99.ダークエルフ
褐色肌の女性は珍しいようで、兵士や避難民からの視線をラクスさんは浴びていた。
そもそもエルフがあまり見かけない種族だ。注目は仕方のないこと。
過去にダークエルフは悪魔を崇拝する一族や、神に仇成す者として迫害される対象として見られていた。その風習はいまだに続いているところもある。
ドラッド王国は比較的そういった宗教的側面は感じられない。
ただ、そうであっても嫌悪する人は存在する。
設置されたキャンプ地のテント内。
ラクスさんは重苦しい表情を浮かべながら、問いかけを聞き返す。
「精霊樹ファルブラヴのことを聞きたいと……?」
ラクスさんを呼んだのは、レインの提案だった。
精霊樹ファルブラヴはラクスさんの生まれた地であること。最後にその地に足を着けていたのは、レインの両親とラクスさんであったこと。
そのことが理由で、話を聞くことになったのだ。
俺も知りたかった。だから、問いかけは俺がした。
「はい。彼らが何者なのか、何か知りませんか」
「……彼らもエルフです」
レインが自分の耳を触る。
だけど、彼らにはエルフ特有の長い耳がなかった。
「お姉ちゃん。あいつら、耳ない」
「自ら切ったのでしょうね、レイン。エルフは高貴で気高い種族です。穢れを身に纏ったとしれば、耳を切り落とすことくらい簡単です」
レインの耳がへこたれる。
「ちょっと怖い」
カリンはその話を聞きつつ、悩んだ素振りを見せた。
エルフか。
レインとは何度か手合わせをしたことがあるが、感覚としては人と変わらなかった。
でもフェノーラとの戦闘は、どちらかといえば獣と戦っているような気分だった。
鋭利な爪に、刃を通さない強靭な肉体……あれがエルフなんだ。
「エルフは言うなれば適応の種族です。長い寿命があるからこそ、自然の過酷な環境に適応し、生き抜くための術を身に付ける。他種族から学び適応する能力を身に付けた」
「そういうことか……」
俺以外の全員が、ラクスさんの話に首を傾げた。
無理もないと思う。
俺は戦って感じたことを、ようやく納得がいった。
「俺が戦ったフェノーラは獣みたいでした。レインたちが追ってた敵も、あの翼はワイバーンにとても近いものだったし……魔物から学び適応したエルフが、俺達の敵ってことですよね」
「はい……」
徐々に話を理解しはじめ、ラズヴェリー侯爵やカリンさんも頷き始める。
ただ一人、レインは首を傾げたままだったが……。
「よくわからない……」
少し落ち込んだ様子のレインに、ラクスさんが頭を撫でた。
「レイン。あなたが分からないのも無理がありませんよ」
見かねた俺が、なんとか分かりやすく説明できないかと試みるも、それを見ていたラクスさんが笑う。
「ありがとうございます、アルトさん。でも、私たちは無理に理解しなくてもいいんです」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、私たちダークエルフは適応の能力がないんです。だから追放されたんですけど……」
とても重い話のはずなのに、ラクスさんは平然と告げた。
同じ種族なのに、能力が一つないだけで迫害され、追放される。
……一つ違うだけで、か。
エルフについて、俺達は詳しくない。
人間側に残っている文献でも、エルフに対する記述はそれほど多くはない。
ダークエルフともなれば、言うまでもない。
「適応の能力がないから、一人じゃ生きられない。人と手を取り合って共に生きるしか方法がなかったんです」
俺からすれば、それも一種の適応ではないのかな……と思ったが、口を閉じる。
俺達の敵がエルフであること。これがはっきりしただけ、大きな収穫であった。
だがどうして……と疑問を抱く。カリンがなにやら深く悩んでいたが、まだ迷っているような面持ちをしていた。
暗い空気の中で、それを察したラクスさんが手を叩いた。
「ところで! レインのお友達がいらっしゃると聞いたのですが、どなたですか?」
「うおっ、なんじゃ!? なぜ儂に視線が集まる!?」
「まぁ、あなたでしたか!」
ラクスさんが距離を縮め、カリンの手を握った。
「レインが昔からお世話になっております。姉のラクスです」
「お、おぉ……そ、そうか……ご丁寧にどうも……儂も昔から仲良くしてもらっておる」
「これからも、レインのお友達としてよろしくお願いしますね」
「儂が友達……? こ奴と? はっ、そんな馬鹿な……馬鹿な……」
詰め寄られたカリンは、言いづらそうに「と、友達……じゃな……」と呟いた。
流石ラクスさんだ。あの美貌で輝きオーラ全開で詰められたら、俺でも頷く。
「フフッ……アルトさん、よかったら私もお手伝いするので、何かあれば仰ってくださいね」
「孤児院の方は大丈夫なんですか?」
「はい、ウェンティとフラベリックさんにお任せしているので」
あぁ、じゃあ安心かも。最近はウェンティも性格がさらに変わって来て、子どもの面倒をよく見るようになってきた。
没落してから、すごく自由に生きている感じはする。
「では、これから皆さんに夕食を振舞うので、手伝って頂けますか」
「もちろんです。アルトさんと作るの久々ですね!」
「ですね」
にこやかに返事をする。
共に歩を進み、厨房へと向かう中で俺は思う。
ふむ、最後に一緒にご飯を作ったのっていつだっけ……。
残ったテントの中で、カリンの頬が引き攣る。
「おいレイン……お主の姉、なかなか凄いな……」
「でしょ。優しい、大好き。それに人間が好きになったの、お姉ちゃんのお陰」
「いやそっちではなく、これじゃ」
カリンが自身の胸を強調する。
レインが呟いた。
「……胸」
そっちか、といった表情を浮かべていた。





