79.剣
セシリアの家で、俺とラズヴェリー侯爵は一緒に朝食を取っていた。
俺の横で後光が差しているラズヴェリー侯爵に、女性陣が苛立つ様子を見せていた。
「ラズ……輝いてるのは良いんだけど……眩しい」
ウルクが言う。
「……ダメだ、あまり直視したくない。あの輝きを見ると、黄金バッタを思い出して……ふふっ」
「黄金バッタ……? それは一体なんです?」
ラズヴェリー侯爵はなんのことか分からないようで、首を傾げている。
「ああいえ、こちらのことです……ふふっ」
ウルクの中で、違う意味でラズヴェリー侯爵の好感度が上がっていく。本人はそれに気づいていないようだ。
「わ、私が見た時は普通だったのに……あの一瞬でアルトさんは何を……」
「ちょっとしたコツです。俺が作った香水と似合う髪型に編んだので」
「それだけでこうも人が変わるとは思えないのだが……」
ウルクが半眼で俺のことを見る。
と、特に凄いことはしてないんだけど……何をやるにしても、最近は疑いの目を掛けられつつある。
「ところでアルトよ。今日のお前の予定はなんだ?」
「え……俺、ですか? 目的は剣作りなので、鍛冶師さんの所に行こうかなと……」
「なら、急ぎではないのだな?」
話の要点が掴めず、不思議に思いながら答えた。
「まぁ……」
「なら、私に付いて来るか? 政治を見せてやろう」
「へっ? 俺にですか?」
あまりに意外な言葉に驚く。
ウルクとセシリアが、その言葉に反応した。
ウルクが鋭い声音で放つ。
「ラズヴェリー侯爵、アルトを政治に取り込むつもりですか」
「ウルク様、私もアルトは優秀だと思います。あなたが大事にして溺愛するのも理解できる。純粋に私はアルトの能力ならどこまでできるか、気になるだけです」
「それを利用する、というのでは?」
「……いえ、そんなつもりはありません」
ウルクは政治に詳しくない。
それを理解しているラズヴェリー侯爵が言う。
「政治は国を管理し、豊かにするもの。いくら富を分け与え、知恵を分け与えようとも、政治がダメなら国は何も変わりはしないのです。アルトだからこそ見えるものがあるのではないか、と思っただけです」
……ラズヴェリー侯爵の言っていることは分かる。
同時に、ウルクが俺の心配をして政治に関わらせないようにしているのも分かっていた。
「ご安心を、単純に誘ってみたかっただけです。アルト、お前はウルク様にちゃんと守られているな」
「はい。ウルクにはいつも感謝してますよ」
「……そうか。守り守られの関係か、美しいな」
ラズヴェリー侯爵が呟くように言う。
「はわわ……!」
遠巻きで見ていたセシリアは、ラズヴェリー侯爵の発言に頬を染めていた。
(『私に付いて来るか?』って……! い、今のって実質的にプロポーズだよね……! 凄い素敵……!)
政治なんてどうでも良いセシリアは、先ほどの光景を目に焼き付けていた。
ユフィが言う。
あれ……なんか怒ってる。
「ラズ。食卓では政治の話禁止って言ったよね」
「えっ!? あ、違うんだユフィ! 私はこれを食べたらもう行かなくちゃいけないし、これはウルク様にも確認を取るために、この場で聞くしかなくて……」
「でも、ルールは破っちゃダメでしょ?」
「す、すまない……いや、ごめんなさい……」
素直に謝るラズヴェリー侯爵を、俺は微笑んで見ていた。
悪意は感じ取れなかったし、本当に政治を見せたかっただけなのかもしれない。
「ラズヴェリー侯爵、政治の見学はまた今度にお願いしますね」
「そうだな」
ラズヴェリー侯爵が軽く笑う。
だが、これも政治の話題に触れたようで、ユフィが言う。
「ラ~ズ~?」
「今のはアルトから話題を振ってきたじゃないか!?」
「アルトさんは良いの。お姉ちゃんの友達だし、良い人だから。昨日も洗い物手伝ってくれたんだよ?」
そういえば、手伝ったな。
どうやら家事に関してはセシリアさんも出来ないようで、ユフィさんが一人で大量の食器を片付けていた。
見かねた俺が手助けした。
「なっ! 私の見ていない所でユフィを口説こうなど……!」
「し、してませんよ……」
「お前のような奴は天然の女たらしの可能性があるからな。油断はできん」
天然の女たらしって……なんて物言いだ。
その言葉に、強くセシリアが頷いている。
えぇ!?
「でも、アルトさんはかなり素敵だよ?」
「アルトォォォッ! 表に出るが良い! この剣でユフィを賭けた決闘だ!」
「ちょっとラズヴェリー侯爵!? 落ち着いてください!」
誰かに助けを求めようとするも、ウルクもそっぽを向いている。
それからなんとか怒りを抑えてもらい、俺はほっと胸をなでおろした。
*
その日、俺たちはカジュイにいる鍛冶師の店までやってきていた。
鍛冶師は村の中だとかなりの曲者で有名らしい。でも、セシリアさんとは仲が良いようで楽しそうに人物像を語ってくれる。
「セシリアの内容からだと、だいぶ明るく優しそうな人物なんだな」
「えぇっと、笑うと歯が見えて可愛いんですよ」
「ちょっと会うのが楽しみになってきました」
「アルトさんなら、きっと仲良くしてもらえると思います。ライクはかなり強い人が好きって言ってたし……」
うん? 強い人が好き……?
なぜだろう。ふと、フレイと王国騎士団長のマルコスさんの顔が浮かんできた。
あれは戦闘狂と言うべきなんだろうか……?
でも、二人とも気前がいいし、それに近い人なのかな。
鍛冶屋の前までやってきて、セシリアが声をかける。
「ライク~、いないの~?」
ガチャガチャ、と音が聞こえて、ライクと呼ばれる人物が姿を現す。
俺の二倍くらいの身長差があり、筋骨隆々の腕が露わになっている。
額には古傷があり、目元まで裂けている。
これは……優しそうというよりも、超怖そうなんだけど。
「セシリア。彼は優しそうな人物……なんだよな?」
「はい。優しそうでしょ?」
「いやこれは……優しそうというよりも、怖いのだが……」
ライクがにんまりと笑う。
可愛い、などとは形容し難い笑顔だ。ゾワッとする空気をウルクは感じ取る。
「いらっしゃい……お客さんかい?」
ウルクは内心で思う。
(これが、セシリアにとっては可愛いのか? セ、セシリアの言葉は信じてはならないな……感性が独特すぎる……)
ライクが野太い声で言う。
「用件はなんだい?」
アルトが背筋を伸ばした。
「剣を、買いにきました」





