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95.別館


 俺たちが呼ばれた別館は、イスフィール家の間でもあまり使われることはない場所なのだそうだ。

 どうやら王族や諸国の来賓を招くよう作られ、いつも俺たちがいる屋敷よりも豪華で、作戦会議などが行えるよう細かい工夫が施されていた。

 

 なぜこちらに住まないのかと問いかけると、レーモンさんは軽く笑いながら「豪華絢爛は身に合わんのでな」と言っていた。

 確かに、俺たちがいつもいる屋敷は落ち着いていて、無駄なものがない。落ち着いているからこそ、あれだけ伸び伸びと暮らせているのだろう。


 この別館は……少しばかり気が重い。目に入るものはいつも輝いていて、落ち着くどころか緊張してしまう。


「こんな館があったんですね〜……」

「ほっほっほ! 資金はだいぶ注ぎ込んだからのぉ。王都の一級地で大きな屋敷を建てられるくらいには、散財しておるぞ」

「す、凄いですね……」

 

 そう声を漏らすと、フレイが教えてくれる。


「まぁ、こっちはほとんど使わないけどね。じいちゃんが宰相をやっていた頃は使ってたみたいだけど、やめてからはめっきり。手入れだけはしていたみたい」

「そりゃ、王族とか外国の重要人物を招くのなら必要だったよね」

「アルトくんもここは落ち着かないだろ? 俺もあんまり好きじゃないよ、別館は」

「うん。イスフィール家っぽくない」


 素直に思った感想を述べると、後ろを歩いていたカリンが鼻で笑う。


「お主ら、まだ若造よな。本質が見えておらぬ」

「えっ……そうかな? これでも学年トップの成績を収めてきたんだけど」


 フレイが対抗するように告げる。

 カリンは相を返さず、レーモンさんへ言葉を投げた。


「レーモンと言ったか、お主。やり手じゃな」

「ほっほっほ! まさか、伝説と名高いSランク冒険者に褒められると儂もまだまだいけるということかの」

「ふむ……お主、狸ジジイの部類か」


 何やら二人で盛り上がっているが、俺とフレイはさっぱりだった。

 若いから……なのかな?


 いや、関係なさそうな気もするけど……カリンさんとレーモンさんって口調とかどことなく似てるし、お爺ちゃんっぽい口調で。


 話について行けないことを悟ったのか、カリンが俺へ問いかけた。


「アルトよ、お主はやり過ぎだと感じておるじゃろう? イスフィール家は清廉潔白で、貴族には珍しく贅沢な暮らしもしていない。だが、この場所だけは異様に金がかかっている」

 

 問いかけられて、俺は悩む。

 有名な陶器やオペラの元となった絵画などが飾られていて、これ一つでいくらの値がするのか想像もつかない。


 俺だって元執事で貴族社会についての常識や礼儀作法は身についている。それに美術に対する審美眼もある程度は持ち合わせている。


 それを踏まえると、レーモンさんがここまでやるのは異様だとは感じていた。


「……何か、隠したいものがある」

「流石じゃな、アルト。少し問いかけたらすぐ答えを導くとは、やるの」


 レーモンさんは「はぁ……アルトには隠し事は通用せぬか」と諦めた様子をみせていた。

 どうにも、これで正解らしい。 


 だけど、こうまでして隠したいことって……。


 レーモンさんが陶器に手を当てる。

  

「いわば、ここは秘密の館とも言える」

「秘密の館、ですか?」

「イスフィール家は侯爵家であり、この地位ゆえに隠し事ができぬ場合がある。それを悪用せんと近づく者、利用しようと企む者。今は知らぬが、ラズヴェリー侯爵もその一人であった」


 あぁ、言われてみれば。

 ラズヴェリー侯爵はウルクと婚姻を結ぼうとしていた。しかし、それは愛ではなく権力を求めて。


 イスフィール家の名は貴族界隈では絶大な効果を持っている。偶然にも、俺はその名を思い出すことなく依頼を受けて拾われた。


「身を守るには、絶対秘密が漏洩しない場所が必要だったのじゃよ」


 そう言って、一枚の絵画に手を差し伸べる。


 すると、ガタッ……という音を立てて扉が現れた。


「秘密の部屋……」

「この世界に、絶対に情報が漏洩しないと保証できる場所はない。古代には数百も離れた距離から声を聞く魔法もあったという。念には念を、それがイスフィール家の家訓じゃ」


 思わず俺は息を呑んだ。

 隣にいたフレイは驚きながらも、妙に得心したそぶりを見せた。


 こういう場所があってもおかしくない。と心の奥底で感じることがあったのだろう。


「伝説の冒険者カリンよ、薄々気づいておるのではないかの? 現状のドラッド王国について」

「儂を呼んだ理由はそれか」


 端的に話すと、カリンは唸る。

 すると、小さくつぶやいた。

 

「悪夢の再来か……」


 それだけ言うと、カリンは黙り込んでしまう。

 

「レーモンさん、何か大きな事件が起こったんですか?」

「まぁの。ドラッド王国最大と言っても過言ではない」

「……まさか、Sランクの魔物が?」

「もっと上じゃ。結界が破れたのでな」


 俺はその言葉で息を呑む。

 もっと上……そんなことが起こっているのか。


 察するに余りある情報を、俺は持っていた。


 結界が破れた。Sランクの魔物よりももっと危険。


 セシリアさんが聖女の仕事で結界を張りに行ったと言う。それに随伴したのはレインだ。誰から見ても明らかに過剰な護衛だとは思った。


 口承でのみ伝えられてきた精霊の森。精霊樹ファルブラブ森林で何かあった。


「察したようじゃな、アルト」

「……何度も、あそこから抜け出したというSランクの魔物達と戦いましたからね……」


 女王バッタやエクスウッズも、おそらく精霊樹ファルブラブ森林のわずかな結界の綻びから漏れた魔物だ。


 でなければ、奴らが隠れる場所なんてこのドラッド王国には存在しないだろう。


「アルトに……会いたいと申すお方がおる」

「俺に、ですか?」


 誰だろう、と疑問を抱くと同時に、レーモンさんが『お方』と敬称したことに驚いた。

 

 隠し扉を開き、階段を下っていくと一室に到着した。


「もう中で待っておられる。心せよ、相手は────国王陛下じゃぞ」


 レア王女殿下の父にして、最高権威の人物。

 国王陛下だって……?

 

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