は違う。年を重ねて私にはそれがよく分かっていたから、真美の言葉に私の気持ちは揺れた。真美が冗談で言っているなら、凄い意地悪だ。


「うん、あるよ、海で泳いだこともね、まだ小さかった頃だけどね」

 

 年齢は近いのに、真美の方が経験豊富だなと改めて思った。


 でもどうなのだろう・・・、私は怖いのだろうか? どっちかと言えば興味の方が大きい、それだけ私は病院に長く居すぎたという事か。


「私が手伝ってあげる、それならいいでしょ?」


「でも、大変だよ。病院の人にも怒られちゃうよ」


 真美が本気であることが分かって私は動揺した。きっと大変なことになる、そういう気持ちが私に否定の言葉を言わせた。


「でも、本当は行きたいんでしょ? ずっと病院の中にいるだけなんて退屈じゃない」


 それはもっともなことで、私の気持ちは揺らぎ、次の日には真美に一緒に海まで行こうと告げた。



 その日の朝が来ることを私も真美も、ドキドキしながら待ち望んできた。


 旅の計画はほとんど真美が決めた。持ち物も、海までの道順も、当日のスケジュールも。

 私はほとんど真美のいうことに頷くだけで、気づけば真美に任せっきりになっていた。それだけ真美の提案が、疑問の余地がないほどに私の希望通りであったともいえる。


「本当に、いつぶりかしら、外に出掛けるのなんて」


 そう思いながら私は白いワンピースを着て、愛用する白杖を握って真美の腕を掴み、まだ夜明け前の病院を出た。


 真美の力を借りて、海に到着したのは昼前だった。


 道中、私は”どうして私を連れだしてくれたのか”を真美に聞いた。しかし真美は”なんとなく、退屈していたから”とはぐらかされてしまった。

 私はこの旅には、なんとなく真美なりの意味があると感じていた。


「真美、着いたのね」


「ええ、そうね」

 

 そばに海がある、私は高ぶった気持ちを抑えられなくなった。


「行こう! 真美!」


 私ははやる気持ちを抑えられず、手を放して、波の音がする方へ駆け寄っていく。

 本当に、海がそばにあることに私は信じられない気持ちだった。

 海風が吹き、真夏の蒸し暑さなんて忘れて、ただ砂浜に向かって自然と足が動いていく。


「もう、気をつけなさいよ」


 真美の声を少し遠くに感じながら、最後の階段を白杖を上手に使いながら、焦る気持ちを抑えつつ、一段一段降りて行った。そして、ブーツが砂に着地する感覚を身体いっぱいに感じながら、本当に砂浜までやってきたのだと実感した。


 波の音も、砂浜の深さも、潮の香りも、どれも本物で、想像することしか出来なかったことすべてに、本当の答えを毎秒ごとに身体を通じて教えてくれる。


 こんな時が来ることを、今まで望みながらも叶えらずにいた。

 私は心の底から真美に感謝した、こんな機会を与えてくれた真美に。


「真美、ありがとう、今、とっても幸せ」


 真美の方を振り返って、風で揺れるワンピースを抑えながら、出来る限りのいっぱいの気持ちを込めて、今出来る最大の笑顔で真美に今の気持ちを伝えた。


「うん、本当によかったわね」


 真美は嬉しそうな声でそう言った。


「郁恵、さっきの質問に答えるわ」

 

 突然の事で驚いたが、そう告げた真美は優しい口調で続きを話し始めた。


「私があなたを連れだした理由、それはね、砂絵に描かれていたものがとても美しくて、心惹かれてしまったからよ。あの絵には、海の見える砂浜だけじゃなくて、郁恵自身の姿が描かれていたのよ」


 それは看護師の奈美さんからも告げられなかったことだった。

 奈美さんは”叶えられない願い”を与えないようにその場で嘘をついたいたのだと真美は説明した。

 真美の話したことは疑いもしなかったことばかりだった。


「私が、あの絵に・・・、そんなこと全然気づかなかった、考えもしなかった。それで目の見えない私をここまで連れて・・・、。


 でも、騙されていたって思わないよ、だって、今ここにいられることが幸せだから。真美、叶えてくれてありがとう、私、一生忘れずに覚えてるよ」


 私は今の素直な気持ちを真美に告げた。


「そう、ならよかった。だって夢は叶えられなきゃ意味ないじゃない」


 そう言った真美は満足げで、晴れやかな心地に思えた。


 か細い身体でも、目が見えなくても、それでも、私は、今ここにいる。それが今のすべてに思えた。

 ほかの人にとっては些細な事であっても、私にとっては大きな夢だった。

 それを叶えてくれた真美は、本当に大切な友達だって信じられた。



 私たちは海風に吹かれながら、時を忘れて日向ぼっこをした。


「また、来れたらいいな、ここにいると心地よくて、こんな私でも大丈夫なんじゃないかって思えてくる。

 ねぇ、真美もそう思うでしょ?」


 砂を踏みながら、言葉を紡いだ瞬間、嫌な違和感を覚えた。

 耳を澄ましても波の音が聞こえるだけで、真美から返事はない。

 私は急に怖くなって、その場に立ち尽くしてしまう。

 胸がキュっと締め付けられるようだ。



「真美、どこにいるの?」

 

