82.ラズとフレイ
俺たちはセシリアさんの家に集まっていた。
学園の期末試験であるダンジョン攻略戦の話を伝えに来てくれたようで、俺にも作戦を立てる手伝いをして欲しいと言われた。
「分かった。考えておくよ」
「助かる。アルトの作戦も加われば、合格は間違いなしだろうしね」
「買い被りすぎだよ」
「いいや、実際にアルトが立てた作戦で功績を残しているじゃないか」
俺は恥ずかしくなり、頬を掻く。
人に頼られることには慣れたが、正面から褒められると嬉しい反面、羞恥心がある。
俺の隣に座っているウルクが言う。
「アルトが居る時点で、合格は間違いないだろ? 作戦が必要なのか?」
「確かにアルトは強いけど、今回の試験は私も関わってるよ。アルト対策ばっちり、油断は禁物」
レインが言うのなら、本当なのだろう。
俺用の対策もあるとなると、相当厄介なはずだ。
俺は基本的に剣術がメインで、攻撃魔法は使わない。
自ずと、距離を取られて魔法を放たれるような戦闘は苦手だ。
そういう面でいえば、俺はレインに勝てないだろう。
「これは本格的に考えなくちゃいけないかな……」
期末試験で優秀な成績を残すと、学園の卒業認可が早めにもらえるらしい。
学園生活は初めてのことばかりで楽しいけど、いつまでも遊んではいられない。
やはり俺の中で、ずっと精霊樹ファルブラヴが気になっていた。
「ねぇ……これはユフィさんの物かい? 見事な品だ、一級品だね」
気を取り戻したフレイが、飾ってある装飾品を手に取っていた。
「あぁ、それ? それはラズが勝手に置いていった物」
「ラズ……?」
フレイが怪訝そうな顔をする。
「ラズヴェリー侯爵」
「うん? ラズヴェリー侯爵……?」
二人の関係を知らないフレイは、『なんでラズヴェリー侯爵の名前が?』と混乱した様子を見せていた。
ふと、ラズヴェリー侯爵のことを思い出す。
今でこそ、ユフィに恋愛感情を向けているものの、少し前まではウルクに求婚していた。
もうウルクに興味がないらしいが、まだそれを知らないフレイにとってラズヴェリー侯爵は……嫌な奴、という記憶のままなんじゃ……?
俺はそのことが気になり、ヴェインに耳打ちをした。
「ねぇ、ヴェイン。もしかして、フレイとラズヴェリー侯爵って仲悪い?」
「あー……えーっと……僕の知ってる限りだと……無茶苦茶仲悪い……」
「それって、どのくらい?」
「ラズヴェリー侯爵が学生だった頃に決闘を申し込んだくらい」
無茶苦茶仲悪いじゃん……!
というか、ラズヴェリー侯爵って魔法騎士学園の生徒だったのか。
フレイが嫌うって相当だけど、なぜか『妹のために戦う兄』というカッコいい姿が思い浮かばい……。『ウルクは俺だけの妹だ!』と言ってそうだ。
でも、今のラズヴェリー侯爵を見てくれれば、フレイもきっと分かってくれるはずだ。
ラズヴェリー侯爵は良い人だ。
「あの、フレイ? 実はラズヴェリー侯爵は────」
俺が話そうとすると、そこへ家の扉が開いた。
「なあ、ユフィ。私以外の馬車がそこに止まっていたのだが、今日は来客が……」
フレイとラズヴェリー侯爵の目が合う。
数秒、静かな空気が流れる。
「久しぶりですね。イスフィール家次期ご当主、イスフィール・フレイ様」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ない。ラズヴェリー侯爵」
二人とも口こそ笑っているものの、目が一切笑ってない……!
張り詰めた空気の中、優雅な雰囲気を崩さない二人は貴族の中でも特別の風貌を持っていた。
「フレイ様と会うのは学生時代以来ですね」
「えぇ、若い頃の非礼をお詫び致します」
「何を仰いますか。勇ましい剣術を披露していただき、私は感銘を受けたことを覚えておりますとも」
フレイの眉が動く。
ヴェインが俺に耳打ちしてくれた。
「実は、フレイは決闘でラズヴェリー侯爵に負けてるんだ」
えっ!? あのフレイが!?
若い頃と言っていたし、数年ほど前なんだろうけど……ラズヴェリー侯爵って剣の腕も立つんだ……。
自分のことを天才と言っていたのも頷けるような気がしてきた。
二人の微妙な空気を、セシリアはあわあわと眺めていた。
「ラ~ズ~? 空気悪くしないで」
「えっ! あぁ、違うんだユフィ。私はただ、後輩が居たから挨拶をしようと……」
「威嚇してたでしょ?」
「コイツはイケメンだろ!? ユフィのことを好きになられては困る……!」
フレイが虚を突かれたような表情をする。
「私のことを好きになるはずないでしょ。そんな変人はラズくらいなんだからね」
「自覚してないだけで、ユフィは魅力的だ! 聞けば分かる! だろう、フレイ様!」
同意を求めようとしてくるラズヴェリー侯爵に、フレイが冷静に言う。
「ウルクが一番です」
「何を言っている!? 妹ではないか!? それにウルク様よりもユフィの方が魅力的だ!」
「それは聞き捨てならないね! まるでウルクが魅力的じゃないみたいだ! ウルクはこの世界で最も可愛いんだ!」
「いいや、ユフィだ。私が服を洗えないと知るや否や、『まったくもう、私がやってあげるから』と言ってくれた時の可愛さには勝てない!」
「それを言うなら『お兄ちゃん大好き』の言葉に────」
パァンッ! という音が響く。
ユフィにフライパンで頭を叩かれたラズヴェリー侯爵は気絶した。
さらに、ウルクから拳骨を喰らったフレイが倒れる。
「……なぁユフィ、この馬鹿どもを捨てる良い場所はないか?」
「奇遇だね。近くに井戸があるから、そこに捨てよう」
「名案だ」
引きずられている二人を眺めながら、俺は止めるべきだったのだろうか……と悩んでいた。
レインが言う。
「女って怖いね」
「あれはフレイたちが悪いような……」
「アルトも将来ああなる?」
「ならないとは思うけど……」
逆にどうやったら、ああなるのか教えて欲しい。
なんだか、いつまでもここに居たら、ずっと同じことを繰り返しそうだ……。
そうしていると、ライクさんから剣が完成したとの一報が届いた。





