88.カリン
11/17日に【世界最強の執事】第一巻が発売します~!
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俺たちは【写し鏡のダンジョン】に入り、特に苦労することもなく休憩ポイントに到着した。先ほどまで感じていた不安は消え、杞憂だったのだと思う。
そうして、仮設キャンプで腰を落ちつかせた。
ヴェインが言う。
「こうも簡単だと、少しばかり拍子抜けに感じるな」
このダンジョンは大きく分けて三つの試練があった。
「雑魚戦の所は、フレイだけで攻略できたね」
「あれくらいなら余裕だよ。それに、学園一位の俺が苦戦したら誰もクリアできないだろ?」
確かに、学園もそこまで考えているはずだ。
フレイですらダンジョン攻略に手こずるような難易度であれば、誰もクリアすることはできないだろう。
荷物持ちをしていることで不機嫌そうに瞳を狭めるウェンティが、つぶやく。
「あんたら……自分たちが学園のトップって自覚はあるのね」
セシリアがその言葉を聞いて、首を横に振る。
「ウェ、ウェンティさん……私はトップじゃありませんからね! アルトさんたちが異常なだけです!」
「あんたは聖女でしょ」
やっぱり普通な人いないじゃない……とウェンティが呆れる。
ウルクは静かにダンジョン内部の地図を広げていた。
俺が気づき、ウルクの横に座って一緒に確認する。
これは試験用に配られた物で、三つの試験についてのことが記されていた。
「……ウルク? 悩んでどうしたの?」
「アルトか。その、中ボスはそこまで問題ではないと思うのだが……」
三つの試験とは、最初は低級魔物との戦闘。次に中ボスとの戦闘。最後にボス戦というものだ。
俺たちは既に低級の魔物と戦っているが、フレイだけで終わらせ、当の本人は汗一つ掻いていない。
おそらく中ボス戦も苦戦はしないだろう。
「最後のボス戦が気になってな。難易度がこれまでは書かれているんだ」
「確かに……雑魚戦はC級相当の魔物で、中ボス戦はB級だもんね」
俺もウルクと一緒に悩む。
「最後のボスだけ難易度が分からないな……」
順当に行けばA級か少し強いB級が妥当なところだ。これくらい誰だって予想できることだから、隠すこともない。
……他にギミックがあるのかな。
「ここで悩んでも仕方ないか。行けば分かることだ」
「そうだね、ウルクの言う通りだと思う」
一度やって体験しなければ分からないことが多くある。本来のダンジョンではそれが命取りになるのかもしれないが、今回は学生用だから心配はない。
休憩を終えて、ダンジョン内を進んでいくとフレイがこちらへ振り返った。
「そういえばアルトくん、新しい剣術を身につけたんだろう?」
「えっ……」
「ウルクが見たって言ってたからさ」
俺は魔剣を使って幾つか剣術を新しくしていた。
【居合】だけではこの先やっていくことが難しいと感じていたからだ。
「そんな大層なものじゃないよ。新しいって言っても、見よう見真似だったり、本で知った知識だから……居合に比べて洗練されてないし」
「アハハ! なら、後で俺と久々に手合わせしようよ。負けっぱなしじゃ悔しいし」
フレイからの提案に俺はすごく嬉しかった。フレイの実力はよく知っているし、新しく使っている剣術の練度を上げられる。
「うん、良いよ」
そう答えると、フレイの顔つきが変わる。
「……なら、さっさとこのダンジョンを終わらせないとね!」
やる気になったフレイは剣を抜き、駆け出す。そうして待ち構えていた中ボスへと一人で挑んでいく。
「あぁちょっと! 全く、ああなったら止まらないな……どんだけアルトと戦いたいんだか」
「それほどフレイ兄上は悔しかったんだろう。あれから必死に努力しているしな」
えっ! そうなの!?
