94.精霊の守人
ニコニコ漫画様にて、第9話が更新されました~!
女王バッタの姿がなろう版とは大きく異なり、展開もオリジナルになっていっております!
よろしくお願いいたします!
精霊が住まうと呼ばれる森で、ようやく結界が綻んだ。
そのことを歓喜するかのように、生い茂る枝葉は揺れ動く。
地脈に根強く流れる濃厚な魔力によって、もはや人の住める環境ではなくなっている。魔物の楽園と化した森で、一人のエルフが精霊樹にもたれ掛かった。
幾重にも伸びた光の枝を伸ばし、精霊樹は反応する。
「世界を……壊して……だから」
涙の雫を溢し、ただ一人で女は思う。
「地に落ちたエルフたち……邪悪とされたダークエルフよ。もう生きていないかもしれないけれど……お願い……」
1000年前、ここは自然豊かであり、多くの純粋種のエルフたちが住んでいた森は美しく栄えていた。
だが、邪悪の手先であるとダークエルフたちを追放し、人間と敵対する道を選んだ。
完全にお互いを干渉しないよう、強力な結界を張った。
その結果、閉鎖された環境下での風習、生け贄の文化、エルフは数を減らし衰退と破滅の道を進んだ。
我々は狂っていたのだ。
間違えていたのだ。
我々が神だと崇めた精霊樹は止まらない。
「この子を────ファルブラヴを止めて」
森林の奥深く……そこで彼女は震えた手を伸ばす。
結界の綻びから抜け出した女王バッタや滅尽の樹魔は、すべてここから来ていた。
人を、国を、世界を滅ぼすために怒っている精霊樹は止められない。
小さな綻びから生まれた傷は、徐々にその痕を大きくしていく。次第に傷は全体へ広がり、結界を壊してしまう。
聖女がアルトの調査後に施した結界はいとも容易く破られ、手遅れであった。
その瞬間を見ていたAランク冒険者は、のちにこう書き記している。
『監視していた結界が破られ、見たこともない魔物……死を直感させるだけの魔物が無数にいた。
あれらはすべて────Sランク相当の魔物ではなかったのだろうか……』と。
そして、人々は理解する。
これこそが、未曾有の危機にして数万人の人々を死に至らしめた【深き根の祖霊樹】の再来であると。
*
イスフィール家の庭園で、アルトは料理を振舞っていた。
学園から深い謝罪を受け、しばらく休養していても良い、と特別に公欠扱いになっている。
学園には好きに来ていいって言ってたし、イスフィール家にも顔を出してないからって今日はこっちに来たけど……フレイまで付いて来るなんて。ウルクがいるからか。
「はむ……アルトくんの新しい料理、意外といけるね!」
甘く煮込んだ鶏肉料理なんだけど、ここまで喜んでもらえるなら作った甲斐がある。
それにイスフィール家の空気も久々だ。
やっぱり、こっちに居る方が落ち着くなぁ……。
感慨に耽ていると、声が掛かった。
「なんじゃ、肉料理か」
「カリンさん、付いてきたんですね」
「お主の傍に居れば、美味い料理と面白い事に出会えるとレインが言っておったからな」
そう言って、料理をひと摘まみする。
すると、目を見開いて声を張り上げた。
「ふむ……美味いな!」
ウルクが「はぁ……」とため息を漏らす。
面倒だと思いながらも、ここにいることを受け入れたのだろう。
「行儀が悪いぞ、座って食べたらどうだ」
「おぉ、それはすまぬな」
カリンがちょこんと座る。
あれ? 素直に言うことは聞くんだ。
てっきり、『小娘が生意気言うなー!』とか言ってきそうだと思ったんだけど。
「カリンさん、こっちも食べてみますか?」
「良いのか!?」
目を輝かせて、「うまいのぉ! うまいのぉ!」と俺の作った料理を口にしていく。
……あれ? なんかイメージと全然違う。
「あの、カリンさんっていつも何食べてるんですか?」
「ん? あぁ……ほれ」
懐から、数枚の干し肉を渡してくる。
これ、犬とかが食べる超安い干し肉……冒険者も食べるけど、本当に切羽詰まった時に食べる奴だ……。
どうやら食べ物はそれしかないようで、俺たちが唖然としているもカリンは首を傾げていた。
「なんじゃ、変か? 数百年前から喰っておるが、最近は安くてええの~。昔は高かったからのぉ」
いや、そこで思い出に耽って昔と今を比べるのは間違ってますよカリンさん……。
より安価に製造できる方法が出来上がったことで、安くなったのを知らないのだろう
唐突に、カリンさんが可哀想に見えてくる。
その場にいた全員がそう思った。
「む……儂、なんか憐みの目を向けられておらぬか?」
「いえいえ! そんなことないですよ! こ、こちらもどうぞ……」
「ほぉっ……! あむっ!」
俺、フレイやウルクたちが思う。
犬の餌を主食にしていたせいもあるだろう。
(((……犬にしか見えなくなってきた)))
実際、俺個人の中だけど……レインは気分屋な面があって、甘えてくる時はとことん甘えてくるから猫のイメージがある。
