78.輝くラズ
ラズヴェリー侯爵の相手をして、あれからセシリアの妹であるユフィは、カジュイの郷土料理であるグラタンを振舞ってくれた。
ユフィは本当に料理が上手で美味しかった。それにウルクもグラタンを初めて食べたようで驚いていた。
特にチーズが良く、牛小屋で管理している牛乳から作っているらしい。貴族の食事でも使われていそうだ。
俺も料理の詳細を聞きながら、今度イスフィール家のみんなに食べさせたいなと思う。
それからはセシリアが用意してくれた客室を借りて、一夜が過ぎた。
*
朝になり、俺はベッドからムクッと起き上がる。
背筋を伸ばし、客室に置いてある鏡の前に立った。
寝癖もあるだろうが、ウルクが言っていた自分のアホ毛を確認する。
「本当にアホ毛がある……」
サッサッと手で直そうとするも、すぐに元に戻る。
まだちょっと眠いかも……ボーッとするし。
俺の隣にあるベッドを見る。
「ラズヴェリー侯爵……まだ寝てる」
実は、客室は二つベッドで男女で別れていた。
ラズヴェリー侯爵も昨日泊まったようで、満足げに眠っていた。
俺は昨夜に言われたことを思い出す。
ラズヴェリー侯爵に守りたいものは、ウルクかと問われた。
もちろんウルクも守りたい人の一人だ。だけど、ラズヴェリー侯爵が聞いて来たのは、そういうことだったのだろうか。
「ラズヴェリー侯爵、ラズヴェリー侯爵……起きてください」
「むにゃ……もう少しだけ……ママ」
……ママ。
いや、聞いてない。俺は聞いてないよ。人の家庭内事情はそれぞれだ。
さらに体を揺さぶって、起こそうとする。
なぜ俺が起こしているか、それは昨夜にラズヴェリー侯爵に頼まれたからだ。
朝から王都で仕事があるらしいのだが、ユフィと少しでも一緒にいたいと泊まっていたのだ。
そうして、一緒の部屋に寝ることになった俺は起こすことを約束した。
「仕事に遅れちゃいますよ〜、ラズヴェリー侯爵」
俺も少し前までは、朝に起きるのが苦手だった。というかトラウマだった。
イスフィール家に拾われてからも、数週間は悪夢を見て起きていたからだ。
怒られて、寝坊して、理由はそれぞれだが、そういう類の夢だ。
今でこそ、のんびりと朝を迎えることができている。
「仕事……っ!」
その単語にラズヴェリー侯爵が起き上がる。
うん、分かる。起きあがっちゃうよね。
ラズヴェリー侯爵は寝癖でボサボサだらけだ。俺に顔を向けて、ため息を漏らした。
「朝か……ユフィに起こしてもらえる夢を見たのだが、アルトだったとはな」
「す、すみません……」
「いや、良い。起こしてくれてありがとう」
ラズヴェリー侯爵は起き上がり、そばに置いてあった上着に袖を通す。
髪や香水を自分に付けて、身支度を始める。
俺はそれを見て驚いていた。
「ご自分で身支度をするんですね」
「ユフィに言われてな。これまでは全て使用人にやらせていた。だが、『男なら自分の身なりくらい自分で整えろ』と怒られたんだ」
「……偉いですね」
思わず、そう呟いた。
すると、ラズヴェリー侯爵が頬を赤くした。
「なっ……! え、偉くなどない! 人として当然のことだ」
俺は微笑みながら、近寄る。
「ふふっ、襟が曲がってますよ。ほら」
かなり上質な上着だ。
流石は侯爵家の名を持つだけのことはある。
それに、俺はラズヴェリー侯爵のことをすっかり気に入っていた。
最初に出会った時から、悪い人ではないと思っていたからだ。
「俺も、よく貴族の身支度をやっていたので心得があるんです。一人でやるのは大変ですから、偉いですよ」
「そ、そうか……そういえば、お前は執事上がりだったな」
「えぇ、寝癖直しも俺が手伝いますから、そこに座ってください」
「た、助かる……お前、本当になんでも出来るのだな」
軽く笑って返す。
ラズヴェリー侯爵の外見を俺の持つ技術で完璧に整える。
よく、こうしてウェンティの髪を仕立ててあげたっけ。
今のウェンティは髪を伸ばしているみたいだ。そういえば、ウルクも髪が長いな。
少ししてから、部屋にノックが聞こえる。
「あの、朝食の用意が────」
「あっセシリアさん、おはようございます」
俺がラズヴェリー侯爵の髪を編んでいる所を発見する。
なぜか呆然としていて、セシリアが「失礼しました……」と言って静かにドアを閉める。
「……どうしたんだろ?」
不思議がっていると、ラズヴェリー侯爵が呟いた。
「そういえば、どこかで聞いた話だが、とある地方だと男同士が髪を編むのは愛情の証だとか……」
「アハハ……流石にそんな勘違いはしませんよ。セシリアさんって、純愛好きっておっしゃってましたし」
「そ、そうだな。うん、将来の姉である彼女がそんな勘違いをするはずがない」
アルトとラズヴェリーはそう考えた。
*
一方その頃、朝食ができたと知らせに来たセシリアは喜んでいた。
(イケメン同士の髪結び……素敵すぎる! これを作品で活かさない手はない……! 愛情の証を朝から見れるなんて!)
と、内心でガッツポーズをとっていた。
居間へ戻ると、料理を出しているユフィと出会う。
「お姉ちゃん、なんか機嫌良いね」
「ふふんっ、分かっちゃった? 後でユフィにも教えてあげる」
ユフィが首を傾げる。
そこへ、身支度ができないウルクがやってくる。
セシリアが言う。
「ウルクさん、髪ボサボサだけど良いんですか?」
「あぁ……私の髪は長いから、一人じゃ無理なんだ」
「元が良いから、多少は寝癖があっても違和感ないの凄いですね……」
「そうか?」
外見にあまり気を使わないウルクに、ユフィが「勿体無いなぁ……」と声を漏らした。
「そういえばお姉ちゃん。ラズとアルトさんは?」
「もうちょっとで来ると思うけど」
すると、ようやく準備を終えたアルトたちが、居間に姿を現した。
ユフィが驚く。
「ラ、ラズがいつも以上に輝いてる……!」