 私は問いかける、しかし返事はない。

 それきり、真美は消えてしまった。

 砂浜に一人きり、どうすることも出来ない私は覚悟を決めて病院に電話をした。


 私は奈美さんに真美のことを伝えた。しかし・・・。


「郁恵ちゃんのことはすぐ迎えに行くから安心して、でもね、郁恵ちゃん、驚かないで聞いてほしいの」

 

 そう言って、言いづらそうにしながらも一呼吸を置いて今一度、奈美さんは口を開いた。


「真美ちゃんはそこにいないの、だって・・・、真美ちゃんは、さっき亡くなったのよ、だから・・・、そこにいるわけがないのよっ!

 さっきまで手術をしていて、それでも力が及ばなくて、それで、もう息をしていないの。だから、真美はもう生きていないし、ずっと手術をしていたから、あなたと病院を出たはずはないのよ」


 奈美さんの冗談とは思ない真剣かつ悲痛な声、私はショックのあまり呆然としたままケータイを地面に落とした。奈美さんの声が波の音にかき消されていく。


 そして糸が切れたように、身体から力が抜け、その場に倒れて、私は意識を失った。



「彼女はどうやって海まで?」


「見たところ携帯電話の地図アプリのナビゲーションを起動させていたようです。目的地は彼女が倒れていた海に設定されていました。それを活用して海に行っていたと考えるのが自然ですが・・・、おそらく誰かが彼女のために設定したんでしょう」


「まさか・・・、本当に彼女はそれを頼りに?」


「携帯電話の使用履歴や現場の状況から考えると、それが最も可能性の高い仮説です」


「にわかに信じられないな・・・、目の見えない彼女がそんなことを・・・」


 まどろみの中で聞こえていた二人の会話、冷静に分析する医師と看護師、しかし私にその冷静さを受け止められるだけの意識はなかった。




「私・・・、生きてる・・・。戻って来たんだ」


 意識が完全に目覚めた時、そこが自分の病室であることが最初にわかった。



 体を起こし、自分の身体に触れて確かめる。痛みもなく、どこにも異常なところはなかった。


「あれは・・・、夢じゃないよね。私は本当に海に行ったはず」


 波の音も、砂の感触も、海水の冷たさも、海までの道のりも、全部覚えてる。あれが夢なはずがない。


「確かめないと、あれが夢じゃなかったんだって」


 私は机の上に見慣れない感触の物体があるのを見つけた。


「カードキーかな・・・、なんでこんなところに置いてあるんだろう」


 とりあえず私はそれを手元に持っておこうと思い、手に掴んだ。

 他に自分の部屋には手掛かりがなかったので部屋のカーテンを開いて周りを調べることにした。


 ほかの人も起きている気配はしないので、おそらく夜遅くに目が覚めてしまったんだろう・・・。


 看護師さんに見つからないか不安はあったが、病室を出ることにした。

 外に出るとどこからか声が聞こえた気がした。


 

”どこか遠くから私を呼んでいるような気配がした”



 きっとお医者さんや看護師さんではない、そんな気がする。不思議な感覚に寒気を覚えつつも、その気配に導かれるように一歩一歩その気配のする方に進んでいく。

 途中で開かない自動ドアがあったが、偶然机の上にあったカードキーで自動ドアは開いた。

 

 危険なことをしているという自覚はあったが、導かれるように気配の方へと向かい、止められなかった。


 そして、随分と病院内を歩いて辿り着いた場所、扉のロックは偶然にも先ほどのカードキーで開いた。

 

 きっと私を呼んでいたのだ。ここに辿り着けるように。


 「(ここは・・・、霊安室? まさかね・・・)」


 でも、ここに真美がいるとしたら・・・、私は偶然にしては出来過ぎていると思った、でも今は真美に会いたいという気持ちでいっぱいだった。


「真美・・・、いるの・・?」


 決意を胸に、部屋の中を手探りで探った。


 そこにベッドがあった。

 それだけで、もうすべてを悟ったように哀しい気持ちになった。



 ”それに触れてはならないと、本能的に感じた”



 だけど、もう遅かった。触れることでしか私には本当の事を知るすべはないから。だから、もうベッドの手すりにも布団にも触れてしまった、


 震えそうになる手で恐る恐る布団の中に手を伸ばす。


「真美、ここにいたのね・・・、


 ずっとここに独りぼっちで、私が来るのを待っていたの?


