91.【雷鳴龍焉矢】
俺がカリンさんの逆鱗に触れたのは、少し前のことだった。
戦闘に対する考え方、攻撃魔法を使わない理由。
そのすべてが、カリンにとって失望させる要素になってしまった。
そうして、俺はカリンの一撃によって吹き飛ばされた。
「できれば戦いたくない? 魔法は生活を豊かにするものじゃと? ガッカリじゃ! 戦いは人を成長させるし、魔法は戦うために使う物じゃ! お主には誰よりも魔法の才能がある! 独自の魔法と奇抜な思考はお主だからこそのもの! その才能を生活ではなく戦いに活かせ! なにが【洗濯】じゃ! 馬鹿馬鹿しい!」
砂埃が晴れ、自分よりの高い位置に立っているカリンを見る。
怒り心頭のカリンに対し、俺は無言で睨む。
考え方は人それぞれだろう。
それを認めず、自分こそ正しいのだと押し付けるような考えは嫌いだ。
生活魔法は人を幸せにする。
俺の魔法で、ウルクが笑ってくれた。困っている人を救うことができた。
傷つけるのではなく、笑顔にする魔法を使いたい。
それの何が悪いんだ。
「アルト、お主には才能があるのに、勿体ない……勿体ない!」
「才能の使い方は俺が決めます」
「……そうか。無駄か」
酷く冷淡な声音で、カリンは息を吐いた。
落胆した様子をされても、俺はどうも思わない。
対話で相手を納得させられない。
そういう人を、俺は知っている。
その場合、どうなるかも分かっている。
お互いに剣を持ち、歴戦の戦士だ。
俺を認めないというのなら、力でねじ伏せてくる。
『お前の考えは、間違っている』と。
「────……っ」
静寂が訪れる。
カリンが魔剣……炎剣を片手で回し、持ち直す。
カリンは高く跳躍し、炎剣に魔力を流し込んでいた。
大気が震え、汗が滲む。息をするたびに喉が乾く。
……来る。
炎剣に美しく閃光が走った。
「【灰滅】」
炎の龍が天空から降臨する。
数回、剣を交えた俺は知っている。
この攻撃は躱すことができない。
この人は只者じゃない。もし躱せば、その隙を必ず突いて来る。
魔剣の強さもそうだが、カリン本人の身体能力も異常だ。剣を交え、力も負けているし、攻撃も防ぎきれない。
レインに匹敵する強さ……いや、それ以上の強さがある。
これまで戦ってきた女王バッタや滅尽の樹魔とは違う。単純な力の差を感じていた。
言うなれば、カリンは伝説上の化け物だ。
絵本にあるような吸血鬼の始祖や魔族と言ったものと遭遇した気分だ。
それほどの強者、故に典型的な力があるから自分の考えを押し通すことができる人だ。
だからこそ、負けられない。負けたくない。
カリンが放った【灰滅】によって、爆炎が空から降り注ぐ。
高密度の炎。決まっている、躱すつもりはない。
土を踏みしめ、俺は腰を低くした。
「はぁ……」
闘気を極限まで高め、前方へ剣を抜いた。
アルトの剣が一閃し、炎の龍を両断する。
「っ!!」
突如、アルトが両断した炎の中からカリンが飛び出す。
(速いっ……! 炎剣の炎で加速してるのか! 器用な人だ!)
*
アルトはウルクたちに気付かず、戦闘を続けていた。
もはや、二人の間に割って入ることのできる戦いではなかった。
巻き添えを喰らわぬよう、急いで離れた場所でフレイが言う。
「凄い……剣圧だけで爆炎を両断してるよ、アルトくん。また強くなってるのか」
「でもアルトさん、私たちに気付かないほど集中してるんですね……」
セシリアが不安そうな顔をする。
戦闘するアルトを見るのは初めてだったセシリアは、少し驚いていた。
爆炎を両断するなんて、普通の人間にはできない。
ヴェインが首を傾げる。
「……うーん」
「どうしたんだい? ヴェイン」
「いや、アルトと戦ってるあの人……特徴が龍族と似てるんだよね……瞳の色や髪色が紅いし」
フレイが乾いた笑い声をあげた。
「まさか。龍族なんて世界でも数人しかいないんだよ。しかも、そのほとんどは滅んでいると言われてるし、ここにいる筈がないよ。相手はSランク冒険者じゃあるまいし……」
そこでフレイは言葉に詰まる。
レインを思い出していた。
(アルトが苦戦する相手……そんなの、普通の人じゃない!)
