81.畑仕事
ライクさんに剣を作るのに数日ほど、時間が掛かると言われた。
そのため、俺たちはセシリアさんの実家で農作業の手伝いをしながら世話になっていた。
農作物を収穫しながら、ユフィが言う。
「アルトさん、今日もありがとう」
「いえ、お世話になってる身ですから。これくらいはお安い御用です」
「でも、意外。ラズもウルクさんも、貴族の人たちって畑仕事とか無縁だと思ってたんだけど」
「俺は貴族といっても、成り上がりと呼ばれるものらしいですから。元は平民で、ユフィさんと変わりませんよ」
そういうとユフィが悩んだ素振りを見せた。
「そういえば、王都でそんな人がいるって聞いたっけ」
あまり外の世界に興味がないらしく、ユフィは貴族についても詳しくない。
セシリアさんは貴族もいる学園に通っているため、自然と爵位や貴族のマナーを理解していったらしい。
俺にはユフィさんが自然の中で育った無垢な少女に映った。
「ラズよりも、毎日アルトさんに家に来て欲しいなぁ」
「ユ、ユフィさん……今のラズヴェリー侯爵の前では絶対に言わないでくださいね」
また家の中で剣を抜かれたら、たまったもんじゃない……。それでなくとも、この前も宥めるのに時間が掛かった。
ラズヴェリー侯爵のユフィさんに対する愛は本物だ。
下手におちょくったら本気で斬られそうだ……。
「う、うわぁっ!」
隣で手伝っていたウルクは、埋まっていた野菜を引っこ抜き、土を頭から被っていた。
「大丈夫? ウルク」
俺が手を伸ばす。
「す、すまない……」
「無理しなくても良いんだよ? 俺が代わりにやるから」
そういうと、ウルクがムッとする。
「私だって、これくらいは出来るぞ!」
すると、ユフィが言う。
「でも、髪の毛に土が混じってるから、お風呂には入らなきゃね。ウルクさん」
「……そ、そうだな」
「ふふっ、二人目のお姉ちゃんが出来たみたい」
ユフィが軽く笑う。
お姉ちゃんと言われて、俺はセシリアさんの姿が見かけないなと思う。
「セシリアお姉ちゃんも何も出来ないから、気にしなくて良いよ」
「おい……何もフォローになっていないぞ……」
半眼でユフィを見ている。
「本当だもん。ね、セシリアお姉ちゃん!」
少しばかり圧を感じる言い方で、離れた木影にいるセシリアへ声を掛けた。
名前を呼ばれるとは思っていなかったらしく、咄嗟に木の後ろに隠れる。
「ユ、ユフィ……怖い言い方しないでよ~。私だって手伝えるのなら手伝いたいし……」
「えっと、何か出来ない理由があるんですか?」
「……実は、超が付くほど虫が苦手で」
へぇ、虫が。
まぁ、得意じゃない人が多いのはそうだよね。
俺も好きかと聞かれれば……と悩んだ。
そうして、虫というと女王バッタを思い出す。
少し嫌いかも。
「俺もあまり好きじゃないので、分かりますよ……距離は詰めづらいし、動きは速いし……尻尾もあって厄介ですからね」
「アルトさんの知ってる虫と、私の言う虫は少し違うような……」
いつの間にか、セシリアの傍にいたウルクが言う。
「嫌いな虫って、こういうのか?」
芋虫をセシリアに見せる。
「そうそう! こういう……ひゃっ────」
悲鳴にも似た叫びをあげ、セシリアが白目を向く。
「ど、どうしたセシリア! 大丈夫か!?」
俺とユフィは、静かにその光景を眺める。
ウルクって、変な所で天然だよね……。
「放っておいてもそのうち目覚めるから、大丈夫だよ」
それで良いんだ……。
おそらく、ユフィにとって見慣れた光景なんだろう。
そこへ、一台の馬車がやってくる。
「ウルク~!」
「フレイ!?」
フレイが先に馬車から降りてくる。
後ろにはヴェインやレインも居た。
学園の制服を着ており、何事かと思う。
イスフィール家の急用なら、テッドさんが来るはずだけど……。
レインが言う。
「やっ。みんな元気? 特に聖女」
「セシリアさんはさっきまで元気だったよ。今は泡拭いて倒れてる」
「……今の聖女は不安しかないね」
レインが「はぁ」、とため息を漏らす。
なにやら大事なことらしい。
ふと、レインがいるのならウェンティも居るのかと思ったのだが……姿は見当たらなかった。
「フレイ。僕たちは学園の用事で来たんだ。君の妹に会いに来た訳じゃないぞ」
「ヴェイン! 少しくらい良いじゃないか! 俺だって我慢したんだ! ウルクがいない間、俺は寂しくて昔言ってくれた『お兄ちゃん大好き』という言葉を────」
「フレイ兄上……流石にキモいぞ」
「キ、キモい……」
その言葉にショックを受けたようで、フレイがその場に沈む。
セシリアとフレイの二人が倒れる現場が出来上がっていた。
ボーっと光景を眺めていたレインが、俺に問いかける。
「アルト。この子って馬鹿なのかな」
「フレイは馬鹿ではないと思うけど……」
アハハ……と苦笑いするしかなかった。
「ところで、なんでここに?」
「僕たちは試験の内容を伝えにきたんだ。一応、アルトたちも期末試験を受けるだろ?」
「あぁ、そういえば……すっかり忘れてた」
「それに、聖女の実家なんて面白そうじゃないか。僕も見たかったんだ」
そっか。
傍から見れば、聖女ってこの王国にたった一人の人物だ。
ある意味、俺と同じように有名人だ。
セシリアは普通の少女で、聖女の認識はあまりなかった。
「アルトさん。みなさんは、セシリアお姉ちゃんの友達?」
「うん、そうですよ」
ユフィは目を丸くして驚いていた。
まぁ、フレイもヴェインも学園一、二位を争うイケメンだ。
常にキラキラしてて、輝いている。
「いつもうちの姉がお世話になってます。妹のユフィです」
「あぁ! これはどうもご丁寧に……」
ヴェインが会釈する。
それに対し、レインは静かにユフィを見上げていた。
「聖女の妹か。初めてだね、歴代の聖女はみんな一人っ子だったのに」
「そ、そうなんだ……」
聖女について詳しくないユフィは、そう言われて困惑していた。
「もしかして、聖女の母性、君が全部持ってたりしてない?」
「聖女の母性……?」
「例えば、家事とかお世話したい欲とか」
「うーん、そう聞かれると、なんか昔から全部やりたくはなっちゃう……」
レインは前に、聖女は甘やかしてくれるから好きだと言っていた。
だが、言われてみるとセシリアは世話を焼くタイプには見えない。
どちらかと言えば、やってあげたくなるような感じだ。
「……聖女の妹には特典があるよ」
「特典って、なんの?」
「私を甘やかす権利」
俺は思う。
絶対嘘だ……!
そう思うも、レインは目を輝かせて抱っこアピールをしている。
甘やかせ、という意味らしい。
俺は言う。
「レイン。立ち話もなんだし、まずはセシリアさんの家で話そう」