つまり、俺が知っているフレイの実力はもっと上ってことになる。
フレイは負けず嫌いだとは思ってたけど……安易に引き受けるべきじゃなかったかな……。
*
中ボスであるBランク級の魔物、【レッドアリゲーター】を討伐した俺たちは最終目的であるボス戦の目の前までやってきていた。
目の前には頑丈そうな扉があり、いかにも強そうなのが居ますと言わんばかりだった。
リュックを背負っていたウェンティが言う。
「私、本当に要らなかったんじゃない? この道具たちも無駄になったわね……」
そういえば、レインから魔法の勉強を受けていたっけ。という事は、錬金術の精度も前より上がっているはずだ。
ウェンティが何を作ったのか気になるが、そのことを聞いても恥ずかしがって教えてはくれないよね。
「気にしないで。また次の機会があるから」
「ええ、そうするわ」
すると、ここまで来てヴェインは唸る様子を見せた。
「うーん……もっと試験は大変だと思ったんだけどな」
「確かに、ヴェインも俺に作戦を練って欲しいって言ってたもんね」
「そうなんだよ。ダンジョン攻略戦は先輩たちから聞いても難しいって言っていたから……臨機応変に対応できるアルトの力が絶対必要だと思ったんだけど……」
おそらくここまで楽勝だったのもフレイのやる気だと思う。
実力が上がっていることは、道中の動きや剣捌きで分かる。
もはや、フレイの中から『試験なんてどうでも良い、アルトと戦いたい』という意思が伝わってくる。
「アルトくん、約束忘れないでね」
「う、うん……」
最後の試練────ボスの扉を開く。
暗闇が続く空間に全員が足を踏み込んだ。
……
…
「────はっ? ここは、イスフィール家の……庭園?」
誰かがそう呟いた。
自分たちが居たのはダンジョンのはず……断じてイスフィール家の庭園ではない。ましてや、この光景は……とフレイが思う。
「アルトが、なんでそっちにいるのよ」
自分たちの向かい側に、アルトが居ることにウルクたちが気付く。
先ほどまでこちらにいたアルトの姿はない。
ウルクは確信したようで、断言する。
「いや、あれはアルトじゃない。アルトの眼は……あんなに冷たくない」
*
アルトはふと自分の周りにウルクたちが居ないことに気付いた。
この真っ暗闇に入るまで、一緒にいたはずだ。
「ここは写し鏡」
聞き慣れない声が耳に届く。
そちらへ意識を向けると、ローブを羽織った人影が見える。
「足を踏み入れた人間が、最も強敵だと思った時間と戦う場所……それがボス部屋だ」
「誰、ですか」
「ふむ、そうか。紹介が先か」と言って、ローブを取る。
背中に紅き剣を背負い、竜のような鋭い瞳孔が赤く光る。
すらりとした肢体から程よい胸に、髪までも赤く、強く印象に残る。
「【魔剣使いの焔龍王】……などと言われている。あまり格好良くはないの」
なるほど。
真剣な面持ちで言う。
「【魔剣使いの焔龍王】さん、ですね」
「いや、そっちの名では呼ぶな……お主も天然か」
「す、すみません……」
「儂っいや、私がちゃんとカリンと名乗っていないのが悪い」
俺は思わず首を傾げた。
儂……?
「ううっ、年寄りだとか、ババアと言われるから口調を変えたのじゃが、あまり慣れぬの」
「あの……辛いなら無理して変えない方が良いと思いますよ。自分が苦しくなっても、良い事ありませんから」
「まさか若造に諭されるとは……分かった」
カリンは納得したようで、ごほんっと口調を改める。
「お主とお主の仲間は離れさせた」
「……何のために?」
「試験にならぬからじゃ」
俺はそこで考える。
ここは写し鏡と言っていた。
最も強敵だと思った時間と戦う空間……か。
つまり、俺があの場に居れば女王バッタや滅尽の樹魔が出てくると考えた方が良いな。
確かにそれは……と考え込んでいると、カリンが口を挟む。
「違う」
「え?」
「お主は今、Sランク級の魔物たちを想像したじゃろ」
「ま、まぁ……それが普通かと」
凄いな、まるで心を読まれたみたいだ。
「お主が居れば、間違いなくあの場に出てくるのは……レインじゃ」
「っ!!」
想像もしていなかった。
そうだ、強敵で考えればこれまでの魔物よりもレインの方が強いと感じる場面がいくつもあった。
思考しない敵よりも、もしも敵になったなら複雑で柔軟な思考ができるレインの方が厄介だと……。
「まぁ、それでも倒せてしまうだろう。あのチビも、身体や執着を捨てたアルトになら負けると思っておるようだしの」
「なら別に離す必要は……」
「ダメじゃ。それは認めぬ」
カリンの口調が厳しくなる。
鋭い瞳孔が俺を射る。
「お主が全てを背負えば誰も育たぬ。彼らのためにもならぬじゃろ」
カチャ……。
カリンは背負っている剣を引き抜く。
抜刀された剣は、紅い刀身に染め上げられ触れるものすべてを焼き尽くすように感じられる。
風が吹く。
熱を帯びた風が頬を掠めた。
……熱い。
俺は静かに構え、カリンを捉える。
「これも試験、ですか?」
「然り。アルト、お主を育てる役目は儂にあるようじゃからの」
余裕そうにカリンが笑う。
(なら……)
「早く終わらせて、ウルクたちの所へ行かせてもらいます」
アルトが剣に手を伸ばす。
カリンは嬉しそうに頷いた。
「やはり賢いの、アルト」
もし、ここが本当に強敵を出す場所だと言うのなら……おそらくウルクたちの敵は。
────俺だ。
その時、ドクン、と心臓が揺れる。
カリンが酷く不機嫌そうな声音で、耳元で囁いた。
「じゃが、儂に勝てると思っとるんか?」
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