アルトと対等に戦える相手はSランク冒険者くらいしか想像ができなかった。
そして、ヴェインが告げた龍族の特徴と似ている人。
Sランク冒険者であり、世界で数人しかいない有名な人物。
「魔剣使いの龍族。過去に魔王級、Sランクのさらに上……SSランク指定【深き根の祖霊樹】を解決した伝説の冒険者カリンか……!?」
【深き根の祖霊樹】は数百年前の出来事であった。
はるか遠くの地に存在する異国で発生した樹であり、異国の地脈を吸い上げ、大量の魔物と邪気をばら撒いた最悪の歴史が本に記録されている。
人々は魔物と飢えに苦しみ、毎年数万人の死者を出していた。
その地は地獄とも称され、異国から逃げてドラッド王国にやってきた祖先も居ると聞いている。
それを救った人物の一人が、【魔剣使いの焔龍王】カリンであった。
救われた一部の人々はカリンのことを、神龍と呼ぶ。
本物の英雄の一人が、アルトと戦っている。
しかも……本気の殺気をぶつけ合っている。
爆炎が天高く舞う。木々が燃え、灰が天へと舞っていた。
カリンが炎剣を振るった一帯は焦土と化し、生命の息吹を消し去っていく。
離れているはずなのに、フレイたちの場所まで威圧と熱が届いていた。
ヴェインが叫んだ。
「もう試験なんて枠を超えてるじゃないか! 僕たちで止めないと!」
フレイが手を出し、静止させる。
「……俺たちが、何かできることはないよ」
(アルトくんはとっくに、身体強化を使っている状態のはずだ。それでこれなら……)
「あれもう、人がついていける戦いじゃない」
ウルクが拳を握りしめ、不安そうに呟いた。
「アルト……」
*
アルトの剣が交わった瞬間、凄まじい斬撃音が響いた。
手先が震える。衝撃がすべて地面へ逃げない。
(身体強化まで使ってるのに、押し切れない……! なんて馬鹿力だ……!)
「レインじゃったら、何度も吹っ飛ばされておるのじゃがな!」
アルトが思う。
(もしこれが、前に使っていた剣ならとっくに炎で溶けていた……)
カリンと刃が擦れ合い、鍔迫り合いになる。
「カリンさん! なんで、生活魔法がくだらないって言いきれるんですか」
「人々は地獄で生きると、希望を探す。生活魔法で人は救えぬ!」
カリンが目を細め、酷く苦々しい顔をした。
【深き根の祖霊樹】を思い出す。
『カリン様……! 我々にあの魔物共を殺す魔法を!』
『カリン様! どうか、息子の仇を……!』
『生活が豊かになっても……どうせ魔物がまた荒らす!』
「レインも昔は、今ほど腑抜けではなかった! 平和など、幻想にすぎぬ!」
「だからって、俺に戦えって強要するんですか!」
そんなこと……! とアルトが口にしようとするも、カリンが剣を振り上げた。
「生活魔法だけでは、守りたいものも守れぬと言っているのじゃ! お主の剣だけで、何ができると言う! 戦いたくないなぞ、守りたい者がある人間の台詞とは到底思えぬな!! この腑抜けめ!」
カリンの剣戟が脇を掠める。
歯を食いしばった。
「くっ……!」
徐々に身体強化も切れはじめ、防戦一方になる。
アルトは剣をいなす、躱すことに集中し、ギリギリの所で凌いでいた。
しかし、それも長くは続かない。
カリンが攻撃の手を止めた。
「よく覚えておけ、アルト。強者は強者を呼び寄せる……レインや儂を呼び寄せたようにな。どれだけ拒絶しようとも、世界はそう作られておる」
カリンがアルトへ手を伸ばした。
突如、周囲で燃えていた炎が消え失せる。
「この世界の強者は、一定の水準まで魔法を極めると固有魔法を作る。皆が使う魔法では、超えられぬ壁を感じるからじゃ」
空気が変わる。
アルトはとてつもなく嫌な予感がしていた。
ただの魔法ではない。
吐き気を催すほどの濃厚な魔力を感じ取れる。
普通、魔力を肌で感じることはほぼ不可能だ。不可視の存在であり、人に害を感じさせるほどの力はない。
カリンの魔力を感じ取れる、これが何を意味しているか。
目の前で起ころうとしている出来事を予感させるには十分だった。
「アルト、お主が作った【洗濯】もいわば固有魔法じゃ。才能だけでその段階まで至っていることは天才と認める他がないの。じゃが……方向を間違えておる」
ダンジョン内部は放出された魔力によって亀裂が走った。
天空にヒビが入る。
「運が良いのか悪いのか、この場にはお主が大事にしている者もおるようじゃな」
(ウルクが!?)
カリンの視線に気づき、アルトが肩越しに振り向いた。
離れた場所にウルクがいる。
(戦闘に集中して気付かなかった……離れてたんだ、良かった。ボスにも勝ったみたいだし)
一瞬の安堵もつかの間、カリンが言う。
「儂の攻撃も防げぬようじゃ、これから起こる大災害にも生き残れぬな……大事な人を守ってみせよ。その剣で」
「────ッ!!」
カリンは膨大な魔力を一点に集中させ、魔剣に流し込んだ。
魔力の圧だけで勝利のビジョンをかき消し、少しの可能性すらも灰と化す。
先ほどまで使っていた【灰炎】とは比べ物にならない神々しい輝きを放っていた。
「【雷鳴龍焉矢】」
人が触れることのできない炎によって、雷鳴が轟く。
「アルトよ、お主がこれに対抗できる魔法を持っておるのか? 剣術だけでこれに勝てると思っておるのか? いいや、不可能。生活魔法で防ぐこともできないじゃろう」
淡々と告げ、カリンは自身がどうして生活魔法を要らないと話すのか伝える。
所詮、戦いの前では生活魔法など無力である。
そう理解させるには、十分すぎる力だった。
「負けを認めよ」
アルトは一歩も退かない。自分で決めたことは、守る。
「断ります」
(カリンさんも悪い人ではないのだと思う。
だけど……生活魔法を否定され、大事な人を殺すと言われて黙って下がるほど俺は馬鹿じゃない。
ウルクを殺すと言われて、笑って許せる筈がないだろ)
アルトが剣を構えると、カリンは静かに炎の矢を放つ。
「残念じゃ……燃やせ、【雷鳴龍焉矢】」
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