 どうして・・・、もう、答えてはくれないの?」


 紛れもなくそれは真美だった。今日の早朝からずっと掴んでいたもの、でも忘れることのできない大切なぬくもりは、もうそこにはなく、冷え切った手も腕も変わり果てた人のなれの果てそのものだった。


 そこで、私はもう真美が死んでしまったことを受け入れるしかなかった。

 そうなんだ、ずっと一人だったんだ、私も真美も。


”あの旅において最初から真美はいなかった”

”私は携帯の地図アプリを使って、ナビゲーションに従って、海に向かっていただけだった”


 私はそう、真美に一人でも海に行けるようにレクチャーされてきた。迷わずに海まで行けるように、私はそれを実践したに過ぎない、そんなこと信じたくなかった。私には真美のことが最後まで必要なんだって思ってきたし、そう信じたかったから。


「真美は言ったよね、砂絵に描かれた私の姿を、現実でも見たかったって、だから誘ってくれたって。

 

 ”真美、見ててくれたかな?” 


 ”見ててくれたよね?”


 ”ちゃんと私のこと”


 私、信じてるから、真美は私の事を見ててくれたって、たとえ本当の身体は遠く離れていても、ずっとそばで見ていてくれたって、そう、信じてるから」


 私なりのお別れの言葉、ちゃんと受け取ってくれたかな?


 この手をずっと握っていたい、この腕をずっと掴んでいたい、それは私にとって一番安心できることだから。でも、もうこれからはできないんだね。


「どうか、神様がいるなら・・・、真美の魂まで棺に連れて行かないでください、私が受け止めるから、その魂ごと受け止められる強い人間なるから。

 だから、どうか真美を連れて行かないでください・・・」


 私は願いを声に出して紡ぎながら、意識の奥の奥まで、深淵の深いところまで繋がりを求めて力を込めた。


 そして深い深い深淵の奥底で光る球体を目撃した。

 私はそれを真美の魂であると信じた。


 かけがえのないもの、大切なもの、失わないでいたいこと。

 そのすべてを、手繰り寄せた球体に込めて、私の胸に優しく包みこんだ。


 

 誰かを傷つけることになっても

 

 誰かに迷惑を掛けることになっても


 それでも


 与えられた希望を胸に


 歩み続けること


 それは・・・

 

