97.沼地
【大事なこと】
後書きに大事な発表があります!
キィィィン────ッ と音が森林にこだまする。
カリンとの戦闘を経て、アルトは大きく成長していた。
数回の剣戟、されど強者同士の剣戟……周囲に砂煙を巻き上げ木々を薙ぎ倒す。
(なにこいつ、隙が無さすぎる……剣筋も綺麗だわ。私から攻めても勝てなさそう)
フェノーラは拳を武器にして、アルトの剣戟を受けながらも傷を負ってはいなかった。
強度な爪に、強靭な身体。
アルトとフェノーラが鍔迫り合う。
高揚した様子で、フェノーラは口角を不気味なほど歪めていた。
「アタリはこっちだったのね! 可愛い顔に似合わず素敵ね!」
周囲への巻き沿いを危惧したアルトが、全力で剣を振る。
「はぁっ……!」
フェノーラの全身に空気の輪っかが覆う。大きく後方へ飛ばされた。
距離を縮めるため、アルトが【疾駆】する。
「素敵な馬鹿力……!」
フェノーラがすぐに態勢を戻す。
両手で土を握りしめ、獣のように地面を蹴った。
無鉄砲な突進であることは、フレイから見ても明らかだった。
その隙を逃すアルトではない。
意識を集中し、一瞬の一刀に捧げる。
カリンの時に使って見せた、瞬間身体強化を使う。
「居合……取った」
冷静な一撃が、フェノーラを直撃する。
しかし……居合を直撃したフェノーラは、笑みを浮かべていた。
「【豹麟】。魔力を通すだけ、私の皮膚、堅くなるの……凄いでしょ。良い一撃だったけど、残念」
「硬化、ですか」
「刃なんか通らないわよ?」
(さぁ、どうするの……坊や)
フェノーラはアルトの動きを待つ。
防御に自信があるからこそ、あえて後手に回る。
相手の手段を潰し、希望を失くす。その表情がフェノーラの好物であった。
アルトが大雑把に剣を振る。
「ッ────!!」
フェノーラが大きく後退した。
(アハッ、刃が通らないから、焦っちゃった? 可愛い……!)
二人の間に距離ができる。
フェノーラは足元の泥濘に、嫌悪を示す。
「あーもう、楽しいのに最悪~。服も手もドロドロ」
少し前まで雨が降っていた影響もあり、アルトたちが戦っている森林は濡れていた。
フェノーラとの鍔迫り合いで着いた泥を、アルトは触る。
「大人しく降参してくれるなら、あなたは見逃してあげるけど? 嫌いじゃないし」
「お断りします。フレイが俺の代わりに守ってくれているのに、そんな真似はしませんよ」
「あら、随分とキッパリ言うのね……フラれちゃった」
わざとらしく、てへっとフェノーラが舌を出した。
「逆に、降参してくれませんか。戦わずに済みます」
「馬鹿じゃないの、勝ち戦を負けろと? あなたとの戦いは楽しいけど……時間をかけると他の子も来ちゃうし。早く終わらせましょうよ」
フェノーラの獣のような瞳孔が鋭くなる。
「それには賛成です」
「……ねぇ、なんでそんな余裕そうなの? 刃が通ってないって分かってないの? 気に食わないんだけど。もっと焦りなさいよ」
「勝算があるので」
フェノーラが呆れた様子を見せた。
「はぁ……? パワーもスピードも互角で、私は攻撃が通る! あなたは通らない! どこに勝算があるのよ! 無理! あなたは勝てない!」
事実、勝利の天秤はフェノーラに傾いている。
だが、アルトはこれまで自分よりも強い存在と戦い続けてきた。
戦いが力や能力だけが全てではない。
そのことをアルトは理解している。
アルトが構え、剣先を向ける。
これ以上の会話は不要だ、とお互いに認識する。
譲れない物があるのなら、対話では決着がつかない。
フェノーラが思う。
(本当に馬鹿な子……私は防御に徹していれば、こちらが有利になる。攻撃は待つ……! あなたもそんなこと分かってるんでしょ? ねぇ!)
アルトが思う。
(俺から攻撃を仕掛けるのは不利だ。刃が通らないのなら、時間稼ぎが正しいんだけど……! 待ってると援軍が来るっぽいし。厄介だか……行くしかない)
アルトが息を吐く。
空気が変わる。
「全力で行かせてもらいます」
全力であっても、刃は通らないとフェノーラは知っている。
フェノーラが不敵に笑う。
(この状況になったなら、私の勝ちね……!)
アルトの魔剣の力はまだ溜まっていない。
時間を掛ければ貯まるが、そんな余裕はなかった。
敵の援軍が来る可能性。目の前の敵に時間を掛けられない。
アルトはカチャッ、と懐から数十本のナイフを取り出す。
「アハハ! そんな刃が通るとでも!?」
「【付与魔法】:跳弾」
「っ!?」
アルトが一斉に複数のナイフを投擲する。
跳弾が付与されたナイフが木々を反射し、一直線にフェノーラへ迫った。
「マジ!?」
(あんな雑に投げてたのに、すべての軌道が完璧に私を狙ってる……しかも複数本。どういうこと? まさか、全部計算して投げたの!?)
脳内計算だけでそれが出来るとは思えない。
アルトは一瞬にして空間内部を把握し、計算式を導きだして見せた。
フェノーラは嫌な予感がした。
アルトが投げたナイフには意思を感じる。
────絶対に当てる。
フェノーラには、そう思えた。
(当たっちゃまずいか?)
その思考から防御ではなく、回避を選択する。
大きく空中へ飛ぶと、フェノーラの背後に影が走った。
「なっ────!」
(速すぎる……! 動きを読まれてたのね……!!)