カリンさんは犬……? みたいに少し感じる。
こんなこと言ったら失礼だから、言えないけどね。
フレイが言う。
「そういえば、セシリアさんは居ないんだね」
「セシリアさんは聖女の仕事があるみたいで、レインとウェンティも付いてったみたい」
「忙しそうだねぇ……」
フレイが他人事のように呟くと、ウルクが眉を顰めた。
「フレイ兄上こそ、どうしてここに居るんだ? 忙しいはずだろ」
「えっ……あー、それはまぁ……色々、ね? 妹が心配なのさ」
「私に何か、隠しているんじゃないか?」
「アハハー……まさか!」
怪しい……とウルクが目を細める。
フレイは喋るつもりはないようで、俺もそれに言及するつもりはない。
フレイは聡明だ。考えなしに行動するような人間じゃないことは、よく分かっている。
ウルクもそれが分かっているから、強く聞いたりはしないんだろう。
「なぁアルトよ、暗黒バッタはないのか?」
「へっ? 暗黒バッタですか?」
「なんだ、あれは元より食用じゃろう? 案外美味いのじゃぞ」
「く、食うんですか……?」
考えたこともなかった。
元々は食用として入ってきた昆虫だとは知っているけれど、料理方法も明確に伝わっていないことや、食べても大して美味しくないと判断されたことで放置されていた。
まぁ……貴族の人たちが食べてる所って想像できないけど。
「あれは美味いぞ~。儂らの間じゃ、最近までご馳走だったこともあるしの」
「どの時代ですか……」
「うーん、300年ほど前かの」
「昔過ぎるんですけど……」
ダメだ……レインでもあったことだけど、話の規格が違い過ぎて噛み合わない……。
あんまり『最近』とか『この前』って言葉を信用しない方が良いかもしれないな。
平然と実は100年前って言ってきそうだ。
「そうか、ないか……暗黒バッタを見たら、儂は飛びつくのじゃがな」
ウルクが疑問に思ったことを口にする。
「カリン一人居れば、女王バッタ討伐できたんじゃないか……?」
「たぶん、相性的に全滅できると思う……」
昆虫相手に火属性は勝負が見えている。
あの時にカリンさんが居れば……もっと楽だったのかな。
いや、暗黒バッタも全部が悪い訳じゃないんだ。今は改良して肥糧バッタが活躍しているし。
農家さんからは大絶賛なんだ。全滅なんてさせたら可哀想だ。
頑張れ、肥糧バッタ。お前は必要だよ。
などと、内心で暗黒バッタを応援する。
「こちらにおいででしたか、フレイ様、アルト様」
「テッドさん!」
微笑みながら、俺へ言う。
「アルト様、学園は楽しかったですかな?」
「はい! 色々と刺激的で、新しい生活魔法とかも思いついたので良かったです」
「なんと! 新しい生活魔法ですか。これは、楽しみが増えましたな」
実際、既に何度か試して使っている。
一瞬、表情を明るくするもテッドさんはすぐに緊張を取り戻す。
「こちらはあまり良いお話ではないのですが、レーモン様が別館でお呼びです。そちらのご婦人も」
「儂がご婦人か! ハッハッハ! 少し待て、これを持っていく」
快活に笑い、俺の料理を幾つか手に持つ。
そ、そんなに気に入ったならまた作ってあげようかな。
「おじいちゃんが別館に人を呼ぶなんて珍しいな」
別館か。
俺は初めて行くかも。
重々しい口調で、テッドが言う。
「ウルクお嬢様はお屋敷で待機を」
「……なぜだ?」
「レーモン様からの指示でございます」
ウルクは思ったことがあるようだが、それを口にしようとしてやめる。
「……そうか」
「ウルク、気にすることないさ。すぐに戻るよ」
フレイが声を掛けるも、言葉を返さない。
「大丈夫?」
「フレイ兄上の言う通り、気にはしない。たまにあることだ……それよりもアルト、早く行ってくれ」
「う、うん」
カリンはウルクを尻目に、歩き出す。
「厄介じゃの、イスフィールって家系は。レインからの忠告を無視もできぬ……」
カリンは、レインから忠告を受けていた。
それは絶対にアルトが望まないことであると、知っていたから。
ウルクを戦いに巻き込まないためにも、力を持たせる訳にはいかない。
『カリン、ウルクは今のままで良い。カリンの悪い癖、力を持ってる人を見ると育てたくなる。余計なことしない。誰も望んでない』
はぁ……とため息を漏らす。
(周りの人間は絶対に望まぬが、本人は力を望んでおる。力ある者は戦いに巻き込まれるのが自然の摂理、悩ましいのぉ……儂、また敵になるのは嫌なんじゃがなぁ)
「あ~! モヤモヤするくらいなら下手に気付かん方が良かったわ! ウルクの剣が……魔剣じゃなんて!」
アルトの時同様、勿体ない……と思ってしまうカリンは欲望を押さえながら別館へ向かった。
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