 それは繋がりあう心を信じることで


 不安と焦燥を乗り越えることで


 それは、とても恐ろしいことで


 それでも私は、それと向き合う覚悟を決めた 


 その先に、誰にも見えない、私だけの光があることを信じて



「真美、ごめん、私はもう行かなきゃね。大切なこと、たくさん教えてくれてありがとう。

 私、頑張ってみる、だから見守っていてね。真美はずっと私の一番の友達だから」


 長い間、悩んできたけど、やっと心の整理がついた。

 必要なのは勇気だった。自分から踏み出す勇気。

 勇気をくれた真美のためにも、これからのこと、自分で決めよう。


 私は決意を固め、真美の手を放して、もう一度布団の中に優しく戻すと、振り返ることなく霊安室を出た。



「奈美さん、一つお願いがあるんです」


 病棟に戻った私は奈美さんに話しかけた。自分の決意を伝えるために。


「真美は、私に勇気をくれました。自分の足で外の世界へと歩みだす勇気を。

 だから、私、父に手紙を出そうかと思います。

 なかなか役に立てないだろうけど、一緒に暮らせるように、その気持ちを伝えようと思うんです」


「郁恵ちゃんがそれを望むのなら、私は協力するわ」


 初めて自分の意思を持って気持ちが言えた気がした。


 私から変われば、父も私の気持ちを汲み取ってくれるかもしれない。私はそう願った。この気持ちが届くように。真美の手助けが無駄にならない様に。



拝啓 前田影月様



これを書くまでに、何枚も紙を無駄にしてしまいました。

何度やっても、途中で涙が止まらなくて、紙を濡らしてしまうのです。

こういう私がいるなんて、不思議なくらいです。



いつもは、書く内容がなくて困るくらいなのに、今日はたくさん、本当にキリがないくらい書きたいこと、伝えたいことがあります。



真美のこと

旅のこと

これからのこと



全部ちゃんと伝えたくて、電話じゃうまく伝えられないので、言葉に書き記すことで伝えられればいいなと思います。



お父さんの丁寧な点字の手紙は好きです、私よりも上手で、ちょっと嫉妬してしまいます。



全部話すと長くなってしまうのですが、まず、真美の事から話そうと思います。



真美のことは残念で仕方ありません。悲報を聞いたときは本当に信じられませんでした。


少し前の事で、ずっと覚えていることがあるんです。

それは夜遅く、私は近くで声が聞こえて、それで目を覚ましたんです。


声の正体は真美でした。最初はすすり泣く声だったからすぐに真美だと気づかなかったのですが、近づいていったらすぐに気づきました。


真美の泣くところに遭遇したのは、それが最初で最後でした。


私は真美に「こんな夜遅くにどうしたの? 何か辛いことでもあったの?」と聞きました。


真美は「ううん、私は平気」といって、大丈夫そうに振舞いました。


そして私は「じゃあ、どうしたの?」と聞くと、真美は気まずそうに、私の日記を見てしまったことを告げました。


その日記は私が普通のノートに手書きで書いた日記でした。

それは私が文字を書く練習も兼ねてずっと書いていたもので、本当に下手くそだから隠していたのだけど、その日は隠すのを忘れて化粧台に置きっぱなしにしていたようです。



真美は言いました、「”あなたがこんなに苦労しているなんて知らなかった”と、あたしは”目が見えない事がどれだけ大変なことか”、考えが全然足りなかった」と。


私にとってはもう慣れていて、些細なことでも、真美にとっては違ったようです。


真美が下手くそな私の日記帳を笑わずに見てくれたこと、泣いてくれたこと、私の事を理解してくれたこと、そのどれもがとても嬉しくて、眩しくて、そんな真美の気持ちが何よりもうれしかったのを覚えています。



こうした手紙もいつか、点字ではなく普通の便箋で書けるとよいのですが、その領域に達するには、まだまだ努力が必要なようです。



次に旅のことをお知らせします。


パパから貰った砂絵、今も大事にしています。贈ってくれてありがとう。

私は砂絵が届いてからずっと、その意味を考えてきました。

どうして目の見えない私に砂絵を贈ったのか。最初、まるで分りませんでした。


砂絵に触れると、とてもザラザラしていて、本物の砂が使われているのが分かって、嬉しくなりました。例え絵であっても、私にも感じられることがある、触れることで物を把握してきた私にとって、それは新鮮なものでした。



砂絵をきっかけに海に行きたいと思い、私は旅に出る決意をしました。

パパは信じられないと思うけど、旅の間、ずっと真美がそばにいてくれていると感じていました。本当に手のぬくもりまで感じていたんです、今でも不思議に思います。


でも、私が海まで行けたこと、それだけは確かなことで、私にも砂絵に描かれていたように、自由に外を歩けるんだと、そう信じたくなりました。


これも真美とパパのおかげです。



私は病院暮らしにも施設暮らしにも飽き飽きしていましたが、だからといって、何がしたいわけでもありませんでした、


ただ、平穏な日々が続いていけばいい、そう思っていたんです・



でも今は、あの旅を経験した今は違います。



私はもっと広い世界で暮らしたい。



危険なこともあるかもしれないし、傷つくこともあるかもしれない、でも、自分の力で歩きたいんです、どこまで行けるかわからなくても、自分の望んだ未来に向かって。



だから、手を貸してほしいです。

私が望む世界に羽ばたけるように。



一緒に暮らしましょう。

迷惑を掛けないように頑張るから、わがまま言わないから。



だから、力を合わせて一緒に暮らしましょう。




—―親愛なるパパへ、郁恵より——



 それから一年、私は父と一緒に暮らしている。

 一緒に暮らす家族は父だけではない、父が心配して飼ってくれた盲導犬も一緒だ。


 難しいことは今だってたくさんある、でも、それはきっと誰だって同じなのだと思う、だから私は、私に出来ることをして生きていこうと思う。それはたぶん難しいことや辛いことばかりじゃない。

 楽しいことも、嬉しいことも、笑っていられることも、これからたくさんあると思う。だから・・・、もう、大丈夫・・・。


「真美のおかげで、自信をもって歩いていけるよ、きっとどこまでも」


 私には分からないけど、今日も明日も、明後日も、きっとこの空はその広いキャンパスに綺麗な色を地上に向けて描いていることだろう。


 私の散歩道は、いつだって親切な人ばかりで、気づけば私の事も覚えられていて、知りたいことは聞けばすぐに教えてくれる。うちの盲導犬のフェロッソのことも可愛がってくれる。


 私は思う、こんな親切で理解のある人たちが、この世界にもっと広がっていけばいいのにと。そうすれば、私のような人でも、一人でも多く羽を広げて、世界を羽ばたいていけるのに。

 そうなことを願いながら、今日も私は飽きないくらい充実した毎日を過ごしています。


 

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