いくら豹麟で斬撃は防ぐと言えども、衝撃は殺せない。
痛いものは痛いのだ。
バァァンッ!! と衝撃が走る。
そのまま地面へとフェノーラは落下し、森林が揺れた。
アルトがゆっくりと土に触れ、呟く。
「【付与魔法】……効果倍増」
「クソッ!! ふざけんじゃないわよ! 身体中、もう泥だらけじゃない!」
アルトは意を返さず、木の上に飛んだ。
カリンとの戦闘で、アルトは深く学んでいた。
強者との戦いで重要なことは、相手に怯えないこと。
────絶対に、考えを読み取られないこと。
フェノーラは、自分が圧倒的有利であるはずなのに表情を変えず、焦った様子も見せないアルトへ苛立ちを覚えていた。
「この奪った服、気に入ってたのに……!」
「それよりも、足元を気にした方が良いですよ」
「はぁっ? んな!」
アルトは先ほど、土を確認した。
自分がどこにいるかを詳しく把握している。
知識において、アルトは王国内でもトップクラスの能力を持っていた。
フェノーラがふっ飛ばされた場所は、底なし沼であった。
*
「ここは沼地なんです。フェノーラさんが襲った街はこの沼地を死の森と考えていたみたいですね。人が入ったら絶対に死ぬ。だから恐れて立ち入らず、後世まで伝え続けた」
俺が料理を振舞って喜んでくれた。その時に住民が教えてくれたんだ。立ち入ってはいけない森がある、と。
それは深い沼地で、魔物も住んでいるからだ。
あの人たちはずっと、家に帰りたいと言っていた。
それを理不尽に奪ったのは、理由がなんであれ許せることではない。
「下手に動かないでくださいね。沼の効果は【付与魔法】で倍増させてあります。それ以上動くと、誰の手を借りても抜け出せなくなります」
この人は魔法使いではない。
魔法に似た物を使うが、基本的には体術で戦う。
レインやカリンさんのような、広範囲を吹き飛ばすような攻撃できない。
だからこの方法を選んだ。
刃が通らないのなら、埋めてしまおう、と。
もちろん助けるつもりだけど、今はこれで……。
「フフッ……アハハ! 本当に馬鹿な子! 私を殺すチャンスなのに!」
「え?」
「時間切れ」
「ッ!!」
気配を感じた。
前方や背後ではない。
────真上か!
ドゴォォォンッ。
地面が割れる。
木々が倒れ、埃が舞う。
視界が塞がれた!
周辺を警戒していると、何かが飛び出した。
「……襲ってこない。連れ去ったのかな」
飛び出した先を見つめると、フェノーラが居た。
大きな声で喋っているから、俺の耳にまではっきりと会話が聞こえる。
「なんであんた逃げてんのよ! あの坊やを殺すの!」
「あ~はいはい。逃げますよ、先輩」
「はぁ!? 先輩の私にその態度ってなに!? 失礼すぎない!?」
「うっさいなーもう。ほら、後ろにヤバいのいるでしょ。あれから逃げてるんですよ」
そう言われたフェノーラは視線の先に、人影が写る。
「なんか飛んでる? あんたの飛行能力に付いてこれてる奴なんか……」
俺も気になって確認すると、全力で飛んできているカリンさんとレインが居た。
れ、レインが抱っこされて飛んでる!
「待つのじゃおら~!」
「そーだそーだ」
なにやら怒っている様子で、レインが頬を膨らませていた。
カリンがニヤリと笑う。
「おいレイン。数百年ぶりにアレをするぞ」
「……アレ嫌い。気分悪くなる」
「良いではないか良いではないか! どうせ追い付けぬし」
「ご褒美」
「むっ、はぁ……分かった。アルトに手配させるとするかの」
えっ、それ俺が仕事するだけなんじゃ……。
そう思っていると、カリンが構えた。
レインが杖を握りしめ、視線を鋭くする。
「行け……レイン砲じゃ!」
砲撃が撃ち込まれたような爆音が響き、一直線にレインが吹っ飛んだ。
月がレインの魔法で隠れる。
一帯が静まり帰り、杖の先端から大波が現れた。
「水魔法……王の水撃」
月明かりに照らされ、数キロにも及ぶ巨大な波が出現した。
余波が地上にまで響き、沼地を一瞬にして変形させていく。
泥水の雨が降り注ぐ中、フェノーラが叫んだ。
「リリアーネ! もっと飛ばせないの!?」
「分かってますよ先輩! ほいっ!」
フェノーラ達はさらに速度を上げ、レインの攻撃から逃れる。
レインが呟く。
「……あの飛ぶ奴、速い。無理、魔法届かない」
勢いが落ちて、落下してくるレインを俺が掴んだ。
「おっ、ナイスキャッチじゃアルト!」
「カリンさんにレインまで! ……あっ、カリンさん、レインの着地のこと考えてました?」
来てくれたことに嬉しく思ってしまったが、先に問いかけてしまった。
「すまん、忘れとった」
「アルト、これもいつも通り。私は落下する時、弾力のある水魔法を展開して安全に着地してる」
あぁ、文献で読んだかも。
水魔法を応用して、クッションにすることも可能なのだ。
ただ魔法は維持することはできないため、ベッドとかに転用することができない。
「ともかく、アルトも無事でよかったの」
カリンさんが快活に笑う中で、レインが両手を伸ばした。
「ご褒美、ちょーだい」
【※重大告知】
本日、本作【世界最強の執事】
コミカライズ第二巻発売しました〜!
Amazonや書店様、集英社様のページなどで購入できます!
続刊に関わるとっても大事な時期ですので、ぜひよろしくお願いします‼︎
更新遅くなってすみません……!
どうか【世界最強の執事】をよろしくお願い致